ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

ネトゲ廃人

2017年11月11日 | その他

 先ほど、最近お気に入りのねほりんぱほりんというNHKの番組を録画で観ました。

 先般は、港区わがままOLをツイッター上で演じる田舎暮らしの女性が紹介されていましたが、今回はネトゲ廃人です。

 テレビに登場した30代半ばの男性、一日20時間以上ネットゲームをし続ける、という暮らしを15年も続けているそうです。

 何百万人もが楽しむゲームで、全国1位になったことがきっかけで止められなくなったとか。

 過去には付き合った女性もいたようですが、あまりにゲームばかりしている男に嫌気がさし、離れて行ったそうです。
 そして彼は、将来は子供が欲しいなんて言いながら、未だ童貞だそうです。

 田んぼの中の一軒屋に住み、日夜ゲームをする日々。

 収入はゲーム攻略サイトの運営のみだそうで、どうにか暮らしていけるだけは稼いでいるとかで、何にでも需要があるのだなと、感心しました。


 多分人並み外れた知力と集中力、それに体力の持ち主なんだろうと思います。
 そうでなければ、1日3時間程度の睡眠で、ひたすらゲームをやり続けるなんてことは不可能でしょう。

 本人は体力の衰えは感じ始めているようで、出来るだけ長くゲーム廃人、そしてゲーム王の暮らしを続けたいと言っていますが、いずれそれが出来なくなることを自覚しているあたり、常識はあるのかな、とも思います。


 私は何かに熱中するあまり、ついには破滅していく、という物語を、過去にいくつか書きました。
 それはひとえに、人間の精神の運動が向かう先を示してみたい、と思ったからです。

 精神の運動。

 それこそが人を人たらしめるものであり、それがゆえ、人に成功をもたらしたり、破滅に導いたりする所以のものです。

 ネットゲームの廃人であることを誇りに思う、と語る30代半ばの男。

 私はそこに、人間精神の運動がもたらす栄光と悲哀をみずにいられません。

 世の中でくだらないと思われていることに熱中し、溺れ、破滅に向かう姿の中にこそ、精神の運動は純粋さを保ち、一種の美を生み出すに違いないと思います。

 向かう先はなるべくくだらないものであることが、美と悲哀を生み出す条件にちがいありません。

 そういう意味で、ネトゲ廃人、短い物語の主人公にして、小さな物語を紡いでみたくなりました。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする