Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月14日)  

2021年05月15日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ファイザーワクチンは新しい変異株にも有効,誤情報やデマによる「インフォデミック」をいかに防ぐか?COVID-19入院や死亡はどの程度であれば許容範囲と言えるのか?アストラゼネカワクチンは非接種より10万人あたり11人多く静脈血栓症を被る,入院患者における神経学的徴候・症候群の存在は死亡率の上昇と関連する,COVID-19頭痛の有病率とメカニズム,予後を予測する血中神経マーカー,COVID-19に伴う脳梗塞は炎症反応と血管内皮障害と関連する,COVID-19は多発性硬化症の増悪をもたらし,疾患修飾療法は増悪を抑制する,COVID-19感染パーキンソン病患者の死亡の危険因子です.

昨日の統計を見たところ,日本人COVID-19感染者はすでに累計66万人以上になっていました.大変な数字だと思うと同時に,これら既感染者へのワクチン接種をどうするか議論が必要だと思いました.4月17日にも記載しましたが,NEJM誌に「既感染者(成人)のワクチン接種は1回で十分である」ことが示されています.論理的に考えて,1回接種で良いというルールを導入すれば,最大66万回,すなわち33万人にワクチンを回すことができ,かつ既感染者も重篤な副反応を経験するリスクを減らすこともできます.自分なりにこの問題を議論の俎上に載るよう試みたのですが,力不足で上手くいきませんでした.この問題が議論されることを望みます.

◆フェイザーワクチンはイギリス,南ア,ブラジル変異株につづく新しい変異株にも有効.
SARS-CoV-2ウイルスは急速な進化を続けており,新たな亜種が発生している.米国ではカリフォルニア州(B.1.429系統)とニューヨーク州(B.1.526系統)で最初に検出された変異株が問題になっている.イギリスの変異株(B.1.1.7系統)は世界的に拡大したが,この変異株はさらにE484K置換も獲得している.これら最近出現した3つの変異体に対するファイザーワクチンによる中和効果を調べるため,各々の組換えウイルスを作成した.ワクチンを2回接種した15人から採取した20個のヒト血清サンプルを用いて,3つの新しい変異株に対する中和能を50%プラークリダクション中和試験により解析した.図1では,ワクチン2回接種の2週間後(●)または4週間後(▲)に採取した血清の結果を示すが,すべての血清は,オリジナルと3つの変異株を1:80以上の力価で中和できた.各ウイルスに対する幾何平均中和価は,それぞれ520, 394, 469, 597であった.以上のように,ファイザーワクチンは,既に報告されたようにイギリス,南ア,ブラジル変異株のみならず,新しい変異株にも有効である.パンデミックを終息させるための戦略として,現行のワクチンによる集団予防接種は極めて重要である.
New Engl J Med. May 12, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2106083)



◆誤情報やデマによる「インフォデミック」をいかに防ぐか?
世界はCOVID-19によるパンデミックのみならず,誤情報やデマによる「インフォデミック」にも直面している.インフォデミックはWHOが使い始めた用語で,「information」と「epidemic(流行)」を組み合わせた造語である.米国アネンバーグ公共政策センターが調査した結果,何百万人もの人々が「専門家は深刻さを誇張している」とか,「ワクチンは変異株に効かない」「ワクチンが病気を引き起こす」「接種者のDNAを変化させる」などのデマ情報にさらされているという(図2はAFP BBニュースより).これらの主張を信じてしまうとワクチン接種意欲が低下し,集団免疫の実現が困難になる.前述の公共政策センターは対応策として,「リアルタイムの監視」,「正確な診断」,「迅速な対応」が必要とNEJM誌に提言している.具体的には,誤解を招くような記事が出た場合,まず読者を含めた専門チームによって捕捉する.つぎに不正確な主張が定着する前に反論し,視聴者を誤解から守るための戦略を立てる(研究によると,すぐに反論されなかった誤情報は,長期的な記憶に刻まれる可能性がある).最後に「迅速な対応」,すなわち医療従事者などの専門家と協力し封じ込めを行う.このようにして,デマや誤情報が「スーパースプレッド」することを防ぐことが重要となっている.対象者はCOVID-19の存在自体を否定したり,ワクチン接種に断固反対したりする人ではなく,誤情報に影響されやすく,ワクチン接種を躊躇している人たちである.
New Engl J Med. May 12, 2021(doi.org/10.1056/NEJMp2103798)



