漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

凍りのくじら

2013年10月03日 | 読書録
「凍りのくじら」 辻村深月著 講談社刊

を読む。

 「ぼくのメジャースプーン」や「名前探しの放課後」と同じ世界を舞台にした作品で、共通した人物も登場する。
 ストーリーは、一言で言えば、失踪した有名なカメラマンを父に持つ高校生の理帆子が大人になってゆく物語。各章のタイトルが「ドラえもん」の秘密道具の名前になっていて、物語の内容ともリンクする。辻村深月はミステリー作家ということになっているが、これはどちらかというと、ファンタジー作品としての要素の方がずっと強い。
 主人公の理帆子は、自分という存在に対する不信感を抱きながらも、強い女性であり、対する元彼の若尾は、言葉はポジティブでありながらも、行動が伴わずに迷走してゆく弱い存在として描かれている。「若尾、キモい」という感想を持ちながら読み進む人が多いだろうが、どこか若尾のことを他人ごとのように思えないという感じを抱きながら読み進む人も多いのではないか。多くの人が、どこか若尾的なところを持っているような気がするからだ。自分も含めて。そうした部分が、この作品を印象深いものにしている。
 これまで読んだ辻村作品の中では、パーソナルな部分が多いような印象。女性の心情を綴っているので、共感を持って読む彼女と同時代の女性は多いかもしれないと思うが、物語が都合よく進みすぎるきらいはあるし、最後はちょっと反則だとも思った。悪くはない小説だが、思春期のややこしさを描いた彼女の作品なら、「オーダーメイド殺人事件」の方が僕は好きだし、仕上がりも上だと思う。
 講談社文庫の帯には、辻村作品はこの「凍りのくじら」から読むのがいいようなことを書いあったが、僕の個人的な印象としては、「名前探しの放課後」からさかのぼって読むのも悪くないと思う。「名前探しの放課後」のサイドストーリーとして「ぼくのメジャースプーン」や「凍りのくじら」があるという読み方だ。仮に、もし最初に「凍りのくじら」を読んでいたとしたら、「名前探しの放課後」にはたどり着かなかったかもしれない。