ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

無敗で引退した世界チャンピオンたち

2011年12月02日 | その他
〈無敗で引退した世界チャンピオンたち〉

ロッキー・マルシアノ(アメリカ)

元世界ヘビー級王者。1952年9月、ジョー・ウォルコットに13回KO勝ちで王座を獲得。
1955年9月、アーチー・ムーアとの6度目の防衛戦に9回KO勝ちしたのを最後に
「もう戦う相手はいない」と1956年4月に引退した。49戦全勝(43KO)。


スベン・オットケ(ドイツ)

元IBF、WBA世界スーパー・ミドル級王者。1998年10月、チャールズ・ブリューワを
判定で破りIBF王座獲得。2003年3月にはWBA王者バイロン・ミッチェルに
判定勝ち、統一王者となった。2004年3月の防衛戦をもって引退を表明。
IBF王座の防衛は21度に達していた。34戦全勝(6KO)。


リカルド・ロペス(メキシコ)

元WBA、WBC、WBO世界ミニマム級、元IBF世界ライト・フライ級王者。
1990年10月、WBC世界ミニマム級王者大橋秀行に挑み、5回TKO勝ちで王座獲得。
この王座は22度の防衛に成功、その過程でWBO、WBAの王座も獲得。

1999年にはIBF世界ライト・フライ級王者ウィル・グリスビーに判定勝ちで
2階級制覇。同王座を2度防衛した後、2002年に引退。52戦51勝(37KO)1引分。


ジョー・カルザゲ(イギリス)

元WBA、WBC、IBF、WBO世界スーパー・ミドル級王者。1997年10月、クリス・
ユーバンクとのWBO世界スーパー・ミドル級王座決定戦に判定勝ちを収め王座獲得。
同王座は、2006年にIBF王者ジェフ・レイシーを、翌年にWBA、WBC王者ミッケル・
ケスラーを破った試合も含め21度防衛。2009年引退。46戦全勝(32KO)。


エドウィン・バレロ(ベネズエラ)

元WBA世界スーパー・フェザー級、元WBC世界ライト級王者。27戦全勝全KO。
史上ただ一人、パーフェクト・レコードを残した世界王者である。

2006年8月、WBA世界スーパー・フェザー級王者ビセンテ・モスケラに
10回TKO勝ちで王座獲得。2009年4月、アントニオ・ピタルアとの王座決定戦に
2回TKO勝ちを収めてWBC世界ライト級王座を獲得、2階級制覇を達成。

しかし翌年4月18日、滞在中のホテルにて妻をナイフで刺殺した容疑で逮捕され、
翌19日、警察署内の留置場にて首を吊って自殺した。享年28歳。



〈一度は無敗で引退した世界チャンピオンたち
(他にいるかもしれません)〉

ジェームズ・J・ジェフリーズ(アメリカ)

元世界ヘビー級王者。1899年6月、ボブ・フィッシモンズに11回KO勝ちで王座獲得。
7度の防衛の後、1904年に王座返上、引退。21戦18勝(15KO)2引分1無効試合。

1910年7月、ジェフリーズ引退後に黒人初の世界ヘビー級王者となった
ジャック・ジョンソンと対戦するために約6年ぶりに復帰するも、
15回TKO負けで王座返り咲きに失敗し、そのまま再び引退した。


新井田豊(横浜光)

元WBA世界ミニマム級王者。2001年8月、チャナ・ポーパオインに判定勝ちで
王座を獲得するも、同年10月、持病の腰痛悪化ならびに世界王座を奪取した達成感を
理由に引退を表明、王座を返上した。17戦14勝(7KO)3引分。

2002年12月に現役復帰を表明、翌年7月、ノエル・アランブレットに挑み
判定負けで王座返り咲きに失敗するとともに、プロ初黒星を喫した。

2004年7月、アランブレットに再挑戦して雪辱を果たし、以後7度の防衛に成功。
2008年、8度目の防衛戦に敗れた後に引退。


フロイド・メイウェザー(アメリカ)

5階級制覇王者(スーパー・フェザー〜スーパー・ウェルター級)。
2008年6月、「ここ数年はボクシングに自分の望みを見いだすのが困難だった」と
引退を表明し、当時保持していたWBC世界ウェルター級王座を返上。
この時点での戦績は、39戦全勝(25KO)。

およそ1年後に再起を発表、以後3試合を行い未だ無敗(2011年12月現在)。
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休養王者清水「亀田兄弟と関わらない」

