日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

春の風 神宿った津山文化センター

2006-03-05 21:33:30 | 建築・風景

春の風に誘われて・・と書き出したくなった。
柔らかい日差しの中にまだ冷やりとする微かな風が吹いている。
3月の日曜の朝。
愛妻は横浜に出かけた。展覧会に関わった恩師からチケットをもらった娘から声が掛かったのだ。奥の院御本尊御開帳記念京都清水寺展。日本橋に来たときに観てるんだけどね、と言いながらおしゃれをして出かけるわが妻も結構かっこいい。阿闇梨餅と余市のニッカの工場で手に入れたTシャツを土産に持たせる。
さてっと、取り残された僕は春風の中に出た。梅はないし桜はまだか、咲いてるのは椿だけ、なんて自然を愛でながら。ちょっと思わせぶりか、床屋に行っただけなのだし。

鏡を見ながら白髪が増えてきたなあと思う。自分で見えるところから白くなるんですよ、と今日の担当のお上さんが言う。ふーんそうなのか、不思議なもんだね。髯はごま塩だし、もみ上げも白くなった。僕はね、白いのがね、格好いいと思ってんだけどねえ。白髪はね、腰が弱くなるんですよ、すぐ刎ねちゃってね、乱れちゃうの。そうだなあ、それで困るんだよね。

土、日曜日は休むんですか?うーん、出かけることも多いんだよね。仕事ではないけど建築でね。この一ヶ月ってね、札幌、筑波、名古屋、みな泊りがけでね。先週の木曜から金沢、昨日は京都から岡山県の津山市に神戸大の先生と一緒に行ってね、市の職員に文化センターを見せてもらって写真を撮ったんだよ。
他愛もない会話は津山からアネハ事件へ、そしてTVのリフォーム番組に。あれは変だよ、番組を作るためにやってんだから。友人の建築家からどう、出てくれないなんて誘われたこともあったんだけどねえ。

マッサージ器にもなっている椅子が振動を始め、お上さんが肩を揉んで叩いてくれる。ああなんと言う心地よさ。次第に昨日撮影した津山文化センターがぼんやりと瞼に浮かび上がってくる。
鶴山城といわれる津山城址の壮大な石垣を前にして建つ川島甲士の設計(1964)によるこの建築は、建築家川島甲士の代表作と言うだけでなく、1950年代に起こった伝統論争を思い起こさせ、12年後の1966年、歴史家伊藤ていじが第二期伝統論争の胎動が始まると予言した建築でもある。

同行した歴史研究者梅宮さんは、モダニズムのフラットルーフが気になると言う。何故フラットルーフにこだわるのか、コルビュジエも建築は上から見るものではないとも述べた。輝く都市、高層ビル群に未来を見たコルビュジエが、パースでは鳥瞰図を描かない。
車の中でもこんな建築談義をこれまた取りとめもなく交わしながらの至福の建築旅。
防水修復をした屋上に案内してもらって、梅宮さんは改めてフラットルーフが気になりだしたようだ。僕は彼のこの問題意識を帰りの新幹線の中で考え始めた。

朝眼が覚めふと思いついてマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」をかけた。布団の中で眼を閉じながら聴く。リイシュー版のバックカバーにこのアルバムでドラムスを叩いたジミー・コッブの、これは「天国で作られたに違いない」というコメントがある。
「このカインド・オブ・ブルー評に多くの人は同意する。人というのは、時折、天国を味わいたいとおもうものだから」というライナーノーツを読む。5曲目、フラメンコ・スケッチのビル・エバンスの澄んだソロになると、一音一音にいつもいつもこみ上げてくるものがあるのだ。天国か、そうだ、神だと思う。今朝は神に包まれて始まった。

川島甲士は明治の廃藩置県・廃城令によって取り除かれた悠久の城に想いを馳せ、鶴山城址石垣のフラットな天端に神を見、二層に組み上げた斗拱の上を石垣に合わせてフラットルーフにしたのだ。丹下さんの代々木、東京オリンピックの金メダリストが、あの高飛び込み台に立って天を仰いで神を見たといった。モダニズムにも神宿るのだ。何の理論的根拠はないのだけど。
でも考えるにこの建築のフラットルーフは石垣の天端に応えたのは違いないと確信する。

学生時代僕は川島甲士先生に学んだ。だから先生と言わせていただく。面と向かった先生は太い鉛筆を右手や左手に持ち替えながら反対側から僕のスケッチに手を入れる。逆さまの字が味わい深かった。とはいえちょっと格好よすぎると思ったものだが。
その川島甲士に突然神宿った.

ぼんやりしていたら「はい、ありがとう」とお上さんから声がかかった。これは早春の夢か。春の風が心地よい。







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2 コメント

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このコンクリートの斗拱の (xwing)
2006-03-06 19:14:15
でかい肘木(肘コンクリート?)は日経アーキのモダニズム巡礼で見て以来、気になって仕方ありませんでした。写真のアングルも良いですね。

 いつも話に上りますが、丁度学生の頃に聞いていた音楽、学んだ建築スタイルは中々体から抜けるものでは無く、ノスタルジーなどではなくて、自分の中でずっと現役スタイルなのです。
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建築って! (penkou)
2006-03-06 21:01:47
全くその通りですね。

だから悩んだりしますが、見る機会が多くなるにつれ、存続の課題が浮かび上がってきて、更に悩むことになります。

コンクリート打ち放しの傷みや、メンテ、社会状況の変改への対応などなど、経済論理とは何かまで。

ホールの空間もとても魅力的なのですが、音が良くないとかね、市町村合併とか気になることだらけです。

でもこの建築を見ていると、創ることの楽しさ、意気込みが感じ取れ建築って素晴らしいと改めて思います。
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