ピアノの音色 (愛野由美子のブログです)

クラシックピアノのレッスンと演奏活動を行っています。ちょっとした息抜きにどうぞお立ち寄り下さいませ。

今年も終わり

2011年12月31日 | Weblog
今日は、大みそか。

3月の東日本大震災は、何と言っても日本に大きな衝撃を与えました。それ以来、ずっと心の底でその事を忘れることのない一年でした。

私の教室では生徒たちがそれぞれに上達してくれて、教室全体としても、ぐんとまとまりが出てきて、今年はとても充実した一年でした。大人の生徒の弾き合い会は何回も行い、どんどん結束が固くなってきました。子供の生徒も、それぞれに目的意識を持って励んでいて、意欲的にコンクールに臨む生徒が増えてきました。今年は本当に教室そのものが大きく成長した年だなあと実感できる年でした。

私自身の演奏の方でも念願のピアノコンチェルトを二回も行う機会に恵まれるなど、とても充実した一年でした。どこの会場でも大勢のお客様から暖かいご声援をたくさん頂いて、とても幸せでした。聴きにいらして下さった皆さんに改めて心から感謝申し上げたいと思います。本当に有難うございました。

今年も相変わらずバタバタと忙しい年であったことは例年と変わりませんでした。そんな中、いくつもの貴重な出会いもありました。仕事を通じて、家族・知人を通じて、そしてネットを通じて!! いくつになっても新たな出会いがあるというのは嬉しいものですね。どんな出会いも何かのご縁。たくさんの出会いに感謝しています。

そしてやっぱり一番ありがたかったことは、家族みんな健康で毎日を無事に暮らせたこと。家族そろって普通に暮らす、ただそれだけのことが、いかに幸せなことか、ありがたいことか、今年はそのことを皆が再確認した年だったのではないでしょうか。 

読者の皆さま、今年も一年間お付き合いいただき、ありがとうございました。たくさんのコメントもいただいて嬉しかったです。励ましていただいたり、賛同していただいたり、知らなかったことを教えていただいたり。ネットを通じたこういうコミュニケーションというのはすごいものですね。来年もまた私なりにコツコツとブログ書き続けて行きたいと思います。

それでは皆様、お身体に気をつけて、良い年をお迎え下さい!

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間違い電話

2011年12月30日 | レッスンメモ
我が家の電話番号は、あるタクシー会社と似ている電話番号のようで、けっこう頻繁に間違い電話がかかってきます。

「○○タクシーさん?△ですけど、お願い」という声。「違いますが」と伝えると「すみません」と言ってくれる時もあれば「ガチャン」と切られる時もあります。ピアノの曲を通して弾いている時、後少しで完結って時にかかってきて、間違い電話とわかるとがっかりします。

間違い電話の大半は、お年寄りらしい声の持ち主。「○○タクシーさん?~~病院で待ってるから」なんてのもあります。ここで、「違いますが」と伝えられると問題ないのですが。時々「△△だけど、いつものところで待ってる。はよう(早く)、来てな」ガチャンと切られた時。その電話で、ずっと待ってもタクシーは、来ないんです。待ってるだろうな・・・と思いつつ、どうにもできないんです。

こちらが悪い訳ではないのですが、胸の中は、ざわつきます。寒い中待ってるのかしら?とか・・・。

間違い電話、気をつけて欲しいと思います。

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今日は、仕事納め

2011年12月29日 | レッスンメモ
今日は仕事納め。教室のレッスンは今日が今年の最後です。

年の暮れが押し迫って来て、大掃除やもろもろの家事がどうしてもおろそかになってしまう私ですが、その分、全精力をピアノとピアノの生徒のレッスンに向けているのです(キリッ!) 家族が理解を示してくれているので、ますますその気になって、ピアノだけやっています(いいのかなぁ)。

そのレッスンも今日が仕事納め。この生徒たちが、上達して立派になってくれることを願って、心を尽くして、耳も頭もつくして教えたいと思います。私には、生徒が成長したら私のプロデュースで生徒のコンサートを開きたい、という夢があります。今年もたくさんの生徒がついてきてくれました。私もそれに答えて、しっかり今年最後のレッスンをしたいと思います。

明日は、家族孝行。恒例の餅つき大会が我が家であります。たくさんのお客様を迎えて、夜まで楽しみます。あら!、その準備は今日しなければ・・・。レッスンが終わったら、仕込みです。では、慌ただしさを増してきたので、今日はこれまで。皆様、ごきげんよう。

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練習の質

2011年12月28日 | レッスンメモ
練習の質。これは、言葉にするのが難しいのですが、あえて、言葉にしてみることにします。

もう暗譜をしてしまったり、あるいは暗譜しなくても一通り楽譜を読み終わり、テンポも上がってきた頃、ぼうっとしたまま弾いてしまい、「あれ?もう次のページ・・・」なんてことは、ありませんか?

