遅ればせながら、井上尚弥2戦目の感想です。
対戦相手のガオフラチャーンは、確か大阪で、高山勝成と闘ったのを
直に見たような記憶があります。
小柄だけど思い切り振ってくる、タフな選手、という印象がおぼろげにあって、
普通ならちょっと長引くような試合に...と思うところなんですが、
実際は、井上尚弥にとって、練習台にすらならない感じでした。
「あ、空いた」と思うと同時か、それより先か?
何せガオフラチャーンの右が下がっているところに、打ち抜かれた左フック一発。
角度やタイミングの良さ、そして相手から見えにくい振りの小ささなどが相まって、
パンチ自体の強さを大きく上回る効果を生み出している、まさに理想の一打。
このKOパンチのみならず、二分足らずの試合中に数回あったアクションの全てが、
優れた才能とボクシングの科学が、見事に融合したものばかりでした。
相手が肩書き以下の力しかない、物足りない相手だということを割引いても、
やはり井上尚弥は驚異の新人である、と言わざるを得ません。
しかし、いろいろ考えさせられたのは、試合後の井上のコメントです。
あの「早く終わってしまって申し訳ない」という主旨のやつです。
基本的には、何も申し訳ないことなどありません。
倒せる相手を、倒せるときに、殺意を持って、確実に倒す。
真の強者たる者の条件です。
それを若いうちから、しっかりと実践して、己の慣習としておくこと、
そしてそれを、多くの眼前で実行しておくことは、大切なことです。
少なくとも「色々試したかった」的な生ぬるい発想で、
格下相手に、無駄に試合を長引かせたところで、このレベルのボクサーにとっては、
何の意味もないでしょう。
デビューして2戦で、アジアの中堅クラス(と、いうことにしておきます)では
もはや試合らしい試合にもならない、というのが、井上尚弥の現在地です。
初回、二分足らずで試合を終わらせたあの左フックは、
そんな相手にラウンドを重ねることの無意味を、冷酷に斬り捨てたかのようにさえ見えました。
そこにあったのは、もっと長いラウンドを闘い、そこから何かを学ぶとしても、
こんな相手では無理だ、という、冷酷な真実のみ、でした。
ならば、もっとレベルの高い相手に、多くの試合数、ラウンド数を闘い、多くのことを学んで欲しい、と思うのです。
井上尚弥というボクサーには、多くのことを学び得るだけの、大きな才能があると感じるからこそ。
しかし、現実には、これほど才能に満ちたボクサーに、まだ「6戦目で世界」というような
薄っぺらい話がまとわりついています。
この試合を経て「ほら、こんなに強いんだから、少ない試合数で世界戦をやっていいのだ」
と考えるのか。それとも「たった2戦目でこんなに強いんだから、
将来、もっと強いボクサーになるために、多くの試合数を重ねていくべき」なのか?
普通に考えたら、答えは決まっているはずです。
どう見ても、この選手が目指すべきは、一過性の記録などではない。
彼は少なくとも日本、東洋の枠を越えた、壮大なスケールの舞台を目指すべきボクサーであり、
そのために必要なものは、目先の肩書きではなく、真の強者たりえるために必要な、
数多くの勝利の経験であり、それを経た上での、強敵相手の試練であるはずです。
この選手に、そこそこの相手との10戦、そこから試練というべき難敵との試合をさらに5戦、
その間にベストウェイトを定めて、全勝とはいかずとも、20戦前後のキャリアを与え、
22~23歳あたりで、満を持しての世界挑戦、という運びになったとしたら。
それは日本ボクシングの歴史を書き換える、エポックメイキングな試合になることでしょう。
そして、その試合に勝利したとき、井上尚弥は、U-15大会に代表される、
業界全体の取り組みによって行われた、ボクシングの低年齢層強化策成功の象徴として、
日本ボクシングの底辺拡大が生んだ、新時代の旗手として、歴史に大書されるはずです。
しかし、現実には、そんな壮大な夢を見て、それを心から楽しめるような展開にはならないのでしょう。
ほぼ間違いなく、6戦目あたりで世界戦が組まれるでしょうし、
そうなると、強豪王者への挑戦とは当然ならないでしょう。
俗に言う「穴王者」挑戦か、決定戦出場を狙ってのマッチメイキングが行われ、
この脅威の才能を持つボクサーが、TV局主導の商業優先タイトルマッチに出て、
我々ファンはその姿を応援しつつ、心の片隅で、もやもやを抱え続けるんでしょう。
次に目指すのは、OPBF王者への挑戦とかいう話でしたが、土曜日に見た新王者・小野心の試合は
判定の是非以前に、これに勝って王者になったところで、世界挑戦資格といってもなぁ...という感じでした。
それはともかくとして、世界挑戦資格のための試合など、先送りでも全然良い、と思います。
先を急がず、じっくりと色んなタイプの、時に噛ませと見えるような相手でもいいから、
試合の数を多く闘うのが一番なんですけどね...と、また話が元に戻ります。
たった二試合見ただけですが、この選手は本当に、得難い逸材だと言えます。
デビュー戦を見た印象は「超一級の佳作」でしたが、二戦目を見終えて、
さらにその可能性は大きなものだと感じました。
だからこそ、将来、彼のキャリアを振り返ったときに「もったいなかった」とは
思いたくないな、というのが、今の率直な気持ちです。
まあ、最高と最悪の想像の間に、現実が落ち着くと考えれば、悲観し過ぎかもしれませんが...。