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つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

変化の兆候、あちこちに

2025-07-26 | Weblog
石破辞めるなデモが昨日あった。
選挙での民意は石破辞めるべきと出た。にもかかわらずぬれ落ち葉のように、
首相の座にしがみつく。国民に嫌われている事さえ分からない、いや分かっていても厚顔無恥であるために、自ら辞めるとは言わない。まるで、兵庫県知事のように、、ごねれば通ると思っったのだろう。でも日本国、大人し過ぎて、
モジモジしているが、心配ない。8月になったとたん辞任する。次は日本初女性総理、高市氏となっている。ただそれも年内いっぱいで終わる。
内閣総辞職、衆院解散選挙に至るためである。
鈴木宗男氏、自民に復帰は、それこそ自民解体の兆し、一度干された人が、戻れと言われて戻るのは、そういうシナリオにあるためである。まして気性の激しい親父である。過去の勝手な行動?を見れば知れてくることである。雪辱は果たされる。恨み辛みは粛々と。
北方領土問題は、米国の属国である以上、返ってはこない。
因みに、
米国、トランプ政権、日本独立を望む、またとない機会(チャンス)到来、
二代大国を挟んで、もう一つの大きな国が絡んで、有事勃発の懸念。
北極圏の大陸の面合わせ、氷が阻む、故に、破氷船技術は必要である。
いずれにせよ、世界は天候不順を見るように、大きく様変わりしようとしている。どっちに転ぼうが、人類の科学技術は、悪のエネルギー進化となっている。その悪のエネルギー進化で、自らを亡ぼそうとしている様は、
天の采配を見れば知れてくることである。
暗雲にわかに立ち曇り、とどろく稲妻雨ザーザー、今に見る天の気である。
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希なる望みと書いて希望

2025-07-25 | Weblog
日本国の国家予算、約115兆円程とある。
米国との関税交渉に於いて,25%当初が15%ほどに下げられたが、コメの輸入拡大と80兆円程の米国への投資で合意とあった。日本国のビジネスに於いての資質無さは暴露された。これで明らかになったことは、金がないないと言っていた日本政府の嘘が暴露されたと言う事。
国家予算が115兆円程なのに、80兆円どうやって作る?端的に、刷っているからできる事。FRBの配下にありながら、米国の言う事に合わせられるのは、そういう事である。簡単に言えば。いくらでも刷れるが本当、ただ、がむしゃらに刷れば、当然金の価値は下がる。だから、毎年刷っている国債発行のため、50年前の通貨価値は10倍ほど下がっている。当時月2万から4万円の給料が、現在では20万円から40万円程となっている。価値が上がっているのではなく下がっているための数字である。月2万円程でやりくりで来ていたのが、その10倍ほどなければ、生活できなくなっていると言う事だ。物価上昇という形で処理されているが、金の価値が無くなったのである。国債発行というのはお金を印刷したと言う事である。それができるのは日本独自の円建て国であるからできる事。私の子供の頃は、今で言えば超円安、Ⅰドル360円であった。
その頃は、消費税たる悪税は無く、物品税であった。富裕層に掛けられていた税金である。貧困層は高級な品物は買えなかったために、ある意味理にかなった税であった。それが平等という名のもとに於いて、貧富に関係なく消費に掛けられた。非情に不平等の最たる「税」である。だから、税金の中でも
「悪税」と言われるのである。直ちに廃止して何の問題もない。
問題とするのは悪政を行う政治家の言い分である。消費税を導入してから、
税収は過去にないほどの増収、財務省ホクホク、だから、歳費として払われる国家、地方、各公務員の給料は安定、特に国会議員、地方議員と名の付く職の人は、資産家となっている。年間数千万円の所得となっている。
一般庶民の給料、一番高い都内でも年収4・5百万円である。そのうえで、
日本社会庶民の給料約三、四十年間上がらず、据え置かれてきた。このところ少しばかり上がっては来たが、物価高の影響、税金の徴収項目が増え、収入はマイナスとなっている。給料上昇と言えどもその価値時給にして、十円、百円単位、何とも奴隷そのものである。
「働かざるもの食うべからず」という洗脳教育の下、お金の奴隷となって、年老いても働かなければならない動物的生き様を強いられる。まさに弱肉強食の世界、畜生界と変わらない。時代が進み、人らしく生きられると思えば、逆に、動物的生き方が強まり、精神的進化から大きく逸脱している。
人間らしく生きる道義に非ず、餓鬼界、畜生界の生き方、所かまわず貪り合う
浅ましさを表している情けない社会となってきている。
更に、戦いにある修羅界の形相を表し、いがみ合いが続けられている。
やはり、釈迦の言う予見は当たるのであろうか?何せ、人類でただ一人、
法(ダルマ)を見た人であるから。
希望は、未来は変えられると言う事、釈迦もそう諭す。