譜読み自体が複雑だったりすると、譜読みだけでもかなりエネルギーを使ってしまい、それでほっとするというか、気を抜く感じになります。

でも実は練習はここから。さて、どんな音にするか、その音を出すためのタッチの研究、曲の解釈に基づいての表現、単に部分的に指がうまくまわらないところの部分練習。フレーズひとつずつの歌い方、つなぎ方、作り方・・・・。キリがありません。

いっぺんに全方面のレベルアップをするということは、かなり難しいです。頭もパンクしそうになります。だから、少しずつ分けて、レベルアップに取り組みます。一つ一つ、良く聴いて項目ごと(音の問題、表現、テクニックなど)に自分でチェック体制を取ろうと試みることが大事だと思います。

自分が練習している時、そのチェック体制を崩さない事が練習の質を上げることになると思います。ぼうっと、100回弾くよりチェック機能を働かせながら練習をし続けることが大切です。それが、集中して練習しているということにつながると思っています。

自分の音を良く聴く。こうしたい、こうでなければなどの欲求や目標をたくさんの項目で持つこと。そして、それができているか、チェックする。それが出来てなければ、どうすればいいか考え、色々な練習法を試す。

これが、練習の質を上げることだと思います。際限の無い練習ですが、そうやって、コツコツと頭と耳を最大限使いながら(これが大事!)練習していくしかないと思っています。

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今年のコンクール

2011年12月26日 | レッスンメモ
昨日は私の生徒が出場する今年最後のコンクールの日でした。みんなそれぞれ一生懸命頑張ってくれて、先生として本当に嬉しい一日となりました。これは私がいつも言っていることですけれど、コンクールは結果よりも本番までのプロセスの方が大事。結果がどうなるかは天の神様次第! 今年最後のコンクールではみんなそれぞれにこれまでの努力が実を結んで、それをしっかり本番で出すことができました。それでピアノの神様もにっこり微笑んでくれたのだと思います。先生としてこんなに嬉しいことはありませんでした。

ここのところ、教室の生徒の中でコンクールに挑戦してみようという生徒の数が増えてきて、今年だけでも、それぞれのレベルに合わせて、ピアラ、ピティナ、県のコンクール、そしてショパンコンクール・イン・アジアなど、様々なコンクールに出場してもらいました。今年は、それぞれ思わぬ嬉しい賞を頂き実りのある年でした。でも、結果というよりは、コンクールという目標があると、練習に臨む姿勢が確実に変わってくるのだと実感しています。

これで、今年の分のコンクールはすべて終了。今年は、本当にみんな良く頑張ってくれました。そして、ご父兄の皆さまにもとてもご協力頂き、感謝しています。

レッスンでは「一生懸命教える」、「耳と頭を使って教える」ということをずっと強く意識してやってきていますが、やっとそれが実を結び始めましたと実感しています。生徒が頑張ってくれること、これによって私自身、どんなに勇気づけられることでしょう。これからも、生徒と共に、誠実に謙虚に音楽に向き合って行きたいと思っています。

 

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迫力のパフォーマンス

2011年12月24日 | レッスンメモ
先日、いつもの仲間たちに誘われて夫婦でクリスマス会に出かけてきました。歌やバンドで腕前を披露し、飲んで食べて楽しくわいわいやる会です。お楽しみ抽選会もあって、なんと私は大分県が誇る有名な水族館、「うみたまご」のペアご招待券が当たりました! 誰と行こうかな、楽しみです。

その楽しいクリスマス会の中で、今回、特に感動したのがマジックのパフォーマンスです。プロのマジシャンの方を呼んであって、目の前で色々とすごいワザを見せていただきました。中でもほんとに面白くて驚いたのが、中国の四川省の伝統芸能「川劇(せんげき)」の中の演目の一つで、日本では「変面」と呼ばれているパフォーマンスでした。

