幹細胞研究はとてもホットな領域であり,世界的規模で研究が進められている.とくにアメリカ,カルフォルニア州の状況は興味深い.というのは2001年,ブッシュ大統領はES細胞研究規制を作ったものの,カルフォルニア州ではproposition 71 (Stem-Cell Research)という法案が州民投票で可決されたためである.つまり,ブッシュ大統領が再選されてES細胞研究へのグラント規制が全米で続くなか,カリフォルニア州では事実上グラント制限がなくなり研究者はその研究を邁進できるのである.国全体での規制を州単位でとっぱらえてしまうアメリカの仕組みは何とも不思議であるが,いずれにしてもカルフォルニアはアメリカ・世界中から幹細胞研究者が集まり,この研究の拠点になっていくものと思われる.またカルフォルニア州は巨額の研究費をどう捻出してくるのか不思議だが,州は研究が臨床応用され医療費が抑制されれば,元手は十分回収できるものと考えているようだ.
さて,神経幹細胞の話である.ニューロンやグリアは,もともと神経管の内側の脳室帯に存在する未分化な神経幹細胞が増殖・分化することにより産生される.このようなニューロン新生(neurogenesis)は胎生期に爆発的に生じるが,生後脳においても側脳室前方上衣下層(SVZ)や海馬歯状回顆粒細胞下層(SGZ)などの特定の部位で生じている.近年,脳虚血後にこの内在性神経幹細胞が活性化され,神経細胞新生が亢進することが明らかになり,将来,脳梗塞の治療としての応用が期待されている.具体的な方法としては,①内在する神経幹細胞を,神経栄養因子などを用いて活性化させるか,もしくは②外来性に神経幹細胞を移植する方法があるだろう.
今回,動物モデルではあるが,脳虚血後の神経幹細胞の増殖が急性期に一過性に起こるものではなく,かなり長期的に(4ヶ月間!)持続しているという研究が報告された.モデルはナイロン糸でラットの一側の総頚動脈を閉塞するsuture model(再灌流モデル).方法としては免疫染色でdoublecortin陽性細胞(doublecortinはimmature neuroblastのマーカー)数を計測し,さらにその中でブロモデオキシウリジン(BrdU)取り込み細胞(BrdUはチミジンのアナログでDNAに組み込まれる.つまり陽性細胞は生細胞)の割合を調べている.結果としては,doublecortin陽性細胞は虚血側でのみ著明に増加し,虚血後16週を経過しても細胞数は高値のまま持続した.細胞の部位はSVZの近傍が6割程度を占めていて,経時的にあまり変化はしない(時間がたつにつれSVZから虚血巣の線条体に遊走するわけではない).当初はBrdU陽性細胞が多いが,時間がたつとその割合が減少する.すなわち,分化したか,死んだかということが考えられるが,実際にNeuN(mature neuronのマーカー)陽性細胞への分化と,caspaseを介したdoublecortin陽性細胞の死が確認された(具体的にはcaspase 3 の基質であるPARPの切断断片を認識する抗体を用いた免疫染色と,caspase inhibitorの脳室投与によるBrdU陽性細胞の増加を確認している).さらにこれらの細胞の遊走にはstroma cell-derived factor1a(SDF1a)とその受容体であるCXCR4が重要であることを,抗SDF1a抗体を用いた免疫染色と,inhibitorを用いた実験から示している(具体的には総頚動脈閉塞時間を延ばすと免疫染色でのSDF1a発現が増加し,inhibitorによる遊走能抑制を示している).ラットでは脳梗塞を作った場合,しばらくたって症状がかなり回復することが知られているが,その機序として神経幹細胞による自己修復が関わっているのではないかと推測している.
なかなか興味深い報告であり,もしヒトにおいても脳虚血後の神経幹細胞の増殖が一過性のものでなく,長期的に持続しているのであれば,そのアポトーシスを防ぎ,分化と虚血巣への遊走を促進させる(例えばCXCR4 activator)ことができれば治療につながるのかもしれない.
でも個人的な意見を言わせてもらえば,その道のりはそうは甘くはないように思う.例えば麻痺を改善させるために運動神経を修復するには,単に神経細胞へ分化させるだけではダメで,long tract(上位運動ニューロン)を正しくつなぐ必要があるし,neurotransmitterもきちんと放出しなくてはならない.生存のためにはグリアとの相互作用が正しく構築される必要もあるかもしれない.内在性神経幹細胞では不十分で,外来性に神経幹細胞を移植するとしても,今度は脳梗塞患者に免疫抑制剤を使うことになるし(感染症のリスクの問題),腫瘍化の不安も完全にないとは言い切れない(ES細胞を使うならなおさらである).素人考えだが,幹細胞の可能性を語るのは良いとして,移植したあとどうなるのか?もしくはどうするのか?という検討がもう少し必要なのではないであろうか?
