沖縄から帰郷し、一週間を経て今年の訪沖は一味違ったとの感慨を覚えながら、ささやかな一文を書き始める。まずは情けないことに疲労困憊し、那覇空港で椅子に座り込んで5時間半もうつらうつらする羽目になったことだ。
帰宅する13日、読谷に在住している大学の後輩中田耕平君がホテルまで車で迎えに来てくれて、おもろ町の県立博物館を案内してくれた。
土地の風土に視点を合わせながらの民俗学の研究者でもある中田君と博物館を歩くと、嘗て母校の文化人類学の講座を聴講し渡邊欣雄教授や院生などとともに、隈なく沖縄本島巡りをしたことと重ね合わせながら彼の解説を聞くことが出来て時を忘れた。
しかし、空港まで送ってもらって帰京するためのシニアのチケットを取ったあと、モノレールで改修の状況を確認してみようと首里城に出向いたものの、カメラを入れたバックが肩にのしかかって、宮城入門をためらってタクシーで空港に戻ってしまった。
ところが北海道の雪のために折り返し便が軒並み1時間以上遅延、この時期修学旅行生や観光ツアーのグループで満席便が多い。これらの状況もまた沖縄の位置付けを感じとれて興味深いものだった。<何となくやけくそっぽい一言で思わず苦笑!>
この度の訪沖は、11日の夜に行われた与那原の丘陵地に建つ「聖クララ教会」でのコンサートを聴くためだ。
同時に、沖縄の建築家赤嶺和雄さんなどのヒヤリングもする事になり、根路銘安史さんの設計した住宅をも拝見しする。そして、彼の友人と共に車で、金武をはじめとした3箇所の米軍キャンプン内の教会をキャンプの職員に案内してもらった。更に気になっている辺野古など数箇所を回った。
そして陶芸家大嶺實清さんとの対話と、思わず凄いとつぶやいた茶碗、そしてJAZZのライブハウス「寓話」である。
<写真 キャンプハンセン前のまち金武(きん)>
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