名古屋から発するブログつぶて・凡人のひとりごと

身の回り、世間のできごとをを日記風に記す(紙つぶてならぬブログつぶて)。

「尼崎の鬼女」による未曾有の怪奇事件

2012-10-30 10:07:16 | Weblog
2012.10.30(火)
 兵庫県尼崎市の連続変死事件は、主犯格と見做される角田美代子被告(64=別事件で逮捕済み)ら複数の犯人による未曾有の怪奇事件に発展している。
 事件が発覚して以来、メディアは連日、大きく報道している。身内同士が殺しあう凄惨な事件で、少なくとも4家族が崩壊し、8人が死亡、または行方不明となっているという。いつの日か、平成の妖怪事件と呼ばれるのではないか。
 現段階でも8人もの死者を出すという残虐行為の中心となった角田美代子被告は、尼崎の下町で1948年に生まれ、中学卒業後、飲食店で働く傍ら、売春行為をしたり、売春組織を取り仕切ったりしていたという。犯罪の温床となった尼崎や高松では、ヤクザ風の男たちを従え、スーパー、うどん店など至るところで言いがかりをつけ、恐喝していたという。 
 今朝の新聞も親族の男性が殺害された後に遺棄されたと見られる岡山県備前市の漁港を捜査するとの報道をしている。
 報道では、この人は角田美代子被告の義妹角田三枝子被告(59=窃盗罪で公判中)の夫の弟に当たる橋本次郎さん(54)とみられ、橋本さんは、昨年夏にマンションの監禁小屋などで暴行を受け衰弱死し、市内の貸し倉庫でドラム缶にコンクリート詰にされ、車で運ばれたと伝えている。美代子被告の残虐性を物語る一端でもある。
 親族や知人を次から次へと殺害していった詳細は、今後の捜査や裁判を通じて明らかになっていくであろうが、鬼畜にも劣らないこういう人間がどうして存在することになったのか、社会の暗部を映し出しているようでもある。

石原都知事が辞任し、「石原新党」結成を表明

2012-10-26 10:45:06 | Weblog
2012.10.26(金)
 東京都の石原知事(80)が25日、記者会見し「新党をつくって、仲間と一緒に国会に復帰しようと思っている」と述べ、知事の辞職と自らが代表となる新党の結成を表明した。石原氏は会見後に都議会議長に辞表を提出したという。
 報道によると、新党は11月上旬にも結成し、自らは次期衆院選で比例代表から出馬する意向という。その上、たちあがれ日本の国会議員5人が新党に参加する見通しであること、橋下徹大阪市長の日本維新の会など保守勢力と連携し、非自民、非民主の第三極の結集を目指すとしている。
 石原新党はこれまでも何回も話題になったが、やっと本当になったようだ。しかし、石原氏が東京都知事の四選を果たしたのは僅か1年前の去年(2011年)のことである。石原氏は「都民のために役立つ仕事をする。放り出すわけじゃない」と弁明しているが、勝手な言い分であり、無責任のそしりは免れない。石原氏のこれまでの言動から見れば、こうなることを石原氏自身が想定していたと推察でき、そもそも四選に出たのが間違いである。民主主義の日本で選挙に金がかかることは結構なことであるが、石原氏個人の想いで数十億円もの選挙費用を無駄にした。
 さて石原氏の言う新党結成であるが、まず平沼赳夫氏を代表とする“たちあがれ日本“を基盤として結成することになるらしい。平沼氏は今月末にも全国支部長会議を開き、たちあがれ日本の解党を決定した上で、新党結成に向けた手続きに入る方針を表明した。
 さらに石原氏は、橋下徹氏が率いる日本維新の会や大村秀章愛知県知事の中京維新の会、さらには河村たかし名古屋市長の減税日本などとも組んで第三勢力の結集を目指すとしている。だが「原発ゼロはただのセンチメント」と言っている石原氏と、2030年には原発ゼロを公約している橋下氏とどこで一致するのであろうか。また、消費税やTPP問題など最も重要な問題で石原氏と橋下氏ではその政策が真逆である。みんなの党の渡辺喜美代代表は、「新党が原発や消費税増税を容認するのであれば、民主、自民、公明三党の補完勢力だ」とズバリその本質をついている。
 ことほど左様に第三極の結成はハードルが高い。石原氏は、記者団から80歳という年齢について聞かれて、「何で俺がこんなことをやらなくてはならないのか。若いやつ、しっかりしろよ。」と答えた。誰もこんなことを頼んだ覚えもないのに。これを老害と言わずして何と言おうや!!