どういうのかというと、まず、独特のド派手な仮面と衣装に身を包んだ人が出てきて、ステージの上で軽快なリズムの音楽に合わせて、激しく踊り回ります。そしてドラの音と合わせて、目にも見えない早業で次々と仮面を変えて行くというものです。単純といえば単純なパフォーマンスなのですが、その派手さ、スピード、それに、これでもかこれでもかと繰り返される仮面の早変わりに圧倒されました。仮面自体のデザインも面白くて、ぐいぐい引き込まれていきました。


もちろん、昔ながらのハンカチを使ったマジックもありました。最後に両手でそのハンカチをもみもみすると、中から白い鳩が出てくるというやつ。これはテレビでは何度も見たことのあるおなじみの芸ですが、実際に目の当たりにしたのは初めてでした。これは出てくるだろうな、きっと出てくるに違いないぞとみんな分っているのですけど、真っ白な可愛い鳩がほんとに出てくると、全員大喜びで拍手喝采でした。

やっぱり生のパフォーマンスは違いますね。これはクラシックも同じ。CDやiPodもいいですけど、生のパフォーマンスをしたり聴いたりする機会を、これからももっともっと、どんどん増やしていきたいですね。

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練習の量

2011年12月23日 | レッスンメモ
まず、練習の習慣を身につけること、これが大事ですということを昨日、書きました。今日はその続き。

さて、ある程度ピアノの練習が毎日の生活の中で習慣になってくれば、今度は実際に練習量が充分かどうかの問題になります。練習の量は練習時間で測るとして、目標○時間とか、決められた量に最初はあまりこだわらない方がいいというのは昨日書きました。

目標にする練習時間ではなくて、実際に自分ができた、その日の練習時間(量)を毎日記録していくことにしましょう。10分しかできない日があってもかまいません。気分よく2時間練習出来た日もあるかもしれません。とにかく、毎日、ピアノに向かった実際の時間を記録して行くのです。

私の教室では、生徒によっては練習時間を記録するための「練習表」を手渡すことがあります。これは以前ムジカノーヴァという音楽誌で紹介されていたもので、使ってみるととても便利です。生徒が自分の練習出来た時間に合わせて、四角いマスをどんどん好きな色で塗りつぶして行くのです。一マスに対応する時間は生徒によって10分だったり、20分あるいは1時間だったりします。その生徒に合わせて無理なく「どんどん塗りつぶしていける」ペースに設定すると効果が高いです。毎週この「練習表」を持ってきてもらって一週間の合計練習時間を確認します。それを見ながら反省したりほめてあげたり、もちろん私に見せる前から本人が一番そこのところを分っているので、どんどん練習量が増えてきた生徒もでてきました。


この方法はとても効果的ではあるのですが、さすがに中学生以上になると、色塗り作戦はちょっと使いにくいです。そういう場合には道理をつくして説明する、説得するという大人の方法で迫ります。そこでは生徒自身のピアノに向き合う姿勢というものが問われます。練習量がこれでいいのかどうかというのは結局、私の期待と本人のやる気が合致したところに落ち着いていくということになります。

また、当然のことですが、ピアノに必要な練習量は、絶対的な時間だけで測れるものではありません。何時間やればOKだとか、とにかく長時間やればいいのだとも、一概には言えません。個人の特質やレベル、飲み込みの速さ、読譜力など、人によってそれぞれ違いがあります。同じことをうまくできるようになるために必要な練習時間は人それぞれ違うのです。

一定の練習量をこなせたかどうか、ということが大事なのではなくて、自分が以前に比べてうまくなっているかどうか、これが練習量が足りているかどうかを測る一つの目安だと思っています。その生徒が一日30分の練習でどんどんうまくなっていくようなら、それでいいし、難しい曲に挑戦していて一日3時間やってもうまく弾けるようにならないというのなら、やはりそれは練習量が足りていないという事になります。

そこは、曲の仕上がり具合などを見守りながら、こちらが見極めるところです。もう少したくさん練習して欲しいという指示を出したり、良く頑張ってると感じたら、すかさず褒めることにしています。最近は教室の生徒みんなが以前に比べて練習量を増やして頑張ってくれるようになってきました。これはとても嬉しいことです。この調子でみんな頑張って欲しいです!

