この1ヶ月、自分のピアノに関して、自信喪失し、悶々とした時間を過ごしていました。友人との旅行や、お客様を招いての楽しい会食は、とても楽しい時間でしたが、ピアノに向うと、どんと落ち込んで暗くなっていました。
時々、自分の求めているものと、現実に自分が出来ていることとのギャップに悩まされ、自信がなくなります。なんとか、自分を叱咤激励して、前を向こうとしていますが、この1ヶ月半くらい、どんどん深みにはまっていました。
そんな時、私のピアノをいつも見守ってくれている友に、つい、弱音をぶちまけました。「もう、ピアノをする価値がない」とか、「私は下手過ぎる」だの、ほとんど子供の駄々っ子みたいにぐちってしまいました。
彼女は、しっかりぐちを聞いてくれ、その後で叱咤激励してくれました。
彼女の言葉には重みがあり、ピアノをやっている人ならではのアドヴァイスもあり、とても勇気をもらいました。
なんとも情けない私でしたが、これで、勇気をもらいまた明るい気持ちでピアノに向えそうです。
こんな気持ちの上がり下がりを年中しながら、模索し、悩み、でも結局は性懲りもなく、やはりピアノを愛し続けていく私です。その影には、あたたかい応援の言葉がいつもあるのです。
本当にありがたい事です。
時々、自分の求めているものと、現実に自分が出来ていることとのギャップに悩まされ、自信がなくなります。なんとか、自分を叱咤激励して、前を向こうとしていますが、この1ヶ月半くらい、どんどん深みにはまっていました。
そんな時、私のピアノをいつも見守ってくれている友に、つい、弱音をぶちまけました。「もう、ピアノをする価値がない」とか、「私は下手過ぎる」だの、ほとんど子供の駄々っ子みたいにぐちってしまいました。
彼女は、しっかりぐちを聞いてくれ、その後で叱咤激励してくれました。
彼女の言葉には重みがあり、ピアノをやっている人ならではのアドヴァイスもあり、とても勇気をもらいました。
なんとも情けない私でしたが、これで、勇気をもらいまた明るい気持ちでピアノに向えそうです。
こんな気持ちの上がり下がりを年中しながら、模索し、悩み、でも結局は性懲りもなく、やはりピアノを愛し続けていく私です。その影には、あたたかい応援の言葉がいつもあるのです。
本当にありがたい事です。