ピアノを練習していて、ある曲に行き詰る時があります。どうにも納得のいくような表現ができない。うまく弾けない。思い通りにならない。
こうなると、「自分はだめなんじゃないか?もうやっても無駄か?」とか、不安になります。劣等感に苛まれて、だんだん、「世の中からも音楽からも見放されて、私はもうおしまいだ。」みたいな大げさなことになっていきます。
しかし、そんな時には、しばしその曲をタンスに突っ込むということをするようにしています。頃あいをみて、そのタンスから出しておそるおそる弾いてみると、新たな発見があって、なんだかしっくりいかなかったことが気持ちよく流れる時があります。もちろん、それでも駄目な時もありますが、そんな時はまだ熟成期間が短かったんだと思うことにしています。
曲をねかせておく事、熟成することによってなにか成長するものがあるように感じます。その曲は弾かなくても、頭の片隅にいつもあって、そして他の曲を練習します。全然、違うものに向かいながら、その曲を見守る感覚です。
そして、再びその曲を改めて新しい気持ちで始めると、暗闇のスパイラルから解き放たれて、あれ?いい感じ、と思える時があります。これが、曲を暖めるということ。これって、とても大切なことだと思っています。
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