さて、ピアノの練習についてのシリーズ、「習慣」、「量」ときたので、次はいよいよ「質」のお話です。次回は「練習の質」について書いてみます。

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生徒の練習時間

2011年12月22日 | レッスンメモ
生徒のピアノの練習時間がどうも充分ではないのではないか、もっと練習するように仕向けるにはどうしたらいいのか、悩んでるピアノの先生はたくさんいらっしゃると思います。私自身も、色々試行錯誤して生徒になんとか練習量を増やしてしてもらおうとしています。何と言ってもピアノは練習が命。練習せずにうまくなることは、天才以外はあり得ません。

まず練習の大切さを生徒に伝えます。それで全員が「はい、そうですね。わかりました」と練習に励んでくれるのであれば苦労はありません。最近のお子さんは、小学生も中学生も忙しい。ピアノ以外の習いごとや塾もあるし、宿題に部活、お友達とも遊びたいし、ゲームやテレビの誘惑もあって、とにかく時間がな~いという子が多いのです。

そういう状況の中、私は生徒に対して、まずは毎日練習の習慣をつけて欲しいと指導しています。生徒と親御さんに、学校から帰ってからの行動パターンを考えてもらって(あえて時間までは指定しない)そこに必ずピアノを練習するという項目をいつも同じ順番のところに決めてもらうのです。例えば、夕ご飯の後とか、お風呂の前とか、宿題をやった後とか、そういう行動の順番の流れの中に、ピアノ練習の順番を組み込むのです。

食事やお風呂、それにテレビをみる時間とかお勉強時間など、こうした毎日繰り返す行動の中にピアノの練習というのを入れておくのです。その場合、特に開始時刻や練習時間の長さなどをきっかり決めておく必要はありません。まずは毎日晩ご飯を食べるのと同じくらいピアノの練習もごく普通の習慣として身につけて欲しいのです。

一日何時間やるとか、何時から練習開始だとか、そういう決め方も悪くはないのですが、時間を指定した練習計画というのは案外守りにくいものです。今日はお母さんのご飯の用意が遅くなったとか、おでかけしていたから時間どおりにはできなかったとか、色んな事が重なって計画通りにはいかず、すぐにルーズになってしまいます。だから時間的にはあえて柔軟性をもたせて、とにかく宿題が終わったらピアノの練習、とか、お風呂からあがったらピアノ、とか、そういう決め方にして、調子が良ければ長い時間練習すればいいし、というゆるいくくりです。とにかく大事なのは毎日、ピアノを練習するということ、毎日の生活の流れの一つに自然となるようにして欲しいのです。

さて、練習の習慣が身についたら、次は練習時間。これについては、次回述べます。

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ピアノの下

2011年12月21日 | Weblog
私が学生だった頃のお話です。私は九州から東京の音楽大学に入学し、音大生用のアパートに入りました。ピアノ科だったので、どうしても自分のピアノを部屋に置いて、いつでも練習できる環境を整えておく必要があります。ぎりぎりグランドピアノが入れられる部屋を探して、何とか持ち込みました。そうなるともう私の部屋はピアノが中心で、私の部屋なのかピアノ様の部屋なのか分らないくらいでした。ピアノ以外は椅子と、小さな机と冷蔵庫しか入らないのです。

とにかくスペースがなくてベッドが入りません。どういう位置にお布団を敷いても身体の半分はピアノの下になってしまいます。実際そういう状態で寝ていました。しかも冷蔵庫もピアノの下に置いていました。(ほかに場所がありませんでした)深夜、寝ているそばで冷蔵庫が急にウォ~ンと音をたてて動き出すいうことがしょっちゅうで、何回も目を覚ましたことがあります。

まあ、今となっては懐かしい、楽しい想い出なんですけど、よく考えるとこれってかなり危険なことしてたんじゃないかなと改めて思ったりしてます。つまり、地震があったらどうするの!? ということです。あの重たいピアノの下敷きになるなんて想像しただけで恐ろしいです。横揺れで床の上をすべってきて壁の間に挟まれたりとかも・・・。あの時の部屋だと逃げ場は無かったと思うんですよね。

当時、音大生仲間でアパートのお部屋のお話になるといつも羨ましかったのが声楽の友人たちのこと。仲の良かった声楽のお友達のお部屋に遊びに行くと、お部屋がとても広く感じられて、素敵に綺麗に飾り付けしてあって羨ましかったです。ピアノ様のお部屋に居候させていただいていた私たちとは大違いでした!

