ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん82…千葉・千倉 『高家神社』の包丁式と、古式料理など

2008年11月03日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん


 寿司職人を志す少年が主人公のグルメ漫画で、房総半島の先端の町にある小さな神社が、寿司職人コンクールの会場として出てきたことがある。全国から集まった腕っこきの若手寿司職人が、ここを舞台に包丁勝負を繰り広げるのだが、その中で房総で揚がる珍魚・マンダイ(赤マンボウというマンボウの仲間)をおろす、という項が印象に残っている。脂が強烈にのっているため、普通の柳刃包丁の刃は脂ではじかれてしまう。主人公の少年は考えた上、なんと包丁を境内の玉砂利に突っ込んで、刃をこぼれさせてかかりを良くして見事におろし、好成績でこの課題を突破する。
 いかにも対決モノグルメ漫画らしい、ホント? って感じの展開だが、そんなギミック的包丁技も、会場である神社の由緒を聞けばリアリティが出てくる。高家神社という名のこの神社、実は日本で唯一の、料理の祖神を祀る神社なのだ。ここで行われる、料理にまつわる珍しい年中行事を見学しに、10月の終わりのとある週末、南房総市の千倉町へとやってきた。
 その行事とはもちろん寿司職人コンクール、ではなく「包丁式」という神事。この神社の代表的な年中行事で、年に3回開催日が決まっているところを、この日特別に見せていただくことになった。

 鳥居から延びる石畳の参道を進み、まずは石段を登ったところの社殿に参拝する。神社の歴史は古く、祭神である磐鹿六雁命が、第12代景行天皇にカツオとハマグリを膾にして献上した、と日本書紀に記されている。さらに味噌、醤油、漬物にもゆかりがあり、料理人の祖と醸造・調味料の神ともに祀られた、いわば日本料理の祖の本宮、といった神社といえる。
 平成10年に落成したばかりの立派な茅葺の建物は、味の素やヒゲタ醤油の寄進により造られたのが、醸造や調味料の神様らしい。調理師が多数供養に訪れる包丁塚を眺めてから、絵馬の奉納所も見てみると、調理師免許への合格祈願が多いのがさすが、といった感じ。料理や食にまつわることなら、幅広くご利益があるらしく、中には「家族のみんなにおいしい料理が作れますように」とか、「ダイエットが成功しますように」など、ほのぼのした願かけもちらほら。

 包丁式は、参道の左手にある包丁殿で行われるため、本殿を参拝した後に向かってみると、舞台のような建物の前に見学用のいす席が並べられていた。どこかで見覚えがあると思ったら、例の漫画でコンクールの包丁勝負が行われていた場所だ。席に着いて足元を見てみると、少年が包丁を突っ込んだ玉砂利がきれいに敷かれている。
 いやがおうにも、漫画さながらに勝負のムードが高まってくるけれど、包丁式は包丁技を競うのではない。宮中行事として奉納される儀式で、烏帽子に直垂の刀主と介添により、古式にのっとった所作で魚をさばいていくものである。包丁を振るう刀主は何と、魚にまったく手を触れずに、右手に包丁、左手にまな箸を使って調理をするのだとか。天皇に献上する食物に、不浄の手で触れてはいけない、という故事に基づいてのことで、漫画に出てきた料理人の奇想天外な包丁技を、思わず想像してしまう。
 刀主は日頃から、このために鍛錬した選任の神官かと思いきや、刀主をはじめとする包丁式を執り行う「たかべ包丁会」の会員は、地元の旅館や民宿の調理師という。この日の刀主の青木九二雄氏も、由緒ある四条流石井派の流れをくむ一方で、千倉の旅館青倉亭のご主人でもある。普段は宿泊客のために振るう料理の腕を生かして、厳粛な儀式を後世に伝えている、という訳なのだ。

 雅楽「越天楽」の調べが響きはじめると、いよいよ包丁式の始まりである。最初の儀式「まな板開き」「まな板清め」は、名の通り調理を行うまな板を用意、清める儀式である。まな板にかぶせられた、四季をイメージした4色の紙で包まれたハマグリが四隅に置かれた白い布を開いて、まな板を塩と水で清め、竹に巻いた布で拭いていく。
 続く「献魚の儀」では、袖をたすきがけした介添が、包丁とまな箸で挟んだ魚をまな板へと運んでいく。包丁式でさばかれる魚は鯉、真鯛、マナガツオが中心で、この日は地元で水揚げされたイナダ。これを菊の花びらを模った「菊花のイナダ」に仕上げるという。
 魚の霊を慰めるために花を捧げる「献花の儀」、包丁を用意する「献刀の儀」と進み、ここで刀主が入場してきた。まな板の前につくと、切る前に魚を紙で清めた後、刀身が長めの包丁とこれまた長めのまな箸をかざし、イナダを箸で押さえ、頭が落とされた後に尾に向けて包丁を入れられていく。切り方は中骨ごと輪切りにする、いわゆる「筒切り」で、漫画のような神業的包丁技ではないものの、入れられていく一刀一刀ごとに、えも言われぬ厳かさが醸し出されるのが感じられる。


