ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん74…青森・十三湖 『旅館琴湖園』の、シジミバターにシジミ汁

2008年04月12日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん



 東京から朝一番の東北新幹線に乗り、八戸で特急に乗り換えて弘前方面へと向かい、さらにローカル線・五能線のディーゼルカーで、夕刻の五所川原へ到着した。ここで1泊して翌朝、ストーブ列車で知られる津軽鉄道で津軽半島を縦断し、終点から乗り継いだバスが十三湖のバス停に到着した頃には、秋の日はすでに傾きかけていた。丸2日乗り物に揺られ、目指したのは1杯のシジミ汁である。
 
津軽半島の先端近く、まさに本州の北の外れに位置する湖、十三湖は、日本海とつながった汽水湖で、日本有数のヤマトシジミの産地として知られる。湖に流れ込む岩木川から、栄養豊富な真水が運び込まれ、それと日本海の海水が混じる環境のおかげで、十三湖のシジミは身が丸々と肥って大粒、旨味が濃厚になるという。秋口から冬にかけてが特に味が良く、エキスがたっぷり含まれたシジミ汁は絶品、と、地元のシジミ漁師も太鼓判を押すほどとか。
 バス停から湖口にかかる十三大橋を渡り、橋上から日本海に沈む夕日を眺めてから、橋のたもとにある宿、旅館琴湖園へと向かった。ご主人はシジミ漁師、しかも漁業組合長というから、シジミを味わう旅には願ったりかなったりの宿である。部屋の窓からは湖を一望でき、直下の湖岸には小舟が係留された船着き場が見える。自宅の裏から出漁できるとは、何とも恵まれた環境だ。

 
長旅の疲れをさっとシャワーで流し、食堂へと足を運ぶと、十三湖名物はシジミだけじゃない、とばかりに、種類豊富な地魚料理が揃っているのがうれしい。身がたっぷりのアカウオの焼き魚、白身がさらりとしたハゼの天ぷら、そしてホヤを昆布とワラビと一緒に水に浸した「水もの」は、ホヤの瑞々しい風味はもちろん、浸している水がいいダシが効いていてうまい。
 
ビールから、津軽の地酒「じょっぱり」の冷酒に切り替えて、続く料理を待っていると、バターの香りとともに、小鉢に持った料理が運ばれてきた。待望のシジミ料理の先陣を切るのは、シジミバターである。それにしても、シジミの大粒で厚くまん丸なこと。「シジミバターには特に大きいのを使っているのよ」と女将さんの言う通り、まるでアサリバターかと思えるほどである。
 
ひとつを指でつまみ、箸で身を外してから口に放り込むと、貝の旨みがあふれんばかりに広がっていく。バターの濃厚な香りがピッタリ合い、相乗効果で風味がより膨らんでいるよう。普通のシジミだと、バターに負けてしまうところで、大粒で身の味がしっかりした十三湖のシジミならではの調理法だろう。女将さんに調理法のコツを聞いてみると、フライパンにシジミとバターと醤油と酒を一度に入れること、口が開いたら火を止めて加熱しすぎないように、と、ていねいにアドバイスを頂いた。



十三湖のシジミは、津軽の地酒「じょっぱり」と相性バツグン


 
シジミは肝臓にいいグリコーゲン、タウリンが豊富なので、少々の深酒もへっちゃらだ。「じょっぱり」をじゃんじゃん空けてぐっすり眠り、翌朝目覚めたのは6時半過ぎだった。カーテンを開けると、船着き場でご主人が出漁の準備をしているのが見える。そして食堂へ落ち着いて、テレビの7時のニュースが始まった途端、あたりにドッドッドッ…、とものすごい音が響き始めてビックリ。驚いて窓の外を見ると、湖岸からたくさんの小舟が、湖面をものすごい勢いで飛ばしていく。
 
十三湖のシジミ漁は、漁業管理を徹底しており、操業は7時から11時と限られている。主な漁場は湖中央のやや浅い場所で、「じょれん」という大きな篭つき熊手を用い、海底を掻いてシジミを漁獲する。漁をする場所は、前日に採れたところを選んだり、風向きや水流を考慮して決めたりするのだが、何といっても良い漁場は早い者勝ち。だから漁師たちは7時の時報と同時に、先を争って飛び出していくのだ。湖一帯にエンジン音が響き渡る様子はさながら、F1のスタートシーンのような迫力である。