第8回名古屋大学ホームカミングディ

2012-10-20 21:43:27 | Weblog
2012.10.20(土)
 今日は名古屋大学のホームカミングディに参加してきた。このホームカミングディは、名大が教育・研究の成果を広く発進するため、平成17年度に立ち上げられ、以来毎年開催されてきた。
 この間、3回ほど合唱団として参加してきたが、今年は10年単位の周年卒業者として招待を受けた。
 儀式のあと、第二部として名古屋フィルハーモニーのコンサートがあり、これを聴くために参加したのが本音である。
 プログラムは、ブラームスの大学祝典序曲と交響曲第1番、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲であった。指揮は若手の大井剛史氏。会場は豊田講堂だからもともと音楽会用には造られていないため、舞台が低く、また客席とも接近していることもあって、一層迫力を感ずる演奏であった。
 このカミングディの行事は、豊田講堂をはじめ東山キャンパスをフルに使って30以上の全学行事が行われ、さらに各学部ごとに50近い行事を行うというスケールの大きいものである。
 よくよくこのプログラムを見てみると素人でも結構面白そうなものがあり、これなら朝から来て参加するのも良かったと反省した。もちろん、一般市民の参加もOKである。来年は計画的に参加してみよう。

この日は同期生の丹羽宇一郎・駐中国大使が講演した。彼はすでに大使を退任したが後任者が急死したために新たな後任者が確定するまでまだ大使の任務を遂行中という。
 彼は講演の中で「日中で起きている問題の深刻さを政府も日本の皆さんも感じていない。このまま放っておけば、本当に深刻な危機が来る」と警鐘を鳴らした。
 9月の尖閣諸島の国有化以降、中国で「日本人は盗人」という言葉が広がっているという現状を紹介した。その上で「日中が争えば両方が傷ついて多方面に障害が出る。40年も積み上げてきた関係が壊れ、水泡に帰してしまう」と主張。
 中国で習近平氏が11月に国家主席に就任するという情勢の中で、「主席が代わったとしても、日中の関係修復は難しい。解決への良薬はなく、地道な努力をする以外にない」との見解を述べた。
 この意見を政府はどう受け止めるかであるが、こういう主張が気に喰わなくて外務省は丹羽氏を退任させたとの声も聞こえる。 

沖縄で米兵が女性に乱暴して逮捕

2012-10-17 11:03:35 | Weblog
2012.10.17(水)
 10月16日午前3時半ごろから4時20分ごろにかけて、沖縄本島中部の屋外で、飲食店に勤める20代の女性が二人の米兵に乱暴され、首に擦り傷を負うという事件が起きた。
 報道によると、この事件で沖縄県警は、集団強姦致傷の疑いで、米海軍の上等水兵(23)と三等兵曹(23)の二人を逮捕した。
 沖縄県では、この8月にも那覇市で女性への強制わいせつ致傷容疑で米海兵隊員が逮捕されたばかりである。米軍普天間飛行場への新型輸送機MV22オスプレイの配備をめぐって、沖縄県と日米両政府との軋轢が強まっている折柄、沖縄県側の反発がますます強まることは必至の情勢である。仲井真沖縄県知事はすぐさま、米側と日本政府に抗議を申し入れたと報じている。
 戦後、こうした事件は枚挙にいとまがないといっても過言ではない。若い兵隊たちが外国に来て厳しい訓練に明け暮れていれば、心にやりどころのない不満がうっ積するのは理解できないことではない。アメリカの世界戦略の一環である日米安保条約の避けられない弊害である。
 こうした事件は、基地を抱えた自治体ではいつでも起こりうる危険性をはらんでいる。そんな基地が沖縄県では74%を占めている。

