函館朝市の店頭に並ぶ、毛ガニやタラバガニ、イクラなどを眺めながら思案しているうち、気がつくと列車の出発時間が迫ってきた。土産を選ぶのに少々、迷いすぎてしまい、結局何も買わずじまいで時間切れ。函館駅で列車に飛び乗ったら、津軽海峡を青函トンネルで渡り、青森へ出て夜行列車に乗り継いで帰る予定で、北への旅なのに北海道名物の魚介を買わないまま、帰途につくことになってしまいそうだ。
夕刻の青森駅へと到着、夜行列車の出発までは2、3時間あるから、駅近くの居酒屋で食事を済ませるぐらいの余裕はありそうだ。駅の観光案内所で、おすすめの店を教えてもらったついでに一応、この近くに市場なんてないですよね、と聞いてみる。なくてもともとのつもりだったが、返事は「あるよ、ほらあのビルの地下に」。
係の人が指差した先にそびえるビルは、地方都市の駅前で見かける、地元系列のデパートといった感じである。デパ地下の食品店街か、でもそれは市場とは違うんだが、と思いつつも、足を運んでみて驚いた。地下1階のフロア一帯には、水産物を扱う店がずらり。鮮魚はもちろん、加工品や塩干、珍味、さらに食堂や寿司屋まで見られ、港町の市場がそっくりそのまま、フロアへ入ってしまったかのような光景である。
青森駅前にあるショッピングビル「アウガ」の、地下1階にあるこの市場、実は元々この近くにあった青森駅前市場が、駅前再開発によって引っ越してできた市場なのである。その名も「アウガ新鮮市場」には、鮮魚店をはじめ水産物を扱う店が80軒あまり集まり、ほかにも総菜屋や肉屋、酒屋、さらに食事処も揃う、青森市民の台所的存在なのだ。函館朝市で買い物し損ねた分、偶然見つけたこの「駅前市場」で、時間の許す限り買い物を楽しんでいくことにしよう。
広い場内、というか地下街をざっと歩いてみたところ、駅側に鮮魚の店、駅から見て左奥側に塩干や加工品の店が集まっている。サケの店、マグロの店、カニの店、近海鮮魚の店など、特定のジャンルを専門に扱う品が中心で、水産物ならなんでも、さらに農産品や観光土産まで揃う店が目立った函館朝市とは、印象がずいぶん違う。
そして呼び声が激しくないのも、函館朝市と対照的だ。「はい見てってよお~」「ありがとうねぇ~」など、のどかで穏やかなため、店頭を落ち着いて見て回れるのがありがたい。鮮魚店の店頭には、季節柄かタラが目立ち、丸々太った腹の立派なマダラがドン、と迫力満点だ。それを店頭でテキパキと解体している兄さんは、「この時期のタラは、白子や真子がお腹にいっぱい入っているよ、1本どう?」と威勢がいい。
青森のマダラの水揚げ港といえば、五所川原の西寄りの脇野沢が有名だが、兄さんによるとこの市場には、あまり入ってこないそう。この店のタラは、どこでとれたものか聞いたら、「北海道」との返事が返ってきた。場内で扱われているタラは、青森近海ものと、北海道近海もの、北洋で漁獲されたものが混在しており、中でも北海道もののタラの扱いが、結構多いそうである。
そしてカニを売る店では、タラバガニや毛ガニの品札にほぼ「北海道」と記されているよう。またサケの店で扱われているのは道内と同様、北洋でとれたものが中心で、切り身のほか新巻、ハラス、カマなど、専門店だけに様々な部位が売られている。考えてみれば、津軽海峡で隔てられているとはいえ、青森も函館も立地的には似たようなものだから、操業する漁場や扱う魚種がかぶっていても、不思議はないかも。