 音のおかげですっかり目が覚めたところで、朝食の膳も整った。そして「飲んだ翌日はこれね。好きなだけどうぞ」と、卓に置かれた鍋の中身はもちろん、待望のシジミ汁。朝食の、そしてこの旅のメイン料理の登場である。
 
ふたを開けると白い湯気がバッと上がり、それが切れて見えた汁も、白く濁っている。澄まし汁なのにこれだけ濁りがあるのは、シジミのエキスがよく出ている証拠だ。ひと口すすったら、その豊潤な味わいに絶句。残りをグッと一気に飲み干して、即座に鍋からおかわりしてしまうほど、後をひく旨さだ。
 
汁に入っているシジミは、昨晩のシジミバターのよりは小粒だが、それでも普通のシジミ汁のよりは大きい。殻から外した身も平らげ、「馬鹿の三杯汁」の3杯目のおかわり、そしてしまいにはご飯も入れて、自作のシジミ雑炊にしてしまった。遠路はるばるこの一杯を求めてやってきた、と思えば、滋養がより一層身に染みる。


朝の十三湖。シジミ漁の船が出漁準備中


 
この1杯で旅の目的は完遂したので、あとはお昼のバスで帰るだけだが、特に予定がないのなら漁港に寄ってみれば、シジミ漁を終えた船がそろそろ戻り始めるし、と女将さんが教えてくれる。漁港へと足を運ぶと、シジミ漁の漁船が続々と帰港していて、列をなす漁船が順に接岸する、かと思ったら、岸壁の直近をゆっくりと通過して、再び去っていく。岸壁には男性が立っていて、通過する漁船を一隻一隻凝視している。
 
十三湖のシジミの資源管理は、操業時間の制限以外にも多岐に渡る。漁船による本格的な漁は4月~10
月で、うち夏場の産卵期は禁漁期間となること、操業できる漁場は年によって変わること、一定の大きさ以下の貝は放流が義務付けられていることなど。その中でも特に厳しく管理されているのが、1日あたりの漁獲割当量である。
 
岸壁に立っていたのは漁協の係官で、彼らの前を通過していた漁船は、魚層を開けて漁獲量のチェックを受けていたのである。割当量は規定の木箱2つ分、1日200キロまでで、違反すると罰金を徴収されるというから厳しい。チェックを無事クリアした漁船は、自分の船着き場へと帰港、そして大・中・小の3種に10キロ入りの袋単位で選別後、午後から十三漁港で行われる入札にかける仕組みである。

 
チェック後に漁港の岸壁に接岸して、シジミの水揚げをやっている漁船があったので、近づいてみると数個並ぶ水色の籠に、シジミがいっぱい入っている。操業時間終了までまだ1時間以上あるのに、漁を終えた船が多いんですね、と話しかけてみると、早めに戻ってくるのは、蓄養用の貝をとる漁師。売るための貝をとる漁師は、大粒のを狙ったりたっぷりとるから、11時ギリギリまで漁を続けるのだという。
 
ちなみに蓄養とは、漁獲したシジミを再放流して成長させることを指す。漁師はそれぞれ蓄養区画を割り当てられ、そこへ放流した貝は漁期に関係なく、自由に漁獲、販売することが許されている。この漁師によると、春先の解禁直後はまだ貝が成長していないため、前年に畜養区画に放流したシジミを、漁獲するという。また冬場の「寒シジミ」は、この時期の2~3倍がつくほど珍重されるため、秋口に放流して成長させたものを、寒シジミの時期に売る漁師もいるのだとか。

 帰港する漁船がひと段落する頃には、バスの時刻が迫ってきた。宿へ戻り、帰る前に女将さんに、お土産用のシジミを注文する。昨晩のシジミバターのより若干小型なので、2キロ詰めを宅配してもらうことにして、お世話になった礼を述べてバス停へと急いだ。再び遥かなる家路をたどって帰宅するよりも、シジミが先に到着しているだろうか。シジミ汁もいいけれど、女将さん直伝の、自分で作るシジミバターも楽しみだ。(9月下旬食記)