スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ゲートキーパー&嘆願書

2024-10-05 19:09:50 | 歌・小説
 『夏目漱石『こころ』をどう読むか』の荻上チキのエッセーを読んだときに,『こころ』という小説では,直接的にではあれ間接的にではあれ,多くの死が語られているということに僕が気付いたのは,このエッセーが,ゲートキーパーという視点から書かれたものであったからです。こういう視点から『こころ』を読むというのは僕にとっては類例がない,もしかしたらあるのかもしれませんが,それがきわめて少ないものでした。
                            
 ゲートキーパーというのは,自殺を志願する人に対して,説得して自殺を思いとどまらせる役目を果たす人のことです。『こころ』の中の最後のところで,私は死の床にある父を見捨てるような形で東京へ向かう汽車に飛び乗ります。この部分は大抵の場合は,私が父親よりも先生の方を自身にとって重要な存在であるとみなしていたというように読まれるのですが,荻上は,自殺を仄めかす長い手紙を自分に送ってよこした先生に対して,ゲートキーパーの役割を果たすため汽車に乗ったのだというように読むのです。父が死の床にあるか否かということとは関係なく,先生のゲートキーパーになれるのは自分だけであるということを私は知っているがゆえに,私はその役割を果たそうとしたということです。したがって,父の死の前には私は無力であったけれども,先生の死に対しては何らかの力を有するということを私は知っていたということになり,そうであれば父を見捨てるように汽車に乗ったことに荻上は違和感はないといっています。つまりこれは,父よりも先生を選択したということではないのであって,自分の力を発揮できる方向へ私は向かったのだという解釈になります。
 このエッセーは2014年3月に書かれています。現在でも日本人の自殺者は少なくありませんが,当時は今よりもずっとこのことが社会問題と認識されていました。そういう意味ではこのエッセーは時代的なものであるとみることもできるでしょう。

 3月2日の遺品目録によって,スピノザの借金が明らかになったとナドラーSteven Nadlerはいっています。これはレベッカRebecca de Spinozaからの目線で考えるとよく理解できます。レベッカは遺産相続人であるとスペイクに申し出たわけですが,その時点でスピノザの遺産がどれほどのものであるか分かっていませんでした。なのでレベッカがスペイクに遺品目録を作成する権限を与えたのは,その内容を詳しく知りたかったからだということになるでしょう。この路線で解すると,ナドラーがここでいっていることは一貫性があることになります。
 なお,これは遺品の目録ですから,たとえばスペイクが支払った葬儀代の費用は含まれていません。スペイクはこの遺品目録にあった負債だけでなく,そうした費用についてもレベッカに請求しました。前にいっておいたように,スピノザには未払いの家賃があって,それをナドラーはスピノザのスペイクに対する借金と表現しているのですが,そうした借金もまた遺品の目録に含まれていたわけではなく,スペイクがレベッカに対して直接的に請求したものでした。もちろん遺品目録の中には,売ることによって得られるものもあったでしょうが,そうしたものから借金を支払ってしまうと,もしも自分の手にいくらかの金銭が残されたとしても,それが僅かであるということが,レベッカにもはっきりと分かるようになったのです。
 このためにレベッカはスペイクから請求された借金,すなわちスピノザの未払いの家賃と葬儀代を支払うことを拒みました。スペイクの方はレベッカが遺産相続人であることを主張するならそれは支払われるべきだと考えていましたから,そのために代理人を立ててレベッカに請求しました。これが1677年5月30日のことであったとされています。そしてこの日にレベッカは,ハーグDen Haagの裁判所に対して,この支払いを一時的に保留するための嘆願書を出しています。これは『スピノザの生涯Spinoza:Leben und Lehre』にも書かれていることであって,むしろナドラーがフロイデンタールJacob Freudenthalの調査に依拠している事柄です。これは『ある哲学者の人生Spinoza, A Life』の方に詳しく示されている記録が残っていますから,この嘆願書がこの日に出されたことは史実です。

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