■(第33話)デリシャスパーティ♡プリキュア「清く正しく!あまねとハロウィンパーティ」感想
(「デリシャスパーティ♡プリキュア」第33話より)
ハロウィン回。コスプレ回。らんらんのパンダは色気の欠片もないなと予告編でがっかりしていましたが、スペシャルに魔女っ子やらのイメージ回想で補足されていた。公式様、分かっていらっしゃる。
さてジェントルーこと生徒会長さんは以前の黒歴史で悩んでおられた。
パフェをドカ食いしたりしても心は晴れない。むしゃむしゃむしゃむしゃー!
挙句にはレシピッピにも当たり散らす有様です。
お悩みの理由はちょっと意外。ジェントルーとして迷惑をかけたことを悔やむのではなく、そのようなことをさせたブンドル団に憎悪を抱いていたようです。
言われてみれば、その感情が自然な気はする。よくも私にあんなひどいことをさせて…!
ただこの感情はナルシストルーの食への恨みと同じ。
彼曰く、多くの食材が体に合わず(アレルギー?)、食の好みも偏っていて、猫舌で温かい物もダメ。これはきつい。この条件下で食が好きだったら狂気すら感じます。
とはいえそれを他者にぶつけるとなると話が変わってくる。
歴代の寝返りキュアと比較すると、セイレーンの悲しみやトワ様の絶望は、幸福や夢とセットのものだった。
会長やナルシストルーのそれは、ないならない方がいい。それでも現にある。
映画の「悪の科学者」たちと同じです。残念ながら「悪」はある。社会的にもそうだし、自分の中にも善と悪はある。
それを全否定するのではなく認める。でも表には出さない。
実際「恨むな」は無理で、ナルシストルーが浄化されて食べるの大好きになるのもなんか違うものな。後日談でお気に入りでも見つけてニコニコと頬張ってるかもしれませんが。
同様の理屈で、会長さんの謝罪行脚も違うのかもしれない。
街の人たちは純然たる被害者ですから贖罪意識は持つとしても、そちらを前面に出すと「悪しきものも現にあり、恨む気持ちは仕方がない」の色が薄れてしまいそう。
イメージとしてはアラモードの「美味しいスイーツにも苦みがある」「世界には負の要素もある」が近いのかも。
無理に比較するなら、アラモードの場合は未来にそれが起きる(食材として苦みを使う)側面が強かったように思いますが、デパプリは過去にそれが起きた感じか。既に体の一部になっている。昨日のご飯が今日の自分を作ったように、過去の悪やデメリットもまた今の自分を形作っているのだから、否定せずに存在を認めよう、といった感じで。
(「デリシャスパーティ♡プリキュア」第33話より)
ハロウィン回。コスプレ回。らんらんのパンダは色気の欠片もないなと予告編でがっかりしていましたが、スペシャルに魔女っ子やらのイメージ回想で補足されていた。公式様、分かっていらっしゃる。
さてジェントルーこと生徒会長さんは以前の黒歴史で悩んでおられた。
パフェをドカ食いしたりしても心は晴れない。むしゃむしゃむしゃむしゃー!
挙句にはレシピッピにも当たり散らす有様です。
お悩みの理由はちょっと意外。ジェントルーとして迷惑をかけたことを悔やむのではなく、そのようなことをさせたブンドル団に憎悪を抱いていたようです。
言われてみれば、その感情が自然な気はする。よくも私にあんなひどいことをさせて…!
ただこの感情はナルシストルーの食への恨みと同じ。
彼曰く、多くの食材が体に合わず(アレルギー?)、食の好みも偏っていて、猫舌で温かい物もダメ。これはきつい。この条件下で食が好きだったら狂気すら感じます。
とはいえそれを他者にぶつけるとなると話が変わってくる。
歴代の寝返りキュアと比較すると、セイレーンの悲しみやトワ様の絶望は、幸福や夢とセットのものだった。
会長やナルシストルーのそれは、ないならない方がいい。それでも現にある。
映画の「悪の科学者」たちと同じです。残念ながら「悪」はある。社会的にもそうだし、自分の中にも善と悪はある。
それを全否定するのではなく認める。でも表には出さない。
実際「恨むな」は無理で、ナルシストルーが浄化されて食べるの大好きになるのもなんか違うものな。後日談でお気に入りでも見つけてニコニコと頬張ってるかもしれませんが。
同様の理屈で、会長さんの謝罪行脚も違うのかもしれない。
街の人たちは純然たる被害者ですから贖罪意識は持つとしても、そちらを前面に出すと「悪しきものも現にあり、恨む気持ちは仕方がない」の色が薄れてしまいそう。
イメージとしてはアラモードの「美味しいスイーツにも苦みがある」「世界には負の要素もある」が近いのかも。
無理に比較するなら、アラモードの場合は未来にそれが起きる(食材として苦みを使う)側面が強かったように思いますが、デパプリは過去にそれが起きた感じか。既に体の一部になっている。昨日のご飯が今日の自分を作ったように、過去の悪やデメリットもまた今の自分を形作っているのだから、否定せずに存在を認めよう、といった感じで。