見事に菊花の形にさばかれたイナダ。儀式の後、奉納される

 おろされたイナダの身は、まな板の上で花の形に並べられ、献花の花びらを散らして彩りを加えたら、見事な「菊花のイナダ」のできあがりとなった。調理されたイナダは奉納されるため、残念ながら味見することはできないらしい。ちょうど昼時で、ここでたかべ包丁会会員の旅館のひとつ、『銀鱗荘ことぶき』へと移動して、古式にのっとった料理「たかべ御膳」で昼食となった。
 たかべ御膳も包丁式と同様、当時の食文化を後世に受け継がせることを目的に、たかべ包丁会会員により考案、会員が経営する宿泊施設で供される料理である。古代米やハマグリ酒蒸し、梅ゴボウなど、当地ゆかりの古式料理が並ぶ中でも、醸造の神・高家神社にちなみ、醤(ひしお)を使った料理が特徴だ。
 八寸には房州アワビのひしお漬け、つくりはカツオのひしお醤油が並び、アワビからいただくとひしおの発酵香がかなり強く、糀の風味が香ばしい。ひしおの香りは、どこか懐かしさを感じる素朴な香りで、カツオもヅケのようにコクがあり、赤身の魚独特のくせがなく食べやすい。
 先ほどの包丁式にも参加したというご主人によると、本来の古式料理はもっと味が薄いそうで、現代の嗜好に合わせてやや濃い目の味付けにしているそうである。特別に、包丁式で使用する包丁を見せてもらったら、刃の長さは柳刃ほどあり、厚みは出刃ぐらいあるどっしりしたもの。玉砂利に突っ込んだぐらいでは、ビクともしなさそうだ。


は古式料理の八寸。盆の左上が房州アワビのひしお漬け。右はカツオのひしお醤油

 伝統の古式料理もいいが、南房総といえばやはり、水揚げされたばかりの鮮度抜群の地魚にも注目したいところだ。近海は黒潮と親潮がぶつかる優良な漁場のため、アジ、サバ、サンマにカツオ、カンパチ、キンメダイ、さらに包丁式で奉納されたイナダ、冬は漫画でも登場したマンボウなどが、千倉港や鴨川港で水揚げされる。加えてサザエやトコブシ、房州アワビ、千葉県が全国随一の水揚げを誇る伊勢エビといった磯の幸、さらに近隣には日本で小型沿岸捕鯨が認められている数少ない港、和田浦港も有するなど、種々様々な魚介に恵まれた立地なのである。
 特にアワビと伊勢エビは、千倉町の旅館組合・民宿組合で、地産地消ならぬ「千(倉)産千(倉)消」を合言葉に、宿泊プランの目玉として提供している。その名も何と「メガ伊勢えび・メガあわび」プラン。牛丼やハンバーガーで最近流行のネーミングだが、伊勢エビもアワビも300グラム以上の大型サイズのものを、刺身や焼き物など希望の調理法で料理してもらえるというから、ファーストフードとは桁違いの豪華版だ。伊勢エビはさらに、150グラムの伊勢エビ2本がつく「ダブル伊勢エビプラン」というのもあり、メガとダブルとくれば、今後はギガプランも期待したいところ?

 そんな南房総の地魚料理と聞いて、真っ先に名前があがる一品といえば、なめろうだろう。アジやイワシといった青魚を三枚におろして、味噌とネギなどの薬味を加えて包丁でたたいただけのシンプルな料理で、漁師が船上で食べていたまかない料理でもある。
 そのまま食べても、火を通して「さんが焼き」という魚ハンバーグにして食べてもうまいが、ビワの葉の上にのせて軽くあぶっていただくのが、ここならでは。しっかりあぶり、レモンを軽く絞ってつまむと、青魚ならではの風味が倍増。さらにビワの葉のおかげで昆布のような芳香が加わり、これはご飯が進む味だ。房州ビワは市内の富浦町の特産でもあり、海産物と農産物の南房総名産コラボ、といった感じだろうか。


左は鯨の竜田揚げ。右のなめろうは、ビワの葉にのせてコンロであぶっていただく

 もう一品、懐かしさで目をひく料理といえは、鯨の竜田揚げだ。自分が小学生だったのは、商業捕鯨が全面禁止になる1986年のやや前で、学校給食で鯨料理が出されていたギリギリの世代かも知れない。現在、国内で正式に出回っている鯨肉は、北太平洋や南氷洋の調査捕鯨で捕獲したミンク鯨のほかに、IWC(国際捕鯨委員会)の管轄外である小型鯨類があり、和田浦漁港はこの小型鯨類にあたるツチクジラを、6月から8月にかけて年間26頭の枠で捕獲しているそうである。
 醤油ベースのつけ汁に漬け込んで干した名物「クジラのタレ」をはじめ、しぐれ煮、鯨ベーコンなど加工品も様々。また界隈には鯨料理を看板にした店も多く、和田浦くじら食文化研究会によるガイドブックも発行されている。国際世論的には厳しい逆風にさらされている鯨だが、南房総では歴史と伝統ある「地魚」として、しっかりと浸透しているようである。

 鯨が希少なのは認める一方、味のほうはやや獣肉ならではのくせが強く、究極の美味、というほど珍重されるほどではない、というのが自分の評価である。ところがここの竜田揚げはその気になるくせがなく、肉汁がたっぷりで旨みがあふれんばかり。魚料理が並ぶ中で、肉料理らしいどっしりした食べ応えがあるのがうれしい。きっと水揚げ後の処理が適切なのに加え、水揚げ地という土地柄、古くから熟達した料理法が伝承されていることも、関係あるのかもしれない。
 焼いたアジの身をまぜこんだアジご飯をかき込み、伊勢エビの味噌汁をすすり、と、まだまだ千倉の魚介を用いた料理が目白押し。おいしさを伝えようにも表現が底をついてしまうほどで、「言葉にならない」「絶品の味わい」と、もはや定番の文句しか出てこない。これは食後にもう一度、高家神社を参拝して、料理の神様に「グルメガイドの文章が上手になりますように」なんて願をかけていかなくては?(20081027日食記)