今年の米国神経学会(AAN)は,San Diegoで開催された.個人的にこの学会は大好きで,夕方になり,会場で振舞われるワインを飲みながら,ポスターの内容をdiscussionするのは何とも楽しい.新しい知見や治療薬の話を聞くととってもワクワクする(同時に日本とのギャップを感じ,気分的に落ち込む学会でもある).今年の演題の内容はNeurology誌のsupplementで確認することができるので入手可能ならご覧いただきたいが,今回は個人的に注目した演題として,NMO-IgGの標的抗原が発見されたことを紹介したい.
NMO-IgGは多発性硬化症の亜型と考えられてきたNeuromyelitis optica(NMO;いわゆるDevic病),および本邦に多い視神経脊髄型MS(OS-MS)において高率に認められる自己抗体である(Lancet 364; 2106-2112, 2004;2004年12月17日の記事参照).NMO-IgG陽性例では,①classical MSは否定できること,② IFNのような免疫調節作用のある薬ではなく,免疫抑制剤(アザチオプリン,ステロイド)を治療に用いる必要があるという意味で,診断的にも治療的にも抗体測定の意義は大きい.ではNMO-IgGは,NMOの病態にどう関与しているのだろうか?もしNMO-IgGが認識する「標的抗原」が判明すれば,病態解明に向けての大きなヒントとなる.今回,Mayo clinicの神経免疫学教授Vanda Lennonは,AAN plenary sessionのなかで,NMO-IgGの「標的抗原」がアクアポリン4(AQP4)であることを講演した.
アクアポリンは水チャネルを構成する蛋白で,1988年,Peter Agreにより発見され,1992年に分子式が同定された(Agre は2003年ノーベル化学賞を受賞).最初のアクアポリンは赤血球膜で明らかにされたが,その後,遺伝子ファミリーを形成していることが明らかになり,現在,少なくとも13 の遺伝子とそのタンパクが知られ,全身に分布している.細胞間の水移動には欠かせない分子であるため,さまざまな病気と関係すると推測されているが,現在までに3つの疾患への関与が報告されていた(AQP2→腎性尿崩症,AQP0→先天性白内障,AQP5→シェーグレン症候群に伴うドライアイ).
中枢神経においてはAQP4が存在する.AQP4ノックアウトマウスでは脳虚血後の脳浮腫がおこりにくく,脳虚血後の脳浮腫にAQP4が関与している可能性が示唆されている.脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現をおさえることも報告されていて興味深い.
そのAQP4がNMO-IgGの標的抗原であったことは2つの意味でインパクトがある.ひとつは「水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患がある」というインパクトである.これまで水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告されておらず,今後,同様の疾患(autoimmune water channelopathy)が報告される可能性もあり興味深い.もうひとつのインパクトは,NMO-IgGの標的がミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったことである.AQP4は,アストロサイトのfoot process膜に豊富に存在し,BBBにおける水のやりとりに重要な役目を果たしている.すなわち,アストロサイトを主座とした免疫異常が,中枢神経脱髄性疾患を引き起こす可能性があるわけで,今後の研究に従来とは全く異なる視点が必要であることを示唆する.今回の発見は脱髄性疾患の病態機序の解明に大きく寄与する可能性があるように思われた.
58th AAN (San Diego 2006)
NMO-IgGは多発性硬化症の亜型と考えられてきたNeuromyelitis optica(NMO;いわゆるDevic病),および本邦に多い視神経脊髄型MS(OS-MS)において高率に認められる自己抗体である(Lancet 364; 2106-2112, 2004;2004年12月17日の記事参照).NMO-IgG陽性例では,①classical MSは否定できること,② IFNのような免疫調節作用のある薬ではなく,免疫抑制剤(アザチオプリン,ステロイド)を治療に用いる必要があるという意味で,診断的にも治療的にも抗体測定の意義は大きい.ではNMO-IgGは,NMOの病態にどう関与しているのだろうか?もしNMO-IgGが認識する「標的抗原」が判明すれば,病態解明に向けての大きなヒントとなる.今回,Mayo clinicの神経免疫学教授Vanda Lennonは,AAN plenary sessionのなかで,NMO-IgGの「標的抗原」がアクアポリン4(AQP4)であることを講演した.
アクアポリンは水チャネルを構成する蛋白で,1988年,Peter Agreにより発見され,1992年に分子式が同定された(Agre は2003年ノーベル化学賞を受賞).最初のアクアポリンは赤血球膜で明らかにされたが,その後,遺伝子ファミリーを形成していることが明らかになり,現在,少なくとも13 の遺伝子とそのタンパクが知られ,全身に分布している.細胞間の水移動には欠かせない分子であるため,さまざまな病気と関係すると推測されているが,現在までに3つの疾患への関与が報告されていた(AQP2→腎性尿崩症,AQP0→先天性白内障,AQP5→シェーグレン症候群に伴うドライアイ).
中枢神経においてはAQP4が存在する.AQP4ノックアウトマウスでは脳虚血後の脳浮腫がおこりにくく,脳虚血後の脳浮腫にAQP4が関与している可能性が示唆されている.脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現をおさえることも報告されていて興味深い.
そのAQP4がNMO-IgGの標的抗原であったことは2つの意味でインパクトがある.ひとつは「水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患がある」というインパクトである.これまで水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告されておらず,今後,同様の疾患(autoimmune water channelopathy)が報告される可能性もあり興味深い.もうひとつのインパクトは,NMO-IgGの標的がミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったことである.AQP4は,アストロサイトのfoot process膜に豊富に存在し,BBBにおける水のやりとりに重要な役目を果たしている.すなわち,アストロサイトを主座とした免疫異常が,中枢神経脱髄性疾患を引き起こす可能性があるわけで,今後の研究に従来とは全く異なる視点が必要であることを示唆する.今回の発見は脱髄性疾患の病態機序の解明に大きく寄与する可能性があるように思われた.
58th AAN (San Diego 2006)
受容体研究だけでは原因追求まで達しないのではないかと思っていたのですが、異なる視点が現れたことで研究が進んでくれればと思います。