漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

まりの・るうにい 「月街星物園」展

2014年10月19日 | 記憶の扉

 昨日は、「まりの・るうにい『月街星物園』展」に出かけた。
 仕事を早めに切り上げることができたので、恵比寿のギャラリー「LIBRAIRIE6/シス書店」にいそいそと到着したのは17時半頃。初めて伺うギャラリーで、恵比寿駅からもすぐ近く、古いけれども雰囲気のあるアパートのような建物の一室にあった。今日はるうにいさんが在廊の日ということで、もうすでにいらっしゃってるんじゃないかとも思っていたけれど、それらしき姿はない。こんな機会はもう二度とないかもしれないから、ひと目でもお会いしたい。それで、展示作品を鑑賞しながら、待つことにした。
 展示作品は、作品集「月街星物園」に収録されていた絵を中心に、20点ほど。新作の小品を入れれば、もう少しあったかな。本などで見覚えのある絵が、ずらりと並んでいる。妖精文庫の飾画がないのは少し残念だが、実際に実物を見ると、どんなふうに描かれているのかがよくわかる。部分的にちょこちょこ絵の具も使っているんだな、とか、厚塗りの絵とそうでもない絵があるんだな、とか。
 ギャラリーに入って、入り口にいちばん近いところに飾られていた絵「土星の夜」をひと目見た瞬間から、心が持ってゆかれた。「あっ、本物だ」と思った。こうやって書いてしまうと馬鹿みたいだが、ぼくにしてみれば感無量の、静かな感動だった。なにせ、神戸の西の片隅に住んでいたぼくが、初めて妖精文庫のカバーに描かれたるうにいさんの絵を見て衝撃を受けた16歳の頃から、今年でちょうど30年経つのだ。
 当時、新刊で簡単に手に入る、るうにいさんの絵が使われている本や雑誌はせっせと買い集めたし、倒産したばかりの月刊ペン社から妖精文庫の揃いを一括で買って(倒産した会社に、いきなりお金を送りつけて、売ってくれと言ったのだから、今ではかなり無茶なことをしたんだなと思う)、夜ごと書架から取り出して眺めていたこともあった。当時よく利用していた神戸市中央図書館にたまたまあった「遊」の野尻抱影、稲垣足穂追悼号を借りてきて、大きな絵が載っているのでどうしても欲しいと思い、るうにいさんの絵を、三ノ宮の四階建ての大きな文具店で、その頃にはまだほとんど普及していなかったばかみたいに巨大なカラーコピー機を使ってコピーをしてもらい、その再現率の低さにちょっとがっかりしたのも、懐かしい。ゴンドラパステルの大きいやつを買って、「パステル飾画」を参考に、パステル画の練習をしたものの、どうも上手くゆかず(使いこなせず)、使い慣れたアクリル絵具でなんとかそんな感じの質感を出す工夫をしたりもした。東京に出てきた二十の頃、当時住んでいた阿佐ヶ谷の、今にも潰れそうな小さな古本屋で、ずっと探していた「月街星物園」を見つけて小躍りしたこともあった。今では古書価が高価になってしまっているが、その時は600円だったということもよく覚えている。書き出すと、きりがない。時が経つとともに、一時の熱狂は失われたものの、ずっとファンだったし、自分が絵を描く上で、一番影響を受けた画家さんなのだから、感無量な気分になっても仕方がないと思う。
 絵は、思っていたよりも少し大きく思った。本の飾画でしか見たことがなかったから、そう思ったのだろう。随分と昔に描かれた絵なのに、パステルの色彩はあまり退色していないように見えた。厚めに塗られたパステルの発色や質感は、ふわりと生々しい。数点、ハガキサイズの紙に描かれた新作の小品があって、それらは販売していたようだったが、すでに完売状態。きっと初日には早々と売り切れていたのだろう。残念だが、仕方がない。画廊内には、タブレットにレナウンのCMが流れ続けていた。るうにいさんの絵が実写化された、伝説的なCMである。展示作品には、そのCMでも使われていた「ツァラの住んでいた街」や「黄昏色の方向」、「土星酒場」といった絵も展示されていた。
 少し遅れるのかなと思っていると、画廊の方が、「るうにいさんと連絡がとれなくて、もしかしたら一時間くらい遅れるかもしれない」とアナウンス。るうにいさんの姿をひと目見ることなく帰るつもりはさらさらなかったけれども、さてどうしようかと思っていたところ、しばらくして、るうにいさんが来廊された。
 再刊された「月街星物園」をその場で買い、るうにいさんに金の色えんぴつでサインをして頂いた。丁寧に、ゆっくりと、「まりのるうにい」と。マイペースで、ゆったりとした雰囲気を纏った方だった。なんだか、年甲斐もなく変に緊張してしまって、サインをお願いするだけでせいいっぱいで、他に何も言えない。言葉が出てこない。ちょっと情けなかったけれども、特に何か言うことを前もって考えていたわけでもなかったから、仕方がないのかもしれないと自分を慰める。帰りがけにふと、「今度はぜひ妖精文庫の絵で個展を開いてください。妖精文庫の表紙絵がとても好きなんです」と言ってみようかと思いついたものの、他のお客さんとの会話が弾んでいたようなので、結局言えずに出てきてしまった。これは、ちょっと悔いが残っている。時間が経つにつれ、その悔いが、沸々と大きくなっているような気もする。やっぱり、それくらいは言っておくべきだったかもしれない。実現するかどうかはともかくとして、声を届けることはできたのだし。機会があれば、もう一度くらいお会いして、そう言ってみたい気もする。
 今回購入した新装版「月街星物園」は、正確には以前に北宋社から出版されたものとはかなり異なっている。サイズが一回り小さいし、何より収録されている絵が異なっている。細かい情報は省くが、北宋社版はカラーが8葉、モノクロが16葉だったけれどもLIBRAIRIE6版はカラーが12葉のみでモノクロは無し。収録作品にも多少、異同がある。エッセイに関して言えば、以前は縦書だったのが横書になり、文字も小さくなっているけれども、内容は同じようだ。ただし、あとがきが以前とは差し替えで、新たに書き加えられている。したがって、LIBRAIRIE6版の「月街星物園」は、復刊というよりも、今回の展覧会の図録と考える方が良さそう。

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