来日経験もある元WBOミニマム級チャンピオン、モイセス・フエンテス死去。
詳細は記事にあるとおりです。
田中恒成もTwitterで追悼の意を表しています。
2016年大晦日に試合で戦った選手が亡くなった。思い出深い試合だ。
— 田中恒成/KOsei Tanaka (@KOsei530) November 25, 2022
Ivan Calderón, Donnie Nietes,比嘉大吾, Román González.
長年にわたって多くの名選手達と戦った偉大な世界二階級王者。
1年前の試合で意識を失って、1年間の闘病。
俺の仲間皆んなで合掌🙏
Thank you, Moises Fuentes. 🥊🤜🤛 https://t.co/lVp8otNCAk
ラストファイトの内容や経緯については、後から、傍目から言えば「余分な一試合」だった、ということになります。
しかしボクサーというものは、立場も地位も様々にあれど、それぞれに闘うことを求める理由があり、その思いを、願いを果たすために、文字通り全てを賭けることを怖れず、厭わないものなのでしょう。
もちろん周囲がそれに歯止めをかけ、冷静な、ときには冷酷な判断を下すべきでもあるのでしょうが、同時に、闘いを求める心情を痛いほど理解出来てしまうのも、ボクサーに近い人たちなのかもしれません。
言えるのは、我々は悲劇が残す影を、その色濃さを忘れず、そして何かを教わり、学ばねばならない、ということだけです。
モイセス・フエンテスの試合は、WOWOWでやっていたかどうかは定かでは無いですが、WBOミニマム級タイトルの変遷に興味を持ち、YouTubeなどでちらほらと、けっこう前から見ていました。
後の来日時と、基本的に作りは同じで、右一発の強打と勝負強さが光る、軽量級離れのパンチャ-。
こちらも後に来日する、ルイス・デラローサを初回で仕留めた試合では、器用そうには見えず、ぎくしゃくしていて細身で、でも「怖い」選手、というイメージそのものの勝ちっぷりでした。
田中恒成と闘う頃までは、まだその怖さが生きていたように思いました。その後はさすがに厳しいなあ、という記憶ですが。
名のある王者、ボクサーと数多く闘い、激しい闘いを見せてくれたボクサーでした。
ご冥福をお祈りします。
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