ついさっき、函館朝市で買い物をしそびれたのに、ここで北海道ものの魚介が手に入るとは、ホッとしたような、不思議なような。でも青森へやってきた以上、買うならばやはり、青森のローカル魚介だ。青森は日本海と太平洋に挟まれた立地に加え、津軽海峡や陸奥湾など好漁場も有するため、流通する魚種は様々、まさに北の魚介の宝庫である。特に海が荒れる冬場は、荒波にもまれ身が締まり脂がのるので、近海ものの鮮魚が味が良くなるといわれている。
そこで鮮魚店が集まるエリアへと足を向けてみると、ハタハタ、ブリ、ヒラメ、イカ、アンコウに、陸奥湾で養殖されるホタテ、さらに大間もので有名になった、近海生マグロのさくも。ハタハタやイカは皿に山盛りや箱売りで、アンコウも解体されて皿盛りのと、丸のままのとが売られており、なかなか豪快だ。
みやげに手頃な物を探していると、ウニの瓶詰めをあちこちの店で見かける。試食させてもらった店のおばちゃんによると、使っているのは青森産の汐ウニで、混ぜ物は一切なし。味のほうはとても瑞々しく、混ぜ物がないからウニの濃厚な風味が、純粋に味わえる。値段も手ごろなこともあり、これを北海道帰りの青森土産? に決定。
見事なタラも、北海道近海でとれたものが多い
このみくに商店では甘塩筋子を、100グラムから売っており、量のほか粒の大きさと塩の加減によって、値段が異なるという。店のお姉さんに、いくつかの種類を試食させてもらったら、塩味が控えめ、粒はやや小さいがしっかりしていていい味だ。お姉さんによると魚卵にも旬があり、イクラや筋子は10月中旬~12月が味がいいという。
お姉さんに相談しながら選んだ結果、100グラム350円のを、1000円分買うことにした。ややおまけをしてくれたこともあり、包みの中身は大きな卵塊がふたつと、結構な量。値段のほうも、函館朝市で見たものより安かったのもうれしい。さっき買った汐ウニの瓶詰ともども、帰ってからのウニイクラ丼が楽しみだ。
市場をぶらぶらした後は、食事ももちろん、市場食堂で済ませたい、と目を付けていた寿司屋に向かったら、すでに「本日閉店」の札がかかっている。15時過ぎのこの時間は、もう店じまいのところがほとんどと、駅で紹介された居酒屋から場内の食事処に、夕食の店を変更するのは厳しそうである。
すると塩干品を扱う店が集まる一角に、閉店時間前ギリギリで開いていた食堂を見つけて、この丸青食堂のカウンターへと駆け込んだ。お茶を運んできたおばちゃんに、焼き魚定食の魚を聞くと、「ソウハチ、銀ダラ、ニシン」との返事。いずれも北洋ものと北海道ものの魚介だが、それはそれでよしとしよう。
選んだ銀ダラは身がプリプリに厚く、口に運ぶとトロトロに柔らかい。たっぷりの脂が箸をつけるごとに染み出すほどで、付け合わせの大根下ろしとさっぱり頂くと、ご飯がどんどん進んでしまう。カウンター席のすぐ後ろは、買い物客が行き交う通路のため、人が通るたびにこちらを旨そうに眺めていく。
丸青食堂の銀ダラ焼き定食。脂がしっかりのっている
今夜乗る夜行列車は個室寝台車を予約しており、周りに気兼ねなく酒盛りができるのが楽しみだ。総菜の店でおにぎりやおかず、酒屋でお茶にビール、さらに地酒「じょっぱり」の冷酒も仕込んだら、乾物の店で見かけた鮭とばも欲しくなる。
ひとかけら試食させてもらうと、サケの味がぎゅっと凝縮しており、歯ごたえはしっとりとソフト、塩辛いので酒も進みそうだ。店頭で量り売りしており、夜行列車で飲む酒のつまみ程度欲しい、と頼むと、500円分買ってくれたらおまけしてあげるよ、とおばちゃん。「はい、飲み過ぎないようにね」と渡された袋の中身は結構な量で、これは「じょっぱり」をもうひと瓶、追加していかないと。(1月中旬食記)