漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

旧開智学校

2007年01月11日 | 記憶の扉


 先日、長野県の松本市に行ったのだが、せっかく松本に寄ったのなら、ぜひとも見ておきたかった場所があった。
 重要文化財の、旧開智学校だ。
 旧開智学校は、現存する最古の小学校の一つで、明治6年(1873)に開校され、昭和38年(1963)まで、約90年間に渡って現役だった。特徴的なのは、和風と洋風の入り混じった「擬洋風」の建築方法だ。松本の大工棟梁立石清重が様々な工夫を凝らして作り上げたもので、「ギヤマン学校」の通称が示しているとおり、レトロで、ロマンティックで、とても可愛い学校である。

 この学校のことを知ったのは、もう随分前のことになる。
 
 <まりの・るうにい>という画家がいる。 
 稲垣足穂の単行本の飾画や、「妖精文庫」の第二期のカバーなどを手がけていた画家だ。
 その<まりの・るうにい>さんの画文集に「月街星物園」というものがあったのだが、その中に収録されていたエッセイの中に「アンチパリン氏のガラス製造工場」と題された一編があって、そこでこの学校のことがちょっとだけ触れられていた。書き出してみる。

 「長野県の高原都市、松本にある旧開智小学校の、薄暗い建物の中からみた紅色の明りとりは印象的でした」

 たったそれだけの一文だったのだが、僕には妙に印象に残った。ただし、そのときは、長野の廃校か何かなのかなと思ったのだが、後になって、重要文化財だと知ったのだ。

 

 その明り取りの窓というのは、この窓かもしれない。
 当時は、日本にはガラスを作る技術がなく、棟梁が、わざわざ買い付けに出かけて、手に入れたという色ガラス。
 細部にまで、見る場所が沢山ある、よい建築でした。

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