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嘘と誠の騙し合い

2025-07-25 | Weblog
昨日の新聞に石破首相退陣へとあった。しかし、そんなことは言っていないと本人否定。つまり、新聞は嘘を伝えた。しかしながら、100%退陣することはするのだが、如何にも退陣したかのように印象操作をして伝える。ある意味、これから起こることを現実とするために、国民を誘導する一つの手法である。
そのような風潮が実際を表していくためである。公にある者は、嘘はつかないとする神話に警鐘を鳴らしている。「ファクトチェック」である。今の社会は、
人間不信を招いている。つまり、地獄の現象、誰も信用できない疑いの社会は、安寧より遠く、有ってはならないことが起こっていく様にある。
政治家から有名企業のトップから、、教育を育む教師から、不道徳にあり、
司法迄乱れたために、無実の人が犯罪者とされ、長い間拘束された事実が次々と明るみに出てきて、再審無罪を勝ち取っている。公が悪魔であったとする、有ってはならないことがあったのである。この現象は何を意味しているのか、これから先何が起こってくるのかを、暗黙示唆しているのである。つまり、
悪の浄化である。地上が乱れ切って、人間同士ではもう順当に処理出来ない範囲にきているために、自然をもって一掃にあたる。それが近年に見る天候不順、異常である。天が吠え、地が揺るぎ、風が舞い雨が洗い流す。それは皆、人知を超えた猛威である。熱と寒さは同時に現れ、まさに対立を起こす。
バチバチと火花を散らし、所かまわず荒れ捲る。
この地上を支配しているのは自然である。人間ではない。だから、
傲慢になってはいけない、貪欲であってはならない、私達は謙虚でなければならない。人間は、自然には逆らえないものである。それが、自然を破壊し、
環境を人間に合わせて生きているために矛盾となっている。環境保全を唱えながら、破壊している矛盾にすら気づかなくなっているために、地上は、運命共同体となって一旦一掃されるのである。
善いも悪いも同じ人間のする事、人間にして少しも違いはない。その為に起こる世界的規模の天候異常である。地球が人類に壊されないうちに、地球自体が
自然治癒力を行使するのである。悪いものの淘汰である。自然は悪には非情である。恐らく、このままでいけばあと10年もしない間に淘汰される。


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謙虚に生きる

2025-07-24 | Weblog
意識の勘受、急を告げる。
ほんの束の間だが、自民、高市氏浮上、女性として初の指導者となる。ただ年内にも解散、内閣総辞職に。その後、候補はあれど、どう傾くか未定にある。
予め定めたとしても、予定された者の裁量であるために、不定である。
一事が万事となすが、清廉潔白という人物は、人間である以上あり得ない。
そのため、どこで線引きするかの寛大さが必要である。正義とは、必ずしも
善にあるわけではない。それは、存在するための義(意味)が正当であればである。悪が存在するのはそういう事である。
悪があるために善が分かる、どちらかだけでは存在を為さず、また、その存在すら、何なのかわからなくなり、全てが正義となってしまう。
さて、揺れ動く日本国であるが、地震大国でもあるために、近代文化圏は要注意である。存在の道理というのは、物理的生命エネルギーには関与していない。その意味では非情であると言える。
物理にある存在の道理というのは、三次元世界を超えてこそ無効となっている。私達は、存在することへの「奇跡」として捉えることができれば、
「謙虚」であることの重大さに気づき、存在の「奇跡」を思う。その時、
動物的生命エネルギーから離れ、精神的生命エネルギーに移行できる。
精神的生命エネルギーには「一旦」という繋ぎの間は存在しない。常住である。時空もない。そのために、恐怖など初めからなく、故にただ楽しい。
人生、謙虚こそ要である。