2011年11月14日 | その他
清水の会見の詳しい模様
http://ameblo.jp/sacredbox/entry-11077756711.html

清水智信(金子)の世界タイトル獲得祝賀パーティーが開催され、
その後、緊急会見が行われた。

会見では最初に金子会長が報道陣に「金子ジムとしては、WBA・JBCに
清水の"休養王者届け"は提出していません!一部のマスコミで提出との
報道がありましたが、正確な報道をお願いしたい。そして12月7日に
亀田大毅選手がテーパリットと対戦するとのことだが、この勝者が
"暫定"王者として清水と戦えばいい!我々は清水が"正規"王者だと
考えています。真の王者は清水です!」と怒りをあらわにした。

続けて金子会長は清水に「いま思っていることを素直に喋れば良い。
思いの全てを喋りなさい」 と託した。 これについて清水は「正直、
祝賀会の後で言いたくはなかったが…。会長から"思いのたけを喋れ"と
許しを得たので」と前置きし、今回の"休養王者"における思いを一気に語った。

「僕が"休養王者"ってどういうことですか!これはある意味"剥奪"と
同じでしょ?意味が分からない。馬鹿にされた感じだし、ベルトを
届けてきたWBAには"何なんだ!"って気持ち。こんなことが当然のように
まかり通って良いのか。 僕は命を懸け、人生懸け戦ってきた!
真面目に戦っている人間が馬鹿を見て良いんでしょうか?世界を獲って
たった2ヶ月なのに、いきなりWBAから"休養王者"と通達されて。
12月7日に勝った選手と戦うって馬鹿にしている。まともにリングで
戦っている人間がこんな思いをして良いのか?これからボクシングを
やろうとする人間がいなくなってしまう」と悔しさを滲ませた。

そして大阪で12月7日、WBA世界スー パーフライ級タイトルマッチが
決定している亀田ジムに対し清水は「僕は亀田兄弟とリングで関わりたくない。
彼等は"別次元"で生きている人間。彼等の戦いには"怒り"と"憎悪"しかない。
崇高なボクシングというスポーツではない!亀田からは"負"のオーラしかない。
あの世界に足を踏み入れたくない。亀田は亀田でやって欲しい。
リスペクトを感じられない」と涙を浮かべ、亀田大毅が勝利した時には
"対戦拒否"を宣言。そして清水は「亀田に"逃げた"と言われても構わない。
スーパーフライ級で大毅選手と戦ったら僕が不利かも知れない。
だけど彼等のやっていることは崇高なスポーツであるボクシングじゃない(涙)。
一切、僕は交わりたくない。勝手にやってくれ!17歳から命を懸けてきた
ボクシングを亀田は"冒涜"している。ボクシングを馬鹿にしている!
僕ですらこのままではボクシングが嫌いになる (涙)。不毛な戦いは
したくない。亀田とは一切、関わりません!どこか別の世界でやってくれ!」
と胸の中に渦巻く"想い"を語った。

記者から"今、ボクシングをどう思いますか?"と尋ねられ清水は
「ボクシングは素晴らしいと思っていた。世界王者は凄いと思っていた。
このままではボクシングが"嫌い"になりそう…」と目の前に置かれた
WBA世界スーパーフライ級のベルトに視線を落とした。

最後に金子会長は、清水が"休養王者"となることを亀田プロモーションの
五十嵐氏から「これはWBAの言葉です。清水選手は休養王者となります。
12月7日はタイトルマッチをやらせて頂きます」と11日に電話で伝えられた
ことを明かし、「今日の清水の言葉はジムから"どう言え、こう言え"と
調整して話したことではない。これから清水と意見を刷り合わせていく。
でも世間は誰が真の王者か分かっているし、認めているでしょう」と語り、
会見を締めくくった。

(引用ここまで)


現役の世界チャンピオンが、ここまで悲痛な訴えをすることは異例。

一方、JBCや協会は、清水の休養扱いを容認する構え。
http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/box/news/20111114-OHT1T00218.htm
こんなことが許されるなら、日本のプロボクシングは終わりだ。
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井岡、大晦日に防衛戦

2011年11月08日 | 国内試合(世界タイトル)
井岡一翔「KOしか考えない」大みそかV2防衛戦
デイリースポーツ 11月8日(火)14時17分配信

ボクシングのWBC世界ミニマム級王者・井岡一翔(井岡)が8日、大阪市内で会見し、
12月31日に大阪府立体育会館で2度目の防衛戦を行うことを発表した。

対戦相手は同級9位ヨードグン・トーチャルンチャイ(タイ)で、戦績8戦全勝(4KO)、21歳。
井岡は「大みそかの格闘技イベントで、自分がやらせてもらえるのはうれしい。もちろんKOしか
考えていない」と意気込みを語った。