今どきの音大生さんたちはどんな暮らしをしてるんでしょうね。親元を離れてピアノと二人暮らしをしてる人もきっといらっしゃると思います。イザという時の地震対策、くれぐれも怠らないように気をつけて下さいね。

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音の追求

2011年12月20日 | レッスンメモ
昨日は、久しぶりにまとまった時間、落ち着いてピアノに向かいました。このところ、何かと何かの空き時間にこの曲、次のこの時間であの曲と、小刻みに練習する日々が続いていたのですが、久々にしっかり腰を据えてピアノに向かいました。

1月のコンサートで弾く予定のドビュッシー、ショパン、グリーグの小品などの曲の練習と、シューマンの譜読みです。

ドビュッシーを弾きながら私は、どうしても海や湖の深さと波の動き、そして静かな雨、シャワーのように煙る雨、緑の葉からこぼれる雨あがりの滴など、いろんな水の状態を感じずにはいられません。

それでは、それをどうやって表現するか・・・。フレーズの表現の仕方もそうですが、一音の音そのもので、したたる水の滴のような音、透明な水を感じさせる音、そんな音を作りたいと願っています。こんな事を言うのは、ちょっと抽象的すぎて内容が無い言い方のように聞こえるかもしれませんが、ドビュッシーを弾くときには、どうしてもそんなイメージが浮かんでくるので、それを忠実に再現したいという欲求が湧いてくるのです。

同じピアノでも、弾く人によって随分違った音が出るというのは、皆さんもご存知の通り。では、実際には何がどう違うのでしょうか。それは弾く人のタッチの違いと言ってしまえばそれまでですが、それではそのタッチのどこがどういう風に違うのか・・・。

ピアノのキーに触れるまでの動作。指が鍵盤を触るまでの間。上から落として、弾く指で腕の重みを支え、そして触った瞬間から指を鍵盤をどんなスピードで落とし、その後の腕の重みを指先にかけてキーから離すまでの動作。これらに鍵があるとみているんです。
指の支えの問題もありますが、キーを触れる前後の重みの移動、これにも鍵があるのでは?と予想しています。

ポンと、一音弾いては「この音じゃない」また、ポロンと弾いては「そうじゃない」・・・いろいろ、指や手首や重さの掛け方などを試行錯誤していると、すぐに時間が経ってしまいます。求める音がたくさんあります。

ドビュッシーを弾くのに目指す音、私があこがれている音はミケランジェリの音です。あの人、一体どうやってあの音だしてるんだろう? ほんとにそのからくりを知りたい! ミケランジェリは演奏家としてはとても気難しい人だったようですが「教え魔」としても有名だったようなので、お願いすれば案外気軽にレッスンして頂けたかも、などと妄想したりしながら、ドビュッシーの絵画的な音づくりに励んだ日でした。

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年末の第九

2011年12月19日 | Weblog
昨日は、一日中、出かけていました。朝は7時過ぎから高速に乗ってコンクールの審査に出かけ、夕方帰りついて、犬のゲンちゃんの様子をちょっと見て、すぐにコンサートへと出かけました。

日本では、なぜか年末は第九のコンサートと決まっています。でも、年末に第九を聴きに行くのは私にとっては初めてのことなのでした。昨日の第九は、森口真司氏指揮の九州交響楽団と総勢約200名の地元大分の合唱団との演奏でした。第九といえばやはり迫力ある歌声の魅力が一番ですが、私は第4楽章のコントラバスとチェロがユニゾンで喜びの歌を奏でるところ、ここも大好きなんです。やっぱり200人の合唱を生で聴くと迫力ありますね。わたしにとっても久々の第九で、堪能させていただきました。