実は,ピッツバーグ大とスタンフォード大脳外科の共同研究で,ヒト脳梗塞患者に外来性に神経幹細胞を移植しrandomized, observer-blinded trialで評価した研究が最近,報告されている(患者数は計18 名).そしてprimary outcome measureでその効果を判定すると有意な運動機能の改善は見られなかった(J Neurosurg 103:38-45, 2005).詳しくはまたの機会にするが,学問的にこの領域は面白いのはたしかだが,臨床応用できるかどうかをシビアに見極める必要がある.研究者は自分の研究が臨床にtranslationできるものであるのか,しっかり考える必要がある.個人的にはこの研究に大金を注ぎこんで大丈夫なのか,少しカルフォルニア州の財政の行く末を心配している.
Stem cell express, published on line Oct. 6
さて,神経幹細胞の話である.ニューロンやグリアは,もともと神経管の内側の脳室帯に存在する未分化な神経幹細胞が増殖・分化することにより産生される.このようなニューロン新生(neurogenesis)は胎生期に爆発的に生じるが,生後脳においても側脳室前方上衣下層(SVZ)や海馬歯状回顆粒細胞下層(SGZ)などの特定の部位で生じている.近年,脳虚血後にこの内在性神経幹細胞が活性化され,神経細胞新生が亢進することが明らかになり,将来,脳梗塞の治療としての応用が期待されている.具体的な方法としては,①内在する神経幹細胞を,神経栄養因子などを用いて活性化させるか,もしくは②外来性に神経幹細胞を移植する方法があるだろう.
今回,動物モデルではあるが,脳虚血後の神経幹細胞の増殖が急性期に一過性に起こるものではなく,かなり長期的に(4ヶ月間!)持続しているという研究が報告された.モデルはナイロン糸でラットの一側の総頚動脈を閉塞するsuture model(再灌流モデル).方法としては免疫染色でdoublecortin陽性細胞(doublecortinはimmature neuroblastのマーカー)数を計測し,さらにその中でブロモデオキシウリジン(BrdU)取り込み細胞(BrdUはチミジンのアナログでDNAに組み込まれる.つまり陽性細胞は生細胞)の割合を調べている.結果としては,doublecortin陽性細胞は虚血側でのみ著明に増加し,虚血後16週を経過しても細胞数は高値のまま持続した.細胞の部位はSVZの近傍が6割程度を占めていて,経時的にあまり変化はしない(時間がたつにつれSVZから虚血巣の線条体に遊走するわけではない).当初はBrdU陽性細胞が多いが,時間がたつとその割合が減少する.すなわち,分化したか,死んだかということが考えられるが,実際にNeuN(mature neuronのマーカー)陽性細胞への分化と,caspaseを介したdoublecortin陽性細胞の死が確認された(具体的にはcaspase 3 の基質であるPARPの切断断片を認識する抗体を用いた免疫染色と,caspase inhibitorの脳室投与によるBrdU陽性細胞の増加を確認している).さらにこれらの細胞の遊走にはstroma cell-derived factor1a(SDF1a)とその受容体であるCXCR4が重要であることを,抗SDF1a抗体を用いた免疫染色と,inhibitorを用いた実験から示している(具体的には総頚動脈閉塞時間を延ばすと免疫染色でのSDF1a発現が増加し,inhibitorによる遊走能抑制を示している).ラットでは脳梗塞を作った場合,しばらくたって症状がかなり回復することが知られているが,その機序として神経幹細胞による自己修復が関わっているのではないかと推測している.
なかなか興味深い報告であり,もしヒトにおいても脳虚血後の神経幹細胞の増殖が一過性のものでなく,長期的に持続しているのであれば,そのアポトーシスを防ぎ,分化と虚血巣への遊走を促進させる(例えばCXCR4 activator)ことができれば治療につながるのかもしれない.
でも個人的な意見を言わせてもらえば,その道のりはそうは甘くはないように思う.例えば麻痺を改善させるために運動神経を修復するには,単に神経細胞へ分化させるだけではダメで,long tract(上位運動ニューロン)を正しくつなぐ必要があるし,neurotransmitterもきちんと放出しなくてはならない.生存のためにはグリアとの相互作用が正しく構築される必要もあるかもしれない.内在性神経幹細胞では不十分で,外来性に神経幹細胞を移植するとしても,今度は脳梗塞患者に免疫抑制剤を使うことになるし(感染症のリスクの問題),腫瘍化の不安も完全にないとは言い切れない(ES細胞を使うならなおさらである).素人考えだが,幹細胞の可能性を語るのは良いとして,移植したあとどうなるのか?もしくはどうするのか?という検討がもう少し必要なのではないであろうか?