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禍回避できる国

2025-07-24 | Weblog
日本国、関税が10%下がったと喜んでいるが、そうではない。交渉は常に失敗だった。農業輸入枠拡大とその他の援助は100%日本の負けである。
投資と言う言葉の綾に、日本国民を騙す我が国の政府は、もはや解体の道を辿る。いかにして、交渉の失敗を成功に見せかけるかの算段の言い方である。
現に、米国に投資した利益の90%は米国にあるとされている。実におかしな話である。庶民にさえ分かる。
国と国との交渉には表には出さない裏がある。アラスカの油田開発援助を見て、造船技術提供共同開発を見て、先になにがシナリオ(筋書)されているかが見えてくる。特にの農産物拡大枠は有事を想定できる。食料が無ければ、戦わずして負ける、を意味する。攻撃側の損失を最大限に守れる戦術である。
台湾を挟んで、発展途上にある大国の利便性を考えれば、実にキーポイントにある位置を占めている。一触即発は見え隠れしている。
人間の歴史を見れば、どの国も領土問題に発し、戦争紛争略奪大量殺戮にある。
今もって、世界は争いが続いているのは事実である。まして、政治が悪政にあれば、「防御」を建前に、争いの正当性を論う。日本はその狭間にいるようだ。我が国の指導者、8月いっぱいと言わずに、即刻首にしなければ、あらゆる禍に巻き込まれてしまう。世論の力は大きい。それが本当の民主主義。
ただ大半は洗脳にあるようだが、ぼんくらでは意味がない。
少数にして謙虚にある者達の力は、それらを凌駕する。日本人は優れている。
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資質

2025-07-23 | Weblog
資質=生まれつき〔の性質や才能〕。と辞書にある。
資質は大事である。
ただ単に先に生まれただけで先生と呼ばれてご満悦。
それは、
「先生先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃない」というように、言葉の裏を読めなければ、先生と揶揄される。
人の上に立つ人は、それなりの資質が具わっていなければならない。
おだてられて、人の上に立った人は、後皆を苦しめる。
まさに今の日本国の有様である。
石破自民党総裁、総理になったばかりに男を下げた。地位と名誉に溺れて、金に汚く、その上ケチ(吝嗇)。ぬれ落ち葉のように地位に縋りつく。
これほど心を読まれた総理大臣も珍しい。
ほんとに陳腐、というのは、どこにもありふれた面白みのない人と知れた。
人の上に立つなら、人に恥じない生き方をしていなければならない。
嘘偽りでなれば、後大恥もいいとこ、誰にも相手にはされなく、
人知れず死んでいく。
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過信

2025-07-23 | Weblog
石破総理終に辞任に至る。総辞職、解散総選挙本年の出来事。
世界はこれからもっとすごい事が起こる。エネルギーの法則は、あきらかに浄化となっている。異常気象は、地上の汚物を掃除するための現象。
私の意識に、そらの意識が伝えるのは、東京へは行かない方がよいと示唆する。
意識のテレパシー(心霊現象)である。なぜかは私には分からないが、空から見た東京の景色、隙間なく広がるコンクリートジャングル、物理は重力にして、
いっぱいいっぱいと告げる。人的災害、洪水は陥没を余儀なくする。
硬いものは強いようで水には弱い。柔よく剛を制すの道理をもって。
まだまだ完ぺきではない人間の技術、どこか『人間だもの‥』を表す。
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道理は諭す、知恵を具える

2025-07-22 | Weblog
我(われ)の慢(驕り)と書いて我慢。我の驕る心、だから、我慢して生きれば、苦しむことになる。分かりますか?
我慢する、は自身の慢心を表して生きると言う事になる。
驕り高ぶって生きると言う事になる。そうすれば苦しむ。当然である。
だから、我慢しない、で生きるが正しい。つまり、謙虚に生きると言う事だ。
謙虚に生きると言う事は、主張しないと言う事ではない。自分の主張はするべきである。
こうしてもらいたいという欲求、要求は大いに主張する。それは我慢ではない。

我慢=我を立てる気持ちが強すぎ、自らを高しとする念が常に前面に出る意。
つまり、自慢。と辞書にある。
自分を抑えて生きることと我慢して生きることは正反対の意味である。我が驕り(慢)は表に出してはいけないのである。
謙虚に生きれば道の徳となるのである。
この世は「でたらめ」であるために、善悪転倒となって生きていて、して、
すべからく間違えて生きていて、悪の世界(地獄)となっているのを天国として生きている。だから、不幸せを数えれば両手でも足りないが、
倖せは片手にさえ余る。
因みに、
「諦める」も間違えて認識して生きている。
諦めるは、物事の真理を明らかに見る、が本当の意である。だから、
「言」葉の文字に最高の位を表す「帝」の字を充てて「諦」としている。
言葉の帝王としてある文字である。途中で物事を投げ出して、辞めてしまうという意味ではないのである。そんな言葉に帝(みかど)の文字を付けるわけがない。貴方方は悪魔に洗脳されているために、間違って教えられたことを習慣とし、正しいと認識して、正せなくなっている。そのため、何でも
「諦めない、諦めない」(明らかに見ない、明らかに見ない)として無意識に自己暗示を掛け、
決して世の中の真実を知る事が出来ないでいるのである。そのため、世の中は
謎に包まれたまま、一つの人生を終えるのである。生命はそれを永遠に繰り返す。
だから、「無知」をなくせと言われるのである。
世の中の法則を「あきらかにして見ろ!」「諦めろ!」と道理は諭す。
すれば、善悪転倒が正されて、「是が非」となることは無い。
これは、技を極めた達人が「考えるな、感じろ!」と訓えたことを理解する。





