Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月8日) 

2021年05月08日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ファイザー・ワクチンは変異株に対しても有効,ファイザー・ワクチンは無症候性感染も抑制する,アデノウイルスベクター・ワクチン後の脳静脈洞血栓症の診断と治療の指針,ギラン・バレー症候群スペクトラムの有病率メタ解析,オクレリズマブ使用中の多発性硬化症患者の抗体反応は低い,PIMS-TS/MIS-Cの12%に神経症状が認められる,Long COVIDが生じる有力な仮説,SARS-CoV-2ウイルスが血管内皮機能を障害するメカニズムです.

悪いニュースと良いニュースがあります.悪いニュースはSARS-CoV-2ウイルスのRNAが逆転写されて,感染した細胞のゲノムに組み込まれ,患者組織で発現しうることが報告されたことです.感染力は失っているのに,PCRでウイルスが消失するまで34日もかかる現象(doi.org/10.1056/NEJMc2027040)は,今回の発見で説明できる可能性があります.また感染後の長く続く症状(long COVID)も,ウイルス配列が組み込まれた細胞が長く生き残って,ウイルス抗原を提示し,免疫を持続的に刺激することでもたらされる可能性も指摘されています.一方,良いニュースは,ファイザー・ワクチンが南アフリカ型,英国型変異株に対しても有効で,とくに重症化に対しては97.4%の有効性を示したこと,さらにこれまで不明であった無症状感染に対しても有効性が証明されたことです.この厄介極まりないウイルスに立ち向かうにはやはりワクチンしかないと思います.その有効性,安全性を広く伝えていく必要があります.

◆ファイザー・ワクチンは南アフリカ型,英国型変異株に対してもそれぞれ89.5%,75.0%有効.
アラブ首長国連邦の対岸,カタールからの報告.カタールはワクチンによる集団予防接種キャンペーンに取り組み,5月7日現在で,100人あたりの接種回数が世界で15位の59.0回(イスラエル115.7回,米国74.6回,インド11.5回,日本は3.0回の119位).
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-vaccine-status/
カタールで現在,流行しているのは変異株で,3月7日以降ほぼすべての患者は,B.1.351(南アフリカ変異株)またはB.1.1.7(英国型変異株)感染であった.本研究ではワクチンの効果を,テストネガティブケースコントロール研究デザインを用いて評価している.これはワクチン接種者と未接種者の間の医療機関への受診行動の違いから生じるバイアスをコントロールできる利点がある.結果であるが,2回目の接種から14日以上経過した時点(full-vaccinated)で,英国型に対するワクチンの有効率は89.5%,南アフリカ型は75.0%であった.重症,重篤,致死に対するワクチンの有効性は97.4%と非常に高かった.以上より,変異株が主体のカタールにおいても,ファイザー・ワクチンは感染,重症化に対して有効であった.→ このようなエビデンスを行政は広く国民に周知する必要がある.
New Engl J Med. May 5, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2104974)

◆ファイザー・ワクチンは無症候性感染も抑制する.
症候性SARS-CoV-2感染に対するファイザー・ワクチンの有効性が明らかにされてきたが,無症候性感染に対する効果は不明である.イスラエルの単一施設から,医療従事者におけるワクチンの症候性および無症候性感染への効果について報告された.主要アウトカムは,ワクチンを完全に接種した医療従事者(2回目のワクチン接種から7日以上経過;full-vaccinated)とワクチンを未接種の医療従事者の症候性および無症候性感染に対する回帰調整罹患率比(IRR)とした.結果として6710名の医療従事者が中央値で63日間の追跡調査を受け,88.7%が少なくとも1回の接種を受け,82.2%が2回の接種を受けた. 11.3%が未接種であった.症候性感染は,完全にワクチンを接種した8 名と,未接種の38 名に発生した(発生率は10万人日あたり4.7対149.8,調整 IRR,0.03).無症候性感染は,完全ワクチン接種で19 人,未接種で17 人に発生した(発生率は10万人日あたり11.3対67.0,調整 IRR,0.14).いずれも統計的に有意であった(図1).以上より2 回目の接種から 7 日以上経過した後では,症候性および無症候性,いずれの感染症の発生率が有意に低いことが分かった.→ COVID-19の厄介な問題,無症候感染者による感染もワクチンで防ぐことができることを周知する必要がある.あらためて集団免疫を達成できるかどうかが今後の日本にとって極めて重要であることが分かる.
JAMA. May 6, 2021. (doi.org/10.1001/jama.2021.7152)



