前川國男展が始まった。
案内チラシには「モダニズム建築の先駆者・生誕100年」とサブタイトルが書かれているが、控えめな紹介の仕方だ。
前川國男をたどる事によって日本のモダニズム建築の軌跡が見えてくるし、同世代の共にコルビュジエに学んだ坂倉準三、吉阪隆正、そして吉村順三や丹下健三を生んだ建築界だけでなく、日本の社会構造が浮かび上がってくるからだ。
そして展示だけではそこまで深読みできないとしても、カタログに記載されている25名に上る建築家、研究者や評論家による論考、それに作品の解説によって前川自身の建築家としての足跡、つまり建築家とは何か、建築家の職能とは何かという命題も見えてくる。
そしてそれを確認できるのが、今では建築展の定番になったと言ってもいい、写真、図面、模型それにスクリーンに映し出される映像だといえる。そういう意味でもこの展覧会には何度か足を運んだほうがいいかもしれない。
この展覧会は既に様々なメディアで紹介されているので、スタート前日の2005年12月22日、慌しい暮れに行われた内覧会の様子を伝えてみたい。こういう展覧会はオープニングパーティ或いはセレモニーとは言わずに内覧会という言い方をする。まさにデパートの内覧会と同じような招待者や関係者で溢れかえった賑やかなひと時だった。
数ある建築展は実行委員会を構成し、様々な企業の協賛を得て開催されることが多い。
この建築展の実行委員長は、建築家大谷幸夫氏。氏は東大名誉教授でもある。事務局長は実質的なキュレーターの役割をした前川事務所のOB、京都工芸繊維大学助教授の松隈洋さん。彼は建築家鰺坂徹さんと共に会場構成を担当した内藤廣さんと相談しながらこの展覧会を作りあげた。
昨春行ったDOCOMOMO100選展の打ち合わせで前川事務所を訪れたとき、必死になってこの展覧会の打ち合わせをしている松隈さんを垣間見ており、またプレイヴェントとして、藤森照信さんや林昌二さんを招いて数度にわたって前川を探る対談を行ってきた彼の執念!がついに実ったかと僕にとっても感慨が深い。
僕は藤森さんとの対談を聴きに行ったが、INAXの会場は立ち見が出るほど膨れ上がり、また第2次大戦前後の前川さんのスタンスについての、時を経た今だから言えるという藤森論考は、刺激的で興味深かった。それらを含んでの前川展といっていい。
展示されている模型が素晴らしい。その多くは様々な大学の研究室による大学生によって作られた。これも松隈ネットワークの成果といっていい。
例えば5年前に行ったDOCOMOMO20選展で、いまや伝説(ちょっと大げさかな?)となった繊細で大きな日土小学校の模型を作った神戸芸工大の花田教授が今回も乗り出し(乗り出させられ!)、28名の学生を率いて紀伊国屋書店(1947年木造2階建て)をつくった。
鈴木博之さんと一緒に覗き込み、凄いねえといったら彼はいつものようにモゴモゴと口ごもりながら「5 ヶ月もかかっちゃった」と苦笑した。しかしなんとも誇らしげだ。
日大広田研の東京文化会館も素晴らしい。屋根のシェルの微妙なカーブも上手い。どの模型もそれぞれ味があり前川のやったことが浮かび上がる。
僕にとって驚いたのは、駒場の民芸館に行くときいつも気になっていた、通り道に建っている木造の大きな瓦屋根の住宅が笠間邸といい、前川の設計によることを知ったことだ。誰だろう設計したのは?と実は何十年も思っていた。そういうこともあるのだ。ああ、中を観たい。
内藤廣さんや吉村行雄さんと話し込んでいるところに平良敬一さんが通りかかり、写真がいいねえ!という。吉村さんよかったねえ、今のこと録音しとかなくっちゃあ!と僕は茶化す。撮影の大半は吉村さんなのだ。ちなみに吉村さんは2月から彼の撮った写真を組んだ松下電工汐留ミュージアムで行う「アスプルンド展」(2/11-4/16)が控えている。
前川の作品は吉村さんしか撮れないと前川事務所に進言したのが内藤さん。内藤さんは僕をキュレータみたいに言うけど僕は人寄せパンダだよ、やったのは松隈さんだよなんていう。いやいや内藤廣あっての松隈洋キュレータだったかもしれない。
JIAの前会長前川事務所のOB大宇根さんが内藤さんを捕まえて、耐震偽装などの建築界を巻き込んだ事件に信頼を取り戻すコメントを出すよう要請する。いやね、ちょっと書いたよ、ところで近美は?と今度は内藤さんから僕に。先日鶴岡八幡宮の宮司さんと面談したと応える。JIAのアーカイブ委員会をどうしようかと前会長も僕に。こういう集まりはいい情報交換の場でもあるのだ。
林昌二さん、槇文彦さん、谷口吉生さんもいる。植田実さん、鈴木成文先生、当時神戸芸工大学長だった鈴木先生は晴海高層アパート取り壊しに際して個人名で住宅公団に保存要望書を提出した方だ。
勿論橋本前川事務所代表、高橋晶子さん、大川三雄さん、模型を作った明大の田路助教授、会ったばかりの韓国文化財庁の崔さん、ギャラ間の代表の遠藤さん、新建築の大森編集長も現れた。
レイモンドの秘書だった五代さん、土浦邸の中村さん、坂倉準三夫人の百合さんもお嬢さん同伴で来場されたので挨拶をする。皆さんとてもお元気だ。
カタログはバイリンガルで作られているが、翻訳した大西伸一郎さんがサポートをしてくれたオーストラリアのウオーラルさんを紹介してくれる。時間がないとぼやいていた大西さんの顔もやっと吹っ切れた。
何より素晴らしいのは、模型制作や資料の整理をした沢山の学生を招待したことだ。
彼らは著名な建築家が自分の作った模型に見入り、うなずいているのを見てどんなに嬉しいことか。苦労が吹っ飛ぶだろう。勿論模型をつくることによって建築の面白さを堪能したことは間違いない。仲のいい建築家澤さんと今の学生は幸せだねえ!とお互いなんとなくうなずいたものだ。
おかしな前川展の紹介になってしまったが、会場になった「東京ステーションギャラリー」はこの展覧会終了後数年にわたって閉鎖され、東京駅復元工事が始まる。
新たな装いによって2011年またここで再開するそうだが、赤レンガの壁を使った展示が観られるかどうか。その魅力を味わうためにも是非足を運んでいただきたい。
更に前述したカタログを手に取って欲しい。
このカタログは、前川國男の足跡をアーカイヴとして残しておこうという趣旨によって構成され、貴重な資料でもあると同時にまたこれも松隈さんの(実行委員全員の、と言い添えておく)前川を伝えたいと言う思いに満ちている。そこに林昌二さんの厳しい指摘なども記載されており、一瞬どきりとする。必読。
唯一つ僕が気になるのは、ではこれらの前川建築が現在の社会、世相にどのように受け止められているか、存続に向けての課題がないか、という視点での記載のないことだ。
しかしこれは、車椅子に乗った大谷幸夫氏が挨拶で若い人たちに想いをこめて「この展覧会を足がかりとして、前川建築を観る旅に出て欲しい」と述べたその旅の中で、各自が発見、確認していくことかもしれない。
今後それぞれ2回にわたる記念シンポジウムと、東京ステーションギャラリー美術講座も開かれる。
その案内は恐縮だが、併設している僕のHPのイベント案内をご覧頂きたい。