◆COVID-19入院や死亡はどの程度であれば許容範囲と言えるのか?
標題の議論がNature誌のNEWS欄でなされた.これは文化的,倫理的,政治的な要因が影響するため,地域によって大きく異なる.しかし共通して重要なものとして,「集中治療室(ICU)を含む医療の収容能力」を挙げることができる.具体的にはCOVID-19患者のためにICUが満床で,待機手術の延期が強いられる状況は危機的と言える.イギリスはこの原則に従い,病院が対応できないほど患者数が増加していることが明らかになった時点で,全国規模のロックダウンを過去3回実施している.ICUが満床になると,医療の質が急速に低下し,死亡率が高まる.そうなる「前」にロックダウンを実施するのが賢明である.
Nature. May 6, 2021(doi.org/10.1038/d41586-021-01220-7)

◆アストラゼネカワクチンは非接種より10万人あたり11人多く静脈血栓症を被る.
デンマークおよびノルウェーにおいて,アストラゼネカワクチンの接種後28日間の心血管イベントおよび出血イベントの発生率が報告された.対象は18~65歳で,過去の一般集団を比較対象コホートとした.ワクチン接種者は,デンマークでは14万8792人,ノルウェーでは13万2472人がワクチン接種を受けた.まず動脈性イベント(心筋梗塞,脳梗塞等)の標準化罹患率は0.97と増加していなかった.一方,静脈血栓塞栓症は,過去の一般集団の発生率から予想される30件に対し,ワクチン接種群で59件が観察され,標準化罹患率は1.97(つまり約2倍に増加),ワクチン接種10万回あたり11件の過剰イベントに相当した.脳静脈血栓症の発生率は高く,標準化罹患率は20.25,予防接種10万回あたり2.5の過剰発生となった.血小板減少症/凝固障害の標準化罹患率は1.52,出血は1.23であった.以上より,ワクチン接種により静脈血栓塞栓症の発生率が上昇する.よってアストラゼネカワクチン接種は,静脈血栓塞栓症の絶対的リスクは小さいこと,ワクチンの感染予防効果は証明されていること,さらに各国の状況等を考慮して判断されることになる.
BMJ. May 5, 2021(doi.org/10.1136/bmj.n1114)

◆COVID-19入院患者における神経学的徴候・症候群の存在は死亡率の上昇と関連する.
13カ国28施設が参加した「COVID-19の神経症状に関するグローバルコンソーシアム研究(GCS-NeuroCOVID)」および「欧州神経学会Neuro-COVIDレジストリ(ENERGY)」という2大コホート研究の結果が報告された.コホート全体で3743人の入院患者のうち3083人(82%)が,何らかの神経症状を呈した.最も多かった自己申告の症状は,頭痛(37%),嗅覚障害または味覚障害(26%)であった.最も多く見られた神経学的徴候・症候群は,急性脳症(49%),昏睡(17%),脳卒中(6%)であり,髄膜炎・脳炎はまれであった(0.5%).神経学的徴候・症候群の存在は,研究地,年齢,性別,人種,民族を調整した後の院内死亡リスクの増加と関連していた(調整オッズ比,5.99).神経疾患の既往歴は,COVID-19による神経学的徴候・症候群の発現リスクの増加と関連していた(調整オッズ比, 2.23).
JAMA Netw Open. 2021;4(5):e2112131.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.12131)

◆COVID-19における頭痛の有病率とメカニズム(仮説).
COVID-19における頭痛は,身体や頭を動かすと悪化し,頭全体または片側に感じられ,一般的に圧迫感や締め付け感があると報告されている.インドネシアからCOVID-19における頭痛の有病率を明らかにし,さらに頭痛のメカニズムについて検討した論文が報告された.まず世界的な有病率を算出するために,適格と判断される78件の研究から10万4751名のCOVID-19患者を対象とした.この結果,累積有病率は25.2%(2万6464 /10万4751名)であった.COVID-19患者の頭痛は,非COVID-19患者(その他の呼吸器系ウイルス感染症)に比べて約2倍多く,オッズ比1.73(p=0.04)であった.またCOVID-19患者に頭痛が出現するメカニズムについては17件の研究が対象となった.決定的なものはないものの,いずれも三叉神経血管系の活性化を想定していた.具体的には4つの仮説があり,①ウイルスの直接作用,②サイトカインストームによる間接作用,③血管内皮障害による影響,④ガス交換障害による虚血である(図3).①はウイルスの直接侵入により,三叉神経系が活性化される可能性を指摘している.三叉神経節はアンギオテンシン作動性を有することが知られており,ウイルスによりレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系が妨げられ,CGRPレベルが上昇する可能性があると推測している.また嗅粘膜は三叉神経に支配されていることから,嗅粘膜感染は三叉神経損傷を引き起こす可能性もある.②はIL-1,IL-6,TNF-αなどの炎症性サイトカインが,CGRPを介して三叉神経血管系の活性化に関与する説である.③はウイルス受容体ACE2が血管拡張等に関連するため,感染により血管機能が障害され,血管周囲の三叉神経が影響を受けるという説である.④は低酸素・虚血がフリーラジカル産生を介して頭痛を招く説である.
F1000Res. 2020 Nov 12;9:1316. doi: 10.12688/f1000research.27334.2.