◆アデノウイルスベクター・ワクチン後の脳静脈洞血栓症の診断と治療の指針.
ワクチン誘発性免疫性血小板減少症(VITT)を伴う脳静脈洞血栓症(CVST)は,ChAdOx1 nCoV-19ワクチン(アストラゼネカ)やAd26.COV2.Sワクチン(J&J,ヤンセン)といったアデノウイルスベクター・ワクチンの接種後に認める重大な合併症である.米国心臓/脳卒中学会から診断,治療指針が報告された.重要と思われるポイントを列挙する.
1)症候は多様で,診断は困難であるが, 4つの症候群に大別される.(1)頭痛または頭蓋内圧亢進症状,(2)局所神経症状,(3)亜急性脳症,(4)海綿静脈洞症候群/多発性頭蓋神経障害.
2)頭痛は鎮痛剤抵抗性で,仰向けやバルサルバ法を行うと悪化する.片頭痛や雷様頭痛のような症状を呈しうる.
3)局所神経障害は片麻痺,失語症,視覚障害などを呈するが,両側性の場合,とくに本症を疑う.
4)治療はヘパリン起因性血小板減少症(HIT)におけるエビデンスに基づき,PF4抗体を検査後,免疫グロブリン1g/kgを2日間静注する.ヘパリン製剤は投与してはいけない.抗凝固療法は,アルガトロバン,ビバリルジン,ダナパロイド,フォンダパリヌクス,経口直接抗凝固剤(DOAC)など,ヘパリンに代わる抗凝固剤を推奨する.二次的な頭蓋内出血があっても抗凝固療法を行う(出血を抑えるために血栓症の進行を防ぐ必要があるため).血小板輸血は避ける.
Stroke. Apr 29, 2021(doi.org/10.1161/STROKEAHA.121.035564)

◆ギラン・バレー症候群スペクトラムの有病率は感染者 10 万人あたり 15 人.
COVID-19におけるギラン・バレー症候群スペクトラム(GBSs)の有病率に関するメタ解析が報告された.18件の研究(コホート11件,症例集積研究7件)が評価された.COVID-19患者数は13万6746人であった.GBSs有病率は0.15‰であった.SARS-CoV-2感染者では,非感染の同世代または過去の対照者と比較して,脱髄型GBSsサブタイプのオッズが高かった(OR 3.27,I2=0%).院内死亡率を含む臨床転帰は同等であった.また感染者では,嗅覚または脳神経障害が,それぞれ41.4%(I2=46%),42.8%(I2=0%)に認められた.以上よりGBSs の有病率は,感染者 10 万人あたり 15 人と推定され,COVID-19はGBSsの可能性を高め,特に脱髄型と関連していることが示された.
Eur J Neurol. April 09, 2021(doi.org/10.1111/ene.14860)

◆オクレリズマブ使用中の多発性硬化症患者の抗体反応は低い.
オランダから多発性硬化症(MS)の大規模コホートにおけるSARS-CoV-2抗体の検査を行い,無症候性感染と免疫学的反応を評価することを目的とした前向きコホート研究が報告された.計1778名のMS患者に連絡を取り,546名の患者が対象となった(平均年齢46.9歳,女性71.1%).うち64名の患者(11.7%)にSARS-CoV-2抗体が検出された.35名はPCR陽性であった.PCR陽性となった患者のうち,4名(11%)は抗体が陰性であった.抗体陽性のうち9名(14%)の患者は無症状であった.抗体陽性の患者で最も多い症状は味覚・嗅覚障害(30/64名[47%])であった.死亡例はなかった.また405/546名(74.2%)が疾患修飾療法を受けていた.抗体陽性例は,注射薬(インターフェロンβおよびグラチラマー酢酸塩)を使用している患者では,他の治療を受けている患者よりも少なかった(3/69名 [4%]対44/336名 [13.1%],P = 0.04).オクレリズマブ(日本でも最近承認されたヒト化 抗CD20 モノクローナル抗体;間違いで未承認でした)使用中の患者の抗体反応の中央値は,他の患者に比べて低かった(0.2 nOD(normalized optical density) 対 2.5 nOD;P < 0.001;図2).以上より,B細胞を枯渇するオクレリズマブ治療を受けたMS患者では,抗体反応が低いことが示された.また無症候性患者の頻度14%は一般集団で報告されている17%と同程度であった.
JAMA Neurol. April 30, 2021(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.1364)



