先日、大学時代に同じ予備校だった有人から連絡を受け、そこの講師をされていた佐藤全考先生が昨年4月に逝去されたこと。そしてその遺作展が銀座の画廊で開かれることを知って、初日の昨日行って参りました。
銀座 ステップスギャラリー
東京都中央区銀座4ー4−13 琉映ビル5階
東横美術は、あの東急グループとはなんの関係もない美術の予備校でした。
私は高校三年の時は、物理学者だった父のすすめで理系クラスに席を置いていました。
親父は私に建築の道に行くことをすすめたのですが、どうしても絵画の道に行きたかった私は、親に頼み込んで方向転換をはかることにしました。
もっと正しく言えば、当時の私の理系成績は壊滅的で、大学レベルに達してなかったこともあるのですが(笑)。
予定調和というか…浪人が決まってから、当時自由が丘にあった東横美術に通いはじめたのが、本格的な美術の勉強のスタートです。
それまでは我流で油絵を描いていたのですが、予備校に通って初めて、自分の絵のレベルが、自分の理系の成績以上に壊滅的だったことを思い知らされました。
私は今だに上手いとは言えない絵描きではありますが(謙遜してません)、人目に出して恥かしくない作品を描けるようになったのは、2浪をかけてしまった東横時代に培ったものがベースになっていると思います。
当時は未成年であっても、先生と生徒が一緒に飲みに行けた時代だったので、佐藤先生にはよく自由が丘の居酒屋に連れていってもらいました。
今はもうなくなってしまった「十返舎」という、予備校の先生の溜まり場だった店だったかな。
絵の話もそうですが、男女の話も大らかにしてくれました。
まあ、10代後半の男子なんて、頭の中はそれしか考えてないものね。
アートに男女の関係は立派な芸のこやしですが、アカデミックな技法をマスターするためにはジャマでしかありません。でも、佐藤先生はお酒が入るとそんなツヤのある話もしてくれました。
東横には「浪人時代に誰かと付き合うと落ちる」ようなジンクスもあり、実際のところ、どうだったのかな。まったく思い出せませんなあ(苦笑)。
奥様のとのなれそめも話してくれたのですが、昨日はその奥様と初めての対面ができたので、何やら嬉しくも感じました。
会場には、何やら見覚えのある人もチラホラ。
多摩美時代に職員だった方もいて、佐藤先生と幼馴染だったことを聞いて驚いた次第です。
佐藤先生も芸大に入るまで4年浪人された経験を持っていたので、浪人生には理解があったようです。4年の間に培ったデッサン力は抜群で、先生が描いたデッサンにため息を漏らしたものです。
ただし、先生の絵画は見たところデッサン力が、一見どこに生かされているのかわからない抽象画でしたから、逆にモダンアートにもデッサン力が必要と学生に納得させるには十分だったようです。
パンフレットにあった佐藤先生のお顔を見て驚いたのは、白髪にはなっていたものの、ほとんど変わらなかったことでしょうか。
2015年からずっと同じステップス・ギャラリーで個展をされていたのも初めて知りました。知っていたら、行っていたのですが残念でした。
佐藤先生の遺作展は最初にも申し上げたように、予備校時代の友達から連絡を受けて知ったのですが、その方は現在徳島在住。
ご時世もあって、なかなか遠いところの方は来れませんね。
予備校時代のみなさん、許可をいただいて撮影をいたしましたので、Web ギャラリーでお楽しみいただければ幸いです。
それでは佐藤全考先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
色々教えていただき、本当にありがとうございました。
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