日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

四国建築旅(8) DOCOMOMO選定プレートと 土佐清水・林雅子の海のギャラリー

2009-09-26 10:52:29 | 建築・風景

日土小学校の見学・シンポの後、JAZZ BAR「ロン」でジョン・コルトレーンに酔いしれ、心を残しながら宇和島に車を走らせた。翌朝、今度の旅の目的の一つであるレーモンド事務所で地元出身の中川軌太郎が設計を担当した「旧広見町町役場(現鬼北町)」に立ち寄った後土佐清水に向う。「海のギャラリー」があるのだ。

四万十川に沿った441号線をひたすら走るが、なかなか辿りつかない。遠い。走りながら土佐清水の隣町中村市が四万十市に市名が変わったことに気がついた。ここから土佐に向う途中には四万十町があるのでややこしい。
道は四国の西南端足摺岬に向う321号になる。

「海のギャラリー」は地元の画家黒原和男が収集した土佐沖で採取された貴重な貝類を展示する博物館だ。設計は故林雅子、建築家林昌二さんの奥様である。
シャコ貝をイメージしたコンクリートの折版屋根を両サイドに向き合うように立ち上げた。トップライトから注がれる光が深いブルーに彩られた室内に降り注がれ、心地よい緊張感に僕たちは包まれる。深海にいるようなとつい言ってみたくなるが、光が明るくて海の中とは言い難いものの見事な空間構成だ。

ほの暗い一階の壁に設けられたショウウインドウに、この建築が建てられた経緯と耐震改修された様子が展示されている。僕もささやかな・考えてみると一瞬なのだけどこの建築の改修に縁がある。
林昌二さんから相談があって、日本ナショナルトラストに林さんに同行していただき、親しかった当時の事務局長を訪ねた。海に縁のある日本財団が日本ナショナルトラストを支援しており、日本財団への橋渡しをお願いしたのだ。貝と海、僕の単なる思い付きだが、林さんが現れたのに驚き恐縮した事務局長の顔を思い出す。

この建築の改修は、市長を招いて林昌二さんを中心としたシンポジウムを開催して価値の周知を図り、日本財団の資金援助を受けて2005年に土佐清水市が行った。耐震設計を担当した今川憲英さんの技術によって、雨漏りによってふさがれていたトップライトが復活され、林雅子の世界が蘇ったのだ。

入り口の前の案内板に、DOCOMOMO選定プレートがひっそりと、でも誇らしげに設置されている。
このステンレスによる15センチ角のプレートは、武蔵野美術大学の教授寺山祐策さんのデザインによって作った。エッチングで文字を刻み込んだが、刻むことによって素地の白色が現れて品のいい味わいがある。文字に黒い色を埋め込んだサンプルと比較しながら`これがいい`と判断したのが林昌二さんだ。
「海のギャラリー」の存続には、林さんの雅子夫人への想いが込められているが、この建築をみると、それは雅子建築への林さんの建築家としての憧憬なのだと言ってもいいのではないかと思った。

緑の中に浮かび上がる白い屋根を見ながら溜息が出た。
不思議な貝の姿とこの魅力的な建築を見に、大勢の人が訪れてほしいと藤本さんと語り合う。日曜日なのに人が来ないのだ。遠隔地とはいえ僕たちにできることはないものだろうか。