(引用ここまで)


22歳、8戦8勝5KOの井岡と、年齢も戦績もほぼ同じの相手。フレッシュな対決になりそうだ。
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WBC世界Sウェルター級王座決定戦 マニー・パッキャオvsアントニ・マルガリート

2010年11月13日 | 海外試合(世界タイトル)
フィリピンの英雄パッキャオが、タフなマルガリートを
圧倒的な判定に下して、ついにオスカー・デラ・ホーヤに並ぶ
過去最多記録の、6階級制覇(フライ、スーパー・バンタム、
スーパー・フェザー、ライト、ウェルター、そして今回の
スーパー・ウェルター)を達成した。

ボクシングファンなら誰もが知っている通り、6階級と言っても
パッキャオはフェザー級、スーパー・ライト級でも
チャンピオンと呼んでも全く差し支えないほどの実績を残しているので、
実質的には8階級制覇。改めて、とんでもない選手だなあと思う。

パッキャオは超人だから、彼を基準に「他のボクサーはしょぼいなあ」等と
思わないで頂きたい。 他のボクサーが駄目なのではなく、彼が凄すぎるだけ。

超一流ボクサーと言われたマルコ・アントニオ・バレラや
エリック・モラレスを倒した頃のパッキャオには感動を覚えたが、
「馬鹿げた体格差」「正気の沙汰ではない」とマッチメイクが非難された
オスカー・デラ・ホーヤ戦以降は、自分の中ではもはや「理解不能な人」に
なっていて、 試合のたびに「奇跡」を見せる最近の彼には、
ただただ呆然とするのみだ。

現在のパッキャオは、ボクシングファンが想像すら出来なかった
領域にまで来ていて、 まさに神がかり的。僕のような凡人が、
彼の強さを分析するのは無理があるが、彼自身の才能と努力、
相性の良いトレーナーに出会った幸運に加え、試合の国内視聴率が
90%を超えることもあるというフィリピン同胞の熱狂的な応援も
支えになっているはず。

スポーツを語るのにスピリチュアルな要素を絡めるのは
好きではないが、彼らの応援には本当に 切実な熱がこもっていて、
パッキャオがこの力に後押しされているのは間違いないだろう。
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WBC世界Sバンタム級TM 西岡利晃vsレンドール・ムンロー

2010年10月24日 | 国内試合(世界タイトル)
西岡が、難敵と目されていたムンローに完璧な判定勝ちを収めて
5度目の防衛に成功した。

スーパー・バンタム級に上げてからの西岡は、あまり派手に足を使わず、
最低限の動きで相手のパンチを避けるようになった。
キャリアを積んだことにより「見切り」が良くなり、無駄な動きが減ったのだ。
そんな西岡が、今回は足を忙しく動かしていた。
それだけムンローを警戒していたのだろう。

旺盛な突進力を誇るムンローを、フットワークと強いパンチで止めることに成功。
圧倒的大差を付けられてなお、前に出ることができなかったムンロー。
とにかく西岡が上手すぎて、出たくても出れなかった、という感じだ。

それでも、ムンローは最後まで気持ちが折れなかった。
一撃で試合を終わらせることも少なくない西岡のパンチを何発も食らいながら、
ぐっと我慢して攻め返す。評判通り、心身ともにタフな挑戦者だった。

判定は大差、技術でも圧倒したが、西岡にとっても
かなり疲れる試合だったのではないだろうか。

それにしても・・・バンタム級時代は4度に渡って世界の壁に跳ね返され、
アキレス腱を断裂し、 ガラガラの会場で格下相手に打ちつ打たれつの
乱戦を繰り広げ、「まだやるのか」「西岡は終わった」とまで言われた男が、
今や押しも押されぬ日本のエースとして、幾多の強豪を撃退しているという
事実には感慨深いものがある。

バンタム級時代と変わったもの・・・それは、体力と精神力。
線が細く、接近戦を避けがちだった西岡が、自ら接近戦を仕掛けるようになった。
階級を上げて体力がアップしたのと、「いざとなれば打ち合いも辞さない」
という覚悟が強まったのだと思う。

西岡は34歳。ピークを維持できる時間はさほど長くないと思うが、
この年齢で「最高傑作」とまで称えられる内容の試合を見せられたことは、
多くの30代のボクサーに希望を与えたのではないだろうか。

王者は王者らしく戦い、挑戦者は挑戦者らしく戦った。
本当に素晴らしい、そして後味の爽やかな試合だった。
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