それにしてもどうして年末になると第九なんでしょうか。気になったのでちょっと調べてみたら、ウィキペディアに次のような説明がありました。

「日本で年末に『第九』が頻繁に演奏されるようになった背景には、戦後まもない1940年代後半、オーケストラの収入が少なく、楽団員が年末年始の生活に困る状況を改善するため、合唱団も含めて演奏に参加するメンバーが多く、しかも当時(クラシックの演奏の中では)「必ず(客が)入る曲目」であった『第九』を日本交響楽団(現在のNHK交響楽団)が年末に演奏するようになり、それが定例となったことが発端とされる」

ウィキペディアですから鵜呑みにしてはいけないのかもしれませんが、いかにもありそうなお話ですね。収入の話はとりあえず別にして、当時から「必ず(客が)入る曲目」とみなされていたことの方が私には注目されます。やっぱりみんなこの曲が大好きだからこそ、こんなに多くの人に支えられ、根付いてきたんですね。きっとこれからもずっと愛され続けていくことでしょう。

アメリカでは、クリスマスシーズンには、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」と相場が決まっています。くるみ割り人形はクリスマスのお話だからわかるけど、ベートーヴェンは、年末の曲として、第九を使われるとは、夢にも思ってなかっただろうな~。

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音楽の料理人

2011年12月17日 | レッスンメモ
クラシックの名曲の場合、同じ曲を世界中のたくさんの人が弾いています。それでも、その曲をどう弾くか、どう解釈してどう表現し、どのように演奏するかによって、同じ曲がまた違ったものになって行きます。

料理で例えるなら、曲は素材。演奏する人は料理人だと私は思っています。料理人によって、その曲は、見事に美味しくなったり、まずくなったりします。ここまで生き残ってずっと愛され続けた曲は、もうそれだけで価値が証明されていて、素材としては申し分ないはずです。それをどう、うまく自分らしく料理するか。これにかかっているわけです。

昨夜、テレビで「ふぐ料理」についての特集番組をやっていました。「ふぐ料理」というのはこれはもう誰もが認める高級料理。音楽でいえばクラシックの名曲のようなものです。その「ふぐ料理」を最高の状態にしてお客様にお出しするために、漁師さん、仲買人さん、そして薬味のネギの栽培農家まで、ものすごい手間と技術が込められていることを知りました。もちろん最後の出来映えを決めるのはお店で包丁を握る店主の腕前です。

同じ「ふぐ」という素材が店主の包丁さばきによってそれぞれ変化に富んだ料理に生まれ変わって行きます。どんなお料理でも、料理人によって、同じ食材からいろいろなバラエティに富んだものがつくられます。素材によっては、難しいものもあれば、素材そのものをあまり取り崩さないようにして、美味しさを活かした料理など。

クラシックの曲も料理の素材に似ています。中には取り扱いが難しい手ごわい素材もあって、そういうときは「下ごしらえ」が大事です。あるいは、もう素材そのものが美し過ぎてそれをどう壊さないで、美しさ、新鮮さを保って演奏するかに気をつけなければならなかったり・・・。

料理をしていると、せっかくの素材をこんな風にお料理してしまった、もったいないことしたと、思うことが時々あります。これはピアノの演奏でも同じ。ちゃんと素材を活かせているかしら?曲自体は申し分ないのだから、美味しく香るような演奏をしたい。日々、私はそういう意味のお料理に励んでいるのです。  

(ほんとのお料理をさぼっている言い訳という声も~

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そう!サンタクロースはいるのです

2011年12月15日 | Weblog
いよいよ12月も後半に入ろうとしています。巷ではクリスマスの飾り付け一色です。私の教室にもささやかながら年に一度のクリスマス飾りが登場しています。さて、毎年この時期になると、小さなお子さんをもつ親御さんにたちは、頭の痛い問題に直面することが多いようです。それは、子供が発する素朴な疑問、「ねえねえ、お母さん(お父さん)、サンタさんって本当にいるの?」 こう聞かれた時にどう答えたらいいのか、ということです。

今から114年前の1897年、アメリカに住む、バージニアという名前の8歳の女の子が、そんな疑問をもってお父さんに質問しました。するとお父さんは答えに困って、新聞に手紙を書いて尋ねてみるといい(Q&Aの欄があった)、と答えたので、バージニアは「ニューヨーク・サン」という新聞社の編集部に、「サンタクロースは本当にいるのでしょうか?」と尋ねる手紙を書きました。

