スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産大臣賞典JBCクラシック&スピノザ 力の存在論と生の哲学

2019-11-06 19:06:25 | 地方競馬
 浦和競馬場の2000mで争われた4日の第19回JBCクラシック。マインシャッツは競走除外。戸崎騎手がJBCレディスクラシックで落馬したためアンデスクイーンは松山騎手に変更。
 ワークアンドラブが逃げてシュテルングランツが2番手。1周目の正面にかけてこの2頭が後ろに3馬身ほどの差をつけていく形。3番手にストライクイーグル。4番手のチュウワウィザードはここから2馬身くらいの差がありましたが,1周目の正面ではまた差が詰まっていきました。この後ろはアンデスクイーン,ロードゴラッソ,クインズサターン,センチュリオンの4頭の集団。4馬身差でナラとオメガパフューム。マイネルアウラートは大きく取り残されました。前半の1000mは62秒9のミドルペース。
 向正面ではワークアンドラブとシュテルングランツは併走。ストライクイーグルは押してついていく形。チュウワウィザード,センチュリオン,クインズサターン,オメガパフュームの4頭が追い上げを開始。3コーナーを回るとシュテルングランツは苦しくなり,チュウワウィザードが2番手。内で粘るワークアンドラブと外から追うセンチュリオンを振り切って直線の入口では先頭に。オメガパフュームはちょうどその後を追うようにワークアンドラブとセンチュリオンの間から進出して2番手に。直線ではチュウワウィザードにも追いつき2頭が競り合いながらフィニッシュ。写真判定となり,優勝はチュウワウィザード。オメガパフュームはハナ差で2着。センチュリオンが4馬身差の3着。これに迫った外のクインズサターンが半馬身差の4着で内のストライクイーグルがハナ差で5着。
 優勝したチュウワウィザードは平安ステークス以来の重賞4勝目。大レースは初勝利。このレースは能力的にはチュウワウィザードとオメガパフュームの優勝争いにならなければおかしいメンバー構成。コースがコースだけに不安がなかったわけではありませんが,きちんとそういう結果になりました。逆にいうと,そうでなければ浦和はJBCを行うには相応しくなかったということになってしまいますから,この結果はよかったと思います。2頭とも4歳ですから,これからもよいライバルとして戦っていくことになるでしょう。父はキングカメハメハ。母の父はデュランダルファンシミンファンシーダイナの分枝。4代母は1986年に京成杯と牝馬東京タイムス杯,1987年にエプソムカップと新潟記念とオールカマーを勝ったダイナフェアリー。母のひとつ上の半姉の産駒に昨年のJRA賞の最優秀ダートホース,NARグランプリのダートグレード競走特別賞馬に選出されている現役のルヴァンスレーヴ。母の7つ下の半妹に昨年のクイーン賞を勝ったアイアンテーラー
                                        
 騎乗した川田将雅騎手はジャパンダートダービー以来の大レース18勝目。JBCクラシックは初勝利。JBC全体では3勝目。管理している大久保龍志調教師は2014年のマイルチャンピオンシップ以来の大レース4勝目。JBCは全体で初勝利。

 僕はこの日は川崎に行っていたのですが,その移動の車中で1冊の本を読み終えました。秋保亘の『スピノザ 力の存在論と生の哲学』という本です。
 この本の内容は,スピノザの哲学の中核は生を巡る思考であると見定め,スピノザの哲学を力potentiaの存在論として読解することにより,それを生の哲学として定式化するという点にあります。個々の文脈の中では僕には疑問を感じる点が皆無であったわけではありませんが,僕は秋保の読解そのものについては賛同します。たとえば僕がかつて自己保存とか傾向といっていたのをコナトゥスconatusといい換えたのは,自己保存という語句ではそれが力であるという点が看過されるおそれがあるのではないかと思ったからであり,それは逆にいえば,スピノザの哲学から力という観点を見落としてはならないという意味です。ですからスピノザの哲学を力の存在論と読解するというのは,そうしなければならないことであるというように僕は考えていて,実際に秋保はそうしているわけですから,僕がそれに賛同するのは当然でしょう。また秋保は,その読解の鍵となる概念notioとして,力という概念そのもののほかに,実在および本性essentiaのふたつをあげています。僕の考えでは実在性realitasというのは力という観点からみた限りでの本性ですから,本性,実在性,力というみっつの概念はひとつのセットになります。つまり秋保の読解そのものの内容も,僕の読解と大きく異なるところはないといっていいと思います。
 さらにいうと,この本で存在existentiaとか本性といわれるのは,一般的な意味での存在あるいは実在とか一般的な意味での本性というのも意味しないわけではありませんが,秋保が重点的に考察しているのは個別的な実在であり個別的な本性あるいは現実的本性actualis essentiaのことです。ですから,すでに紹介した中でこの本とよく似た内容を有するのは『概念と個別性』で,この『概念と個別性』を力という観点から説明したのが『スピノザ 力の存在論と生の哲学』であると説明しても,さほど間違ってはいないと思います。
 こうした理由から,この著書の主旨に関してはここでは取り扱いません。それはこのブログですでに取り扱われているからです。
コメント
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