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荷は重い

2025-07-21 | Weblog
参院選が終えて、自公惨敗。当然である。が、まだまだ自公を推奨している人達がいる。組織票と思われるが、今までの政権が「今だけ金だけ自分だけ」という
損得に絡んだ票と思われる。そういう票の獲得は後必ず分解していく。それが今の社会の流れである。現総理、その責任もうやむやにして、続投を言うも、それは世論が許さない。無理である。これから一、二週間の間に、自ら辞めると口にする。もう力の無い指導者に、米国の関税交渉はそれこそ相手にされない。必然、
責任はとらされるに至る。国の指導者たるは、力が絶大である。吸引力、国民を引き付ける力が無ければ成り立たない。それが明確に示された以上、引責辞任とならざるを得ない。きっぱり身を引いてこそ、最後のはなむけである。ぬれ落ち葉になってはいけないことくらい、還暦を過ぎた男の身に分からないはずがない。それこそ国民の身を案じたと言えるだろう。いや、地位と名誉に溺れたために、それさえ分からなくなってしまったのか、それがこの一・二週間の間に知れてくることである。なんとも人間というのは卑しいものである。
本物の「大人」、それも大衆を導くものの立場にあれば、言うまでもなく、
損得は思わず、見の引き方は素晴らしくあらねばならない。さて、「男」を見せられるか?


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ブッタの予言(940+932)

2025-07-20 | Weblog
再再度おさらいしておこう。
「かつて、ここには人が住んでいた。多くのドラマがあった。
幸福な時もあれば不幸な時もあった。幸福な人もいれば不幸な人もいた。
人々は話、笑い、怒った、泣いた、苦しんだ。
人の出会いもあった。別れもあった。愛しあった人もいた。憎しみあった人もいた。裏切りもあった。傷ついた人もいた。大切なことは、ここに今の私達と同じ人達がいたという事。貴方がいて私がいたということ。言葉や習慣の違いなど
些細な事。何が違うというのか?野に散る頭蓋骨を見ればよい。彼も彼女も一度はこの青い空を見た。広い星空を見て、遠い宇宙に思いを馳せた。
私達はどこから来たのか、それを問い続けた。なぜ私達はここにいるのか?
そして何のために?私達は死んだらどうなるのか?誰がそれを教えてくれるのか?その人はどこにいるのか?
長い時間が過ぎ、いつの間にか人は消えた。長い時間が過ぎ、新しい人々がそこに住んだ。新しい笑い声と、新しい悲しみの声、新しいドラマが再び始まった。『人は来りてまた去る。人、来りてまた去る。かくして、私の貴方の、
彼の彼女の、そして、彼らの人生が流れる。あたかも何事もなかったように。
あたかも、何事もなかったかのように。』
もう一度、廃墟を観よう。そこにいたはずの私や貴方を観よう。そこにいた私や貴方は何処へ行ったのか?私や貴方は何処へ消えたのか?いやいや、どこへも行っていない、消えていない。彼はここにいる、彼女はここにいる、それが
私である、それが貴方である。失う事を恐れてはいけない。死ぬことを恐れてはいけない。貴方は何も失わない。貴方は消える事も無い。
長い時の流れの後、私は生まれる、貴方は生まれる。違った時代の違った場所で。命は自然の恵みを受ける。命は、自らを繰り返す。
貴方は違った言葉を話す。違った生活をする。が、それがどうしたというのか、些細なこと。今の私、今の貴方、同じ私がそこにいて、貴方がいる。
その私が青い空を見る。星空を見る。私達は、かつてここにいた。今もいる。
私達は、いつかここに戻ってくる。貴方がどこに住み、何であるかは問題ではない。貴方が誰であるかも問題ではない。私がだれであれ、また、何であれ、
私達は今ここにいる。分子と光の織り成す世界で生きている。
星が瞬くその瞬間に生きている。これを奇跡と言わずして何と言う。
人間に違いはない。人間の歴史に違いはない。
傲慢になってはいけない、貪欲になってはいけない。私や貴方は謙虚になろう、生きていることに謙虚になろう。この時、人間は動物から離れ、
精神的な存在となる。それこそが、その答え。なぜ私達が今ここにいるのか、それこそが、その答え。
精神的な生命であることを知るために、私達は今ここにいて、それを学ぶ!

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