するとその新聞社はこのバージニアちゃんからの質問に、通常のQ&Aの欄ではなくて、社説で正面から答を掲載し、それが大きな反響を呼んだのです。

「『この世には、愛や思いやりといった、目には見えないけれども確かに存在するものがある。それと同じように、サンタクロースも確かに存在する』という内容の社説を書いて答えた。"Yes, Virginia, there is a Santa Claus"(そうです、ヴァージニアさん、サンタクロースはいるのです)という一節のあるこの社説は大きな反響を呼び、以後、『ザ・サン』は毎年クリスマスが近づくとこの社説を掲載したほか、この文章は様々なところで取り上げられ、クリスマスの名文の一つとなった」(Wikipediaより)

昨日も教室でサンタクロースのことをしきりにお母さんに尋ねている生徒がいました。微笑ましい光景です。サンタクロースを信じる心がいつまでも受け継がれていいくといいなと改めて思いました。

この下の記事、是非読んで下さい。私は、久しぶりに読んで涙が出ました。

ニューヨーク・サン新聞 1897年9月21日 社説欄

 本紙は、以下に掲載される投書に対してただちにお答え申し上げるとともに、このようにまっすぐな方が読者におられることを、心から嬉しく思います。

「サン新聞社さま----
わたしは八歳です。私の友だちに「サンタクロースなんているもんか」っていっている子がいます。パパは、「サン新聞にきいてごらん。サン新聞のいうことがいちばん正しいだろうよ」と、いっています。どうか、ほんとうのことを教えてください。サンタクロースって、いるんでしょうか? バージニア・オハンロンより」

  バージニア、あなたの友だちは「サンタクロースなんているもんか」といってるそうですが、その子はまちがっています。
 このごろは、なんでもかんでも「そんなのはうそだ」と疑ってかかる人が多いけれど、その子もそんな疑り深い子なのでしょう。そういう子は、目に見えるものしか信じようとしないし、自分の頭で考えても理解できないものは、「あるもんか」と思ってしまうのです。しかし、自分の頭で考えられることなど、おとなだって子どもだって、そんなに多くないのですよ。

 わたしたちの住んでいる、このかぎりなく広い宇宙とくらべたら、人間の知識なんてものは小さな虫ていど、そう、アリのようにちっぽけなものです。この広い世の中にある「すべての真実と事実」を考えてみたら、わたしたちが頭でわかっていること、知っていることなどは、ほんの少ししかありませんよね。

 そう、バージニア、サンタクロースはいるのです。

 サンタクロースがいるというのは、この世の中に愛や、やさしさや、思いやりがあるのと同じくらい、たしかなものです。わたしたちのまわりにある愛や思いやりは、あなたの生活を美しく楽しいものにしているでしょう? もし、サンタクロースがいなかったとしたら、この世の中はどんなにつまらないことでしょう!サンタクロースがいないなんて、バージニアみたいな子どもがいない、というのと同じくらいさびしいことだと思いますよ。
 サンタクロースがいなかったら、すなおに信じる心も、詩も、夢のような物語もなく、人生はちっとも楽しくないでしょう。わたしたちが、喜びを感じるのも、目で見たりさわったり聞いたりできるものだけになってしまいます。そして、子どもたちが世界中にともした永遠の光も、消えてしまうことでしょう。

 サンタクロースが信じられないとはね!それじゃあ、妖精がいることも信じない、ってことになるね! パパにたのんで、だれか人をやとって、クリスマス・イブに街中の煙突を見張ってもらって、サンタクロースをつかまえてみることにしましょうか? でも、もしサンタクロースが見つからなくても、それがどうしたっていうんです? サンタクロースを見た人は、だれもいません。でも、だからといって、サンタクロースがいない、といえるでしょうか。この世の中でいちばんたしかでほんとうのもの、それはおとなの目にも、子どもの目にも見えないのです。
 妖精が芝生の上でダンスしているのを見たことがありますか?もちろん見たことがないでしょう。でも、見たことがなくても、妖精なんかいないんだ、ということにはなりません。この世の中には、目に見えないものや、見ることができないものが、ずいぶんたくさんあります。そんなふしぎなもののすべてを、人間がわかったりできるでしょうか。