◆PIMS-TS/MIS-Cの12%に神経症状が認められ,全身性炎症マーカーが高値であった.
当初,小児では感染しても無症状~軽症と言われたものの,重症化する症例が少なからず報告されるようになった.川崎病との関連も指摘された.現在,これらの重症化例は欧州ではPaediatric inflammatory multisystem syndrome temporally associated with SARS-CoV-2(PIMS-TS),米国ではMultisystem inflammatory syndrome in children(MIS-C)と呼ばれている.英国から PIMS-TSの神経学的特徴を報告する症例集積研究が報告された.9/75名(12%)に神経症状が認められた.頭部画像異常(脳梁膨大部,両側海馬,脳梗塞,脳出血)を4名に認めた(図3).3ヵ月後の追跡調査では,1名が死亡,1名が片麻痺,3名が行動変化,4名が完全に回復した.全身の炎症および血栓促進性マーカーは,神経症状のある患者で高かった(CRP 267 vs 202 mg/L,p = 0.05,プロカルシトニン 30.65 vs 13.11 μg/L,p = 0.04,フィブリノゲン 7.04 vs 6.17 g/L,p = 0.07,D-ダイマー 19.68 vs 7.35 mg/L,p = 0.005).以上より,PIMS-TSの12%に神経症状を認め,3ヵ月後の評価で生存者の半数が完全に回復していた.神経症状のある患者,および完全に回復していない患者では全身性炎症マーカーが高値であった.
Neurol Clin Pract. April 13, 2021(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000999)



◆ウイルス配列の感染細胞への取り込み -Long COVIDが生じる有力な仮説-
米国からSARS-CoV-2ウイルスのRNAが逆転写されて感染細胞のゲノムに組み込まれ,ウイルス配列と細胞配列が融合したキメラ転写産物として発現することが報告された.具体的には可動遺伝因子の一種であるレトロトランスポゾンLINE1(Long Interspersed Nucleotide Element-1)を過剰発現した感染細胞のゲノムに,SARS-CoV-2のRNA配列が取り込まれていた.注目すべきは,このキメラ転写産物が患者由来の組織で検出されたことである.COVID-19では初感染から何週間も経っても,ウイルス複製の証拠がないにもかかわらず,患者が回復後もウイルスRNAを生成し続ける理由がこれで説明できるかもしれない.ただし検出されたものは,ウイルスゲノムの主に3′末端に由来するサブゲノム配列のみであるため,そこから感染性ウイルスが生成されることはない.しかしSARS-CoV-2の配列が組み込まれ発現した細胞が,長く生き残り,ウイルス抗原やネオ抗原を提示した場合,感染性ウイルスを産生することなく,免疫を継続的に刺激することになり,long COVIDを引き起こす可能性がある.
PNAS May 25, 2021 118 (21) e2105968118(doi.org/10.1073/pnas.2105968118)

◆SARS-CoV-2ウイルスはACE2発現低下とミトコンドリア機能障害により血管内皮機能を障害する.
SARS-CoV-2ウイルスは血管内皮に感染し,血管炎をきたすことが病理学的に示されているが,感染が血管にどのような影響をもたらすかは不明である.米国からスパイク(S)蛋白を発現する偽ウイルスをハムスターに気管内投与するモデルを使用した研究が報告された.まず病理学的に肺胞隔壁の肥厚や単核細胞の浸潤の増加など,肺の障害が見られた.免疫ブロットではウイルス受容体ACE2の発現は感染により低下し,ACE2発現レベルを決定するリン酸化AMPK(AMP-activated protein kinase)や,MDM2(murine double minute2)の発現量に変化を認めた(図4).血管内皮機能に重要な一酸化窒素の合成酵素eNOSの活性化も低下していた.これらの変化は培養ヒト肺動脈内皮細胞を用いたin vitro実験でも再現された.さらにミトコンドリアの評価では断片化が促進され,また機能障害のため解糖系が亢進していることも分かった.以上より,S蛋白は単独で,eNOS活性低下やミトコンドリア機能障害を介して血管内皮に損傷を与えることが示された.ACE2の発現低下はウイルスの感染力を低下させ保護的に働くように思われるが,著者らはむしろレニン・アンジオテンシン系の調節不全による内皮機能障害を悪化させ,内皮炎を引き起こす可能性を指摘している.またS蛋白に対するワクチンが血管内皮傷害を抑制する可能性についても指摘している.
Circ Res. 2021 Apr 30;128(9):1323-1326(doi.org/10.1161/CIRCRESAHA.121.318902)




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