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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月22日)long COVID神経後遺症のメカニズム研究ラッシュ! 

2023年05月22日 | COVID-19
今回のキーワードは,SARS-CoV-2ウイルスは後根神経節のトランスクリプトームを変化させて持続的な痛みを引き起こす,neuro-PASCの機序として脳脊髄液における免疫異常と自律神経神経に伴う循環異常が関与する,neuro-PASCの発症には脳脊髄液中の抗SARS-CoV-2反応が低下し,脳からのウイルス排除が不完全で神経炎症が持続することが関与する,neuro-PASCの一因として持続的なペルオキシソーム機能不全が関与する,long COVIDはウイルス持続感染による慢性炎症・免疫異常・微小血栓により生じる,重度の肥満者ではCOVID-19ワクチンによる液性免疫の減退が加速される,です.

最近,横浜と群馬にて,neuro-PASC(long COVIDの神経後遺症)とそのメカニズムであるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染について講演する機会を頂戴しました.このウイルスは「神経向性」があるため,持続感染は脳の傷害,すなわち認知症や神経疾患の発症をもたらすことを説明しました.「驚いた.一般の人にも広く知らせるべきだ」「画像でわかる脳の変化を起こすとは怖い」「もうワクチンを打たないつもりだったけれど打ちます」「不安を煽るのも良くはないが,神経疾患リスクについて啓発し,極力,感染を防ぐべきだ」等の意見をいただきました.今回示すように脳の傷害メカニズムも分かってきています.今後,治療に関するエビデンスも出てくると思いますが,それまでは意識して自分の脳を守る必要があります.

◆SARS-CoV-2ウイルスは後根神経節のトランスクリプトームを変化させて持続的な痛みを引き起こす
SARS-CoV-2ウイルスは急性期後に全身の痛み,神経障害,筋肉痛等の感覚異常を来す.この機序を明らかにするために,ハムスターモデルを使用し,SARS-CoV-2ウイルスとインフルエンザAウイルス(IAV)感染が感覚神経系に及ぼす影響を比較した研究が米国から報告された.鼻腔からのウイルス感染後,24時間以内に,頸髄および胸髄と後根神経節(末梢からの感覚情報の中継点)で非感染性ウイルス転写物が検出された(図1).IAVでは感染中に感覚刺激に対する過敏反応を認めたが,感染が終息する頃には正常に戻った.これに対し,SARS-CoV-2ウイルス感染では時間経過とともに感覚過敏が高まった.感染1~4日後の胸髄後根神経節のRNAシークエンシング解析により,SARS-CoV-2感染群では主に神経シグナル伝達が障害されるのに対し,IAV感染群ではI型インターフェロンシグナル伝達が障害された.感染31日後には,SARS-CoV-2感染群の胸髄後根神経節に神経障害性のトランスクリプトームが出現し,これはSARS-CoV-2感染群に特異的な過敏反応の出現と一致した.以上よりSARS-CoV-2ウイルス感染は後根神経節内のトランスクリプトームの変化をもたらすことが明らかになった.またlong COVIDやME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)に伴う疼痛に対し,サイトカイン関連因子ILF3 (Interleukin Enhancer Binding Factor 3)を含む治療標的が示された.
Sci Signal. 2023 May 9;16(784):eade4984.



◆neuro-PASCの機序として脳脊髄液における免疫異常と自律神経神経に伴う循環異常が関与する
米国NIHからneuro-PASCの特徴を検討した研究が報告された.対象は12名(83%が女性,45±11歳)で,11/12名(92%)が軽症感染,急性期から9ヶ月後(3~12ヶ月)に評価を行った.最も多い症状は認知障害と疲労で,半数の患者に軽度認知障害を認めた(MoCAスコア<26).83%は,Karnofskyの一般全身状態スコア≦80であり,高度の障害を認めた.嗅覚障害は8名(66%)に認めた.頭部MRIは正常.脳脊髄液(CSF)では3例(25%)にオリゴクローナルバンドを認め,immunotypingでは健常対象と比較して, neuro-PASC患者はCD4+ T細胞(p < 0.0001)とCD8+ T細胞(p = 0.002)の両方でエフェクターメモリー表現型の頻度が低く,抗体分泌B細胞の頻度が高く(p = 0.009),免疫チェックポイント分子発現細胞の頻度が高かった.自律神経検査では,血漿カテコールアミンの過剰な反応を伴わず,健常対象と比較して,圧反射-心臓迷走神経ゲインの低下(p = 0.009)とティルトベッド検査中の末梢抵抗の増加(p < 0.0001)を認めた.以上より,neuro-PASCの機序として,CSF免疫異常と自律神経障害に伴う循環異常の関与が示唆された.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2023 May 5;10(4):e200097.