実は,ピッツバーグ大とスタンフォード大脳外科の共同研究で,ヒト脳梗塞患者に外来性に神経幹細胞を移植しrandomized, observer-blinded trialで評価した研究が最近,報告されている(患者数は計18 名).そしてprimary outcome measureでその効果を判定すると有意な運動機能の改善は見られなかった(J Neurosurg 103:38-45, 2005).詳しくはまたの機会にするが,学問的にこの領域は面白いのはたしかだが,臨床応用できるかどうかをシビアに見極める必要がある.研究者は自分の研究が臨床にtranslationできるものであるのか,しっかり考える必要がある.個人的にはこの研究に大金を注ぎこんで大丈夫なのか,少しカルフォルニア州の財政の行く末を心配している.
Stem cell express, published on line Oct. 6
先生のブログをよんで、これが幹細胞マニア以外のバイオ研究者、医者の平均的なご意見なのかなあ、とあらためて考えさせられました。普段、マニアとばかりつきあっているので、"常識"からずれてしまいがちなのは反省すべき点かなと。それをふまえた上でのコメントです。
まず、細胞補充療法全般について。くすりで病気を治せるなら、リスクが多い細胞移植の出る幕はありません。移植された細胞が、ある特定の因子を分泌することによって治療効果を発揮するなら、それを精製して投与すれば良いはずです。しかしそう簡単にはことは運びません。
例えば、脊髄損傷。神経軸索再生を阻害するglial scarを分解する酵素を投与したり、再生を促す薬剤(エリルなど)を投与してもなかなか良好な治療効果は得られません。それは、損傷部にrandomな軸索伸長が生じ、正確な投射が得られないからだと理解されています。これに対し細胞補充療法では、cell sourceに依存して多少の差異がありますが、何らかの機序で(この辺が批判を浴びやすいところですが)、移植された細胞が病変に遊走し、正常な再生軸索投射をガイドすることが報告されています。
"何らかの機序"が何であるか。この点でもっとも注目を浴びているのが、先生も指摘されたchemokine; SDF-1/CXCR4系です。これらは、昨年秋にKelly S & Bliss Tのスタンフォード大グループがPNASに報告したのをかわきりに、複数の報告がなされています。(はずかしながら、私も約1年間これに取り組み、論文がsubmit間近です。) ただし肝心のDr. Blissが、先日のWashington DCにおける学会で、脳梗塞モデルに移植した神経前駆細胞の遊走、増殖、分化にSDF-1/CXCR4系が関与する割合は少ないとの報告をしており、この点に関する今後の研究の進展が注目されています。
さて、非科学的な話をしましょう。先生は"個人的にはこの研究に大金を注ぎこんで大丈夫なのか,少しカルフォルニア州の財政の行く末を心配している"とおっしゃっていました。しかしわたしは、この野心的な冒険こそが非常にカリフォルニア的だなと感じます。
私が思うに、今回の試み(Proposition 71)は、Stem cell valleyの創造を志向したものではないでしょうか。もちろん、これは20年前のSilicon valleyの創成期をなぞったものです。現在ではカリフォルニアの基幹産業であるITですが、ベンチャー企業を育てる経済環境、風土があってこそ、いまの隆盛があるのだと思います。つぎのターゲットとしてバイオベンチャーが選ばれたのは、歴史の必然かもしれません。もしStem cell ventureが徒花としておわっても、アポロ計画のように周辺技術の発達、産業化が期待されますし、このように、数十年規模でみなければ、今回のbetは評価しきれないと思います。
これらのことは、stem cell researchのHead Quarterとしてサンフランシスコが選ばれたことこそが、示唆していると思います。(ロサンジェルスやサンディエゴではなく。) 一般の有権者は、そこまで意識せずにProp. 71に投票したかもしれませんが、Prof. Weissmanは狙っていたとおもいます。
では、また。
カルフォルニア州については,巨額の財政赤字を抱えているのでちょっと心配になりそんなことを書きましたが,確かにカルフォルニア州はアメリカの中でももっとも自由な発想ができる場所のひとつなのでしょうね.米アップル社のスティーブ・ジョブズCEOの伝記,iCon Steve Jobs: The Greatest Second Act in the History of Businessなんかを読んでみるとそんな印象を強く持ちます.
さて幹細胞についても先生のご指摘の通りなのだと思います.私もTonya Bliss の論文のことは知っていて,dMCA modelで作った皮質の梗塞巣にneuronal stem cellが遊走するFigureはとても印象に残りました.最近は鉄粒子で標識した細胞を移植し,MRIでtracingする手法を用いて,さらに細胞の遊走を解析しているようで興味深いです.でもやっぱり,遊走はあくまでも遊走でしかないように思います.移植された細胞がどんな挙動を取るのか,具体的には正しいsynaptogenesisが起こるのか,液性因子(?)を分泌するという効果にとどまるのか,rodentでのデータをそのままhumanに持ち込めるのか,など知りたいところです.その辺のところが明らかになってくれば,私のような「幹細胞医療慎重派」も,脳疾患における幹細胞医療の将来性を正しく判断できるのではないかと思います.またいろいろ教えてください.