◆COVID-19の予後を予測する血中神経マーカー.
イタリアからの報告.COVID-19に感染した104名の患者から入院日に採血し,血中ニューロフィラメント軽鎖(NfL),グリア線維酸性タンパク質(GFAP),ユビキチンカルボキシ末端ヒドロラーゼL1(UCH-L1),総タウタンパク質レベルを測定し,臨床的予後との関連を評価した.結果は,NfL,GFAP,総タウは,致命的な転帰をたどる患者では有意に上昇し,NfLとUCH-L1はICU入室を要する患者で有意に増加していた(図4).また入院時の総タウ濃度は死亡率を正確に予測することが示された.以上より,血中神経マーカー測定は,現在の予後予測を改善する可能性がある.
J Neurol. 2021 May 10:1–7.(doi.org/10.1007/s00415-021-10595-6)



◆COVID-19に伴う脳梗塞は全身性炎症反応と血管内皮障害と関連する.
イタリアから,COVID-19に伴う脳梗塞における炎症,凝固性亢進,内皮活性化のマーカーを後方視的に検討した観察コホート研究が報告された.対象は21名で,年齢や血管危険因子をマッチさせた対照168名と比較を行った.まず脳卒中の発症と,CRP,フェリチン,Dダイマーといった急性期反応物質のピークとの間には,時間的な相関関係が認められた.またCOVID-19に伴う脳梗塞患者は,対照群と比較して,血管内皮活性化マーカーのレベルが上昇していた(vWF活性285.0%対150%,P=0.034;vWF抗原330.0%対152%,P=0.007;第VIII因子301%対49%,P<0.001).つまり感染により血管内皮が活性化し,vWFや第VIII因子が放出され,血小板の凝集と血栓形成が生じる.血栓は末梢で血管を閉塞し,脳梗塞を招く(図5).以上よりCOVID-19の脳梗塞では,全身性炎症反応や血管内皮障害との関連が示唆される.
Stroke. May 10, 2021(doi.org/10.1161/STROKEAHA.120.031971)



◆COVID-19はMSの増悪をもたらし,疾患修飾療法は増悪を抑制する.
感染症は多発性硬化症(MS)の増悪の引き金となる.しかしCOVID-19がMSの増悪に及ぼす影響は不明である.イギリスから,United Kingdom MS Registerの一部として実施されている前向きコホート研究が報告された.MSの増悪は「新たなMS症状の発現および/または既存のMS症状の悪化」と定義した.結果として,期間中,82名が新たなMS症状を発現し,207名が既存のMS症状の悪化を経験し,59名がその両方を報告した.疾患修飾療法(DMT)は,感染中に新たなMS症状を発症する可能性を低下させた(オッズ比 0.556).COVID-19前のweb-EDSSスコアが高いこと(オッズ比 1.251),ならびに罹病期間が長いこと(オッズ 1.042)は,感染により既存のMS症状が悪化する可能性を増加させた.以上より,COVID-19感染はMSの増悪と関連し,DMTは感染に伴うMS症状の出現を抑制させた.
Mult Scler Relat Disord. May 04, 2021(doi.org/10.1016/j.msard.2021.102939)

◆COVID-19感染パーキンソン病患者の死亡の危険因子.
米国からCOVID-19に感染したパーキンソン病(PD)患者の死亡リスクを高める危険因子を明らかにする後方視的研究が報告された.2020年3月からの3ヶ月間で,対象は入院したPD患者70名,うち53名がPCR陽性,17名が陰性であった.感染したPD患者は,感染していないPD患者に比べて死亡率が高かった(35.8%対5.9%;P = 0.028).70歳以上,進行期PD,(認知症の進行などによる)PD治療薬の減量,非ヒスパニック系の患者は,統計的に有意に高い死亡率を示した.また年齢を調整した場合,PDであることはCOVID-19感染による死亡率を増加させなかった。しかし,ある種の改善不可能な要因(病期の進行と70歳以上の年齢)と改善可能な要因(PD治療薬の減量)は,PD患者の死亡リスクを高めた.
Mov Disord Clin Pract. April 27 2021(doi.org/10.1002/mdc3.13231)

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