 赤ちゃんのガラガラはどうして音が出るのか、もし知りたかったら、それをこわして、中を調べることはできますね。しかし、目に見えない世界は、一枚のカーテンでおおわれていて、どんな力持ちでも、力持ちが何十人集まっても、そのカーテンを引き裂くことはできません。そのカーテンを開けることができるのは、信じる心、想像力、詩、愛、夢見る気持ちだけなのです。そういう心さえあれば、カーテンの向こうにひろがる、美しく、きらきらした輝かしい世界を見ることができるのです。
 そんな世界は幻ではないかって? バージニア、カーテンのむこうのそんな世界こそが、ほんとうであり永遠なのです。
 サンタクロースがいないだなんて!うれしいことに、サンタクロースはちゃんといるし、これからもずっと生きつづけるでしょう。今から一千年たっても、いえ、その百倍の月日が流れても、サンタクロースは子どもたちの心の喜びとして、ずっとずっと、生きつづけることでしょう

フランシス・ファーセラス・チャーチの祈りより、

大人も大切な物を忘れてはいけないですね。

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2011年12月13日 | レッスンメモ
しばらく前のことですが、スーパーの駐車場で面白い光景に出合いました。買い物を終えて自分の車のところに戻る途中、一台の白い車が目にとまりました。なんだか暴走族の人が乗るような、低い車体に幅広のタイヤをつけた大型車でした。フロントガラス越しに見える車内にはふかふかの敷物みたいなのが敷かれていて、飾り物がたくさんぶら下がっています。運転席には「いかにも」という感じの若い男の人が座っていて、そこにガールフレンドらしき女性が買い物を済ませて戻ってきました。

女性が助手席に座ってエンジンがかかると車の窓が開きました。ブロローンという低いエンジン音とともに車内から聞こえてきた大音量の音楽は・・・、なんと「パッヘルベルのカノン」 !!



これには驚きました。自分の車に乗ってしばらくたっても、何だかとても可笑しいやら嬉しいやら。一人でニコニコうなずきながら運転していたので、きっと傍から見ると気味の悪いおばさんに見えたに違いありません。

「パッヘルベルのカノン」といえば、17世紀の終わり頃に作られたバロック音楽の代表曲の一つです。たとえクラシックに興味がなくても、この曲自体は映画やテレビなどを通じて多くの人に親しまれています。クラシックの名曲というのは本当に時代も場所も超越して、人の心に真っ直ぐ届いて行くものなんだと改めて感じ入って嬉しくなったのでした。

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コンクールの審査

2011年12月12日 | Weblog
ここのところ、日曜や祭日に、コンクールの審査にあちこち出かけています。

昨日は、2年ぶりの会場にお邪魔しました。審査に行く会場には毎年行く会場や初めて行く会場があります。毎年行く会場では、以前お顔を見た子が年を追うごとに少しずつレベルアップしているのを確認できたりして、こちらも嬉しくなります。

また、初めての会場で新しい発見もあります。こんなに素敵な音を出す子がいる、とか、こんなに素晴らしい演奏ができるんだ、とか。

コンクールのとき、審査員は一人一人の演奏を聴きながら所定の用紙にコメントを書きます。次の出場者の演奏が始まるまでのほんの短い間に大急ぎで書かなくてはなりません。出来るだけたくさんの思いを伝えたいと思うし、かなり急いで書くのでほとんど殴り書きに近くなります。

コメントを書いた紙は後で生徒一人一人に配られるので、皆さん私の字、読めるかなぁ?と心配です。とにかく感じた事をすぐにさっと言葉にして書き始めないと、特に小さい子の課題曲などはすぐに終わってしまって、次の生徒の演奏が始まってしまいます。ゆっくり推敲して文章を整える余裕がないんですね。そうはいってもコメントを受け取った生徒の方としてはどんなことが書いてあるのか、とても気になることでしょう。心して書かなくてはいけません。

私自身、自分の生徒がコンクールに出た時に審査員の方からいただくコメントにはとても興味があるし、いつも大切に真摯に受け止めて参考にさせていただいています。自分では気がつかないような普段と違う切り口で、審査員の方からコメントを頂くのは、その生徒だけではなく、その子を教える教師にもとっても勉強になります。

昨日は、高速を飛ばして日田に向かい、途中で雪化粧した由布岳を見ながら走りました。来週も高速走ってお仕事します。年末まで風邪は絶対ひけない状態。体調管理に気をつけて頑張ろうと思います。


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