2012年のノーベル賞

2012-10-13 09:47:05 | Weblog
 2012.10.13(土)
 今年のノーベル賞受賞者が出揃った。
 日本人では8日、生理学・医学賞を、iPS細胞(新型万能細胞)を作製した京大の山中伸弥教授(50)に贈ると発表された。イギリスのジョン・ガードン博士(79)との共同受賞である。これで日本人の受賞者は19人目、生理学・医学賞は1987年の利根川進博士以来、25年ぶり二人目となった。今週は連日、メディアをはじめ国内は山中さんのノーベル賞で賑わっている。
 一方、ノーベル文学賞は最も前評判の高かった村上春樹氏ではなく、中国人作家の莫言(ばくげん)氏の受賞となった。中国では国をあげての歓迎ブームだという。
 莫言氏など日本ではあまり知られているわけではないが、一人っ子政策や抗日戦争期の農村を描くなど、社会性の高い作品が多いという点が評価されたのではないかという識者もいる。
 一方で2010年、ノーベル賞委員会は、共産党による一党独裁を批判し、国家政権転覆扇動罪で起訴された民主活動家・劉暁波氏にノーベル平和賞を授与し、中国側と大きく対立した。
 そこで、今回の莫言氏の受賞は、スウエーデン・アカデミーによる中国に対する政治的配慮ではないかとの見方もある。
 今朝の報道によると、今年のノーベル平和賞は欧州連合(EU)に決まったという。ノーベル賞委員会は「欧州の平和や和解、民主主義、人権の進展に貢献してきた」ことを授賞理由に挙げたというが、意外な決定と受け止める見方が多い。
 化学賞や物理学賞、医学賞などは客観的な実績、データがものを言うが、文学賞や平和賞は主観的な政治的配慮が働き易いことは否めない。だから村上春樹さんが落ちたなどといわれるのは村上さんにとって迷惑なことかもしれないが、余りに期待が大きく、騒がれすぎていたことが気の毒でもある。
 これでノーベル賞の秋は終わった。

中国の反日運動は本当に一部の人たちなのか

2012-10-10 23:33:44 | Weblog
2012.10.10(水)
 尖閣諸島国有化に対する中国の反発は沈静化したと言われるが、依然思わぬところから火を噴いてくる。
 9日に開催された男子テニスのマスターズ上海大会で、日本の錦織圭選手が中国の選手と対戦したが、試合開始直前、観客席の中国人が「釣魚島は中国のものだ」と叫んで会場が一瞬緊張する場面があったという。また、トヨタ自動車や日産自動車など日系自動車メーカーの中国での9月の新車販売台数が前年同月と比べて大幅に減少したことが伝えられている。自動車に限らず、日系ブランド製品の不買運動も続いており、長期化を懸念する声もあるという。
 あの激しい暴動ともいえる破壊などは収まったが、日中関係の悪化は決して収束していないような気がする。
 昨日書いたように、村上春樹氏が書いた東アジアの領土問題をめぐるエッセーが中国で共感を呼び、ツイッターで拡がっているという面も見られるが、尖閣諸島近海の領海を侵入してくる中国船が後を絶たないことや日中の各種のイベントの中止、日本への観光旅行の抑制など一部の反日主義者だけの仕業とはいえない。
 日清戦争や日中戦争を通じての中国に対する日本の覇権主義が中国の人たちに根強い反日主義を生んでいることをあらためて考える必要がある。
 石原東京都都知事のような偏屈なナショナリズムが尖閣諸島の国有化という民主党の拙劣な政策を招いて、日中両国民に収まりのつかない不信をつくってしまった。あの勢いのよかった石原氏はこうした事態になってなぜか沈黙を守っている。

反響呼ぶ村上春樹の「尖閣エッセー」

2012-10-09 20:39:06 | Weblog
2012.10.9(火)
 10月15日号の週刊誌アエラに、作家の村上春樹さんが朝日新聞に寄せた東アジアの領土問題をめぐるエッセーが中国語に訳され、中国で共感を呼んでいるという記事が出ている。そのエッセーを読んだ中国の著名作家が、中国社会の今と自らの思いを綴った。
 作家の名前は、閻連科(イエンリィエンクー)氏。長いが引用する。
『中国はとても広く、多くの人々が毎日苛立ちの中で生活しているが、なぜ、誰のためにそんなに苛立っているのか、彼ら自身も説明することはできない。そんな苛立ちは、常にじりじりとした苦痛の中で、排泄できる窓と道を待っている。
 こんな状況だからこそ、あのデモにおける、あなたたち日本人だけでなく、それ以上に私たち中国人をも恥じ入らせる打ちこわしが起こった。しかし、中国の