スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

お~いお茶杯王位戦&至福の規準

2024-08-02 19:05:08 | 将棋
 7月30日と31日に徳島市で指された第65期王位戦七番勝負第三局。
 藤井聡太王位の先手で角換わり。後手の渡辺明九段の超急戦に先手が時間を使って対応。局面も後手がよくなりました。
                         
 先手が飛車を打って馬と交換し,自玉の詰めろを解消した局面。ここは☖6六香と打つのが正着で,☗6七歩に☖5九金☗同王と捨てて☖5七飛と打てば後手の勝ちだったそうです。ただ後手がはっきり勝ちの順はこれだけだったようで,そうであればこの局面はAIが示すほど差がなかったということだと思います。
 実戦は3九に打つか4九に打つかで迷い☖4九飛と打ちました。これは☗5九金☖6六香☗6八歩と進んだときに,☖同香成☗同王☖5七金☗同王☖5九飛成で勝ちという予定だったようですが,そこで☗5八香という妙防があり,☖6八角☗6六王☖6五金のとき☗同銀が両王手となり後手の負け。先手はこの順に途中で気付いたので,☗6八歩のときに☖5九飛成☗同王☖3七角と進めました。
 そこで☗4八桂と合駒をするのが妙手。後手は☖5七金と打ったときにはまだ勝ちと思っていたようですが,☗4五銀右と出る絶妙手がありました。
                         
 4八に打った桂馬が攻めに働き,これでどう応じても先手の勝ちでした。これはかなりの名局だったと思います。
 藤井王位が勝って2勝1敗。第四局は19日と20日に指される予定です。

 第二部定理四三備考でスピノザが示している文章も,真理veritasと真理の規範あるいは真理と虚偽falsitasの規範を,肯定的命題で示しているとはいえます。しかし一方でこの文章は,真理と虚偽を分かつ規範が具体的にいかなるものであるかということをだれかに教えることはできないということを同時に示しています。だれかがこの規範を具体的に知るということは,そのだれかが何らかの真理を獲得するということと同じことであって,したがって僕たちは真理を有していない人に対して,真理の規範がいかなるものであるのかということを具体的に教えることはできないからです。
 このことは,スピノザの哲学において確実性certitudoとはいかなるものかということと関係しています。第二部定理四三がいっているように,スピノザの哲学において確実性というのは,ある事柄の真の観念idea veraを有するということにほかなりません。しかるにスピノザの哲学における真理とは,真の観念の総体のことを意味するのですから,真の観念と確実性との間にある関係は,真理と真理の規範との間にある関係と構造的にはパラレルです。第二部定理四三は確実性について直接的に記述しているわけではありませんが,真の観念を有する人はその真の観念について確実性を有するといい換えることが可能なのであって,この文章は真の観念と確実性について肯定命題の形式で規定しています。しかし一方で,確実性の何たるかを具体的に教えることはできないということも同時に示しているのです。
 第五部定理四二も,これらと同じ構造にあることは明白でしょう。すなわち,もしもスピノザの哲学で至福beatitudoの規準とか至福のしるしsignumといったものを示そうとするなら,それは徳virtusそのものであるというのがこの定理Propositioの意味なのです。したがって至福の何たるかを知るのは有徳的でさえあれば十分なのであって,それ以上の規準やしるしがあるというわけではありません。しかし一方で,有徳的でなければ至福を得ることはできないのですから,至福が具体的にどのようなものであるかを教えるということはできないのです。
 この部分の考察はこれで終了です。次が『スピノザー読む人の肖像』の最後の考察になります。

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