◆neuro-PASCの発症には脳脊髄液中の抗SARS-CoV-2反応が低下し,脳からのウイルス排除が不完全で神経炎症が持続することが関与する
neuro-PASC患者18名と発症しなかった94名の感染者の血清およびCSF中のSARS-CoV-2,およびその他の一般的コロナウイルス229E,HKU1,NL63,OC43に対する液性免疫を検討した米国からの前向きコホート研究が報告された.Neuro-PASC群の血清ではすべての抗体のアイソタイプ(IgG,IgM,IgA)とサブクラス(IgA1-2,IgG1-4)が検出されたが,CSFではIgG1に集中し,IgMが検出されなかった.このことはSARS-CoV-2に対する脳特異的な反応が,抗体クラス/サブクラスの多様性が期待される髄腔内合成ではなく,血液脳関門を介した血清から髄腔内への抗体の選択的移行によって生じることを示唆する.また感染後にneuro-PASCを発症した人は,SARS-CoV-2に対する抗体依存性補体沈着(ADCD),NK細胞活性(ADNKA)およびFcγ受容体結合能の減少といった全身性の抗体反応の減弱を示したが,驚くべきことに229E,HKU1,NL63,OC43などの他の一般的なコロナウイルスに対する抗体反応が有意に拡大されていた(図2).このようなコロナウイルスに対する偏った液性免疫活性化は,特に予後不良のneuro-PASC患者において顕著であり,関連ウイルスに対する既存の免疫応答が現在の感染に対する応答を形成するという「抗原原罪(従来株のウイルスに対して免疫が獲得された後に変異株のウイルスに感染した場合,従来株に対する免疫が変異株に対する新たな免疫の誘導を邪魔する現象のこと)」が,neuro-PASCの予後を決める重要なマーカーとなることが示唆された.以上より,neuro-PASCの発症には,CSF中の抗SARS-CoV-2反応が低下し,脳からのウイルス排除が不完全で神経炎症が持続することが関与することが示唆された.
Brain. 2023 May 10:awad155.



◆neuro-PASCの一因として持続的なペルオキシソーム機能不全が関与する
ペルオキシソーム傷害は,複数のウイルス感染で中枢神経に認められ,神経障害をもたらす.カナダからSARS-CoV-2感染時の宿主の神経免疫応答とペルオキシソーム生合成を検討した研究が報告された.対象はCOVID-19の12名およびその他の疾患コントロール12名とした.結果は,COVID-19群4名の中枢神経系にウイルスRNAが検出され,脳幹にウイルスタンパク質(NSP3およびスパイク)も検出された.COVID-19群の嗅球,脳幹,大脳では,疾患対照群と比較して,炎症性転写物(IL8,IL18,CXCL10,NOD2)およびサイトカイン(GM-CSF,IL-18)の誘導が見られた(p<0.05).ペルオキシソーム生合成因子の転写物(PEX3,PEX5L,PEX11β,PEX14)およびタンパク質(PEX3,PEX14,PMP70)は,疾患対照群と比較してCOVID-19群の中枢神経で抑制されていた(p<0.05).ハムスターのSARS-CoV-2ウイルス感染モデルの検討では,感染後4日目と7日目の嗅球でウイルスRNAが検出され,感染後14日目には大脳で炎症性遺伝子発現が上昇したが(p<0.05),Pex3転写レベル,カタラーゼおよびPMP70免疫活性が抑制された(p<0.05).以上より,COVID-19は,ヒトにおいて神経向性が脳幹に限られているにも関わらず,広範な部位にペルオキシソーム生合成因子の抑制を伴う持続的な神経炎症反応を引き起こした.以上の結果は,neuro-PASCの一因として持続的なペルオキシソーム機能不全が関与している可能性を示唆する(図3).
Ann Neurol. 15 May 2023 https://doi.org/10.1002/ana.26679



◆long COVIDはウイルス持続感染による慢性炎症・免疫異常・微小血栓により生じる
カナダからのSARS-CoV-2ウイルス持続感染に関する総説.鼻咽頭ぬぐい液や気管支肺胞洗浄液でPCR陰性になった後も,それら以外のさまざまな臓器や検体でウイルスタンパク質あるいはRNAが検出された報告をまとめている(図4).



またウイルスの体内滞留期間とlong COVID発症のリスクとの間に相関関係がある可能性を議論している.ウイルスが持続感染する患者における迅速なウイルス除去は重要であると推測し,ClinicalTrials.govに掲載されているlong COVIDに対するニルマテルビルとリトナビルを用いた臨床試験について紹介している.最後にlong COVIDの病態を示す図として,ウイルス持続感染が免疫系の調節異常を引き起こし,炎症性サイトカインの放出増加や血管内皮の損傷を介して,最終的に慢性炎症,血管障害,過凝固,微小血栓症,多臓器症状の発症に至るという病態生理モデルを示している(図5).
Lancet Resp Med. May 10, 2023



◆重度の肥満者ではCOVID-19ワクチンによる液性免疫の減退が加速される
COVID-19ワクチンによりCOVID-19の重症化リスクは低減するが,肥満者でも有効であるか,十分に明らかにされていない.スコットランドの360万人を対象に,肥満度(BMI)とCOVID-19による入院,死亡の関係を調査した研究が報告された.まず重度肥満(BMI > 40 kg/m2)を認めるワクチン接種者は,入院または死亡を経験する可能性が76%高かった(調整済み率比 1.76).さらに重度肥満28人と,正常BMI(18.5~24.9 kg/m2)の対照41人を比較した前向き縦断研究を実施した.2回目のワクチン接種から6カ月後,SARS-CoV-2ウイルスに対する中和抗体を測定できない人の頻度は,正常BMIでは12%であったのに対し,重度肥満で55%と多かった(P = 0.0003)(図6).また重度肥満ではウイルス中和能力が正常BMIの人よりも低かった.中和能力はブースター接種で回復したが,重症肥満者では再びより急速に低下した.以上より,COVID-19ワクチンによる液性免疫の減退は,重度肥満では加速することを示した.肥満はCOVID-19による重症化や死亡の危険因子であるため,肥満者のワクチン接種のスケジュールを考える必要がある.
Nat Med (2023).(doi.org/10.1038/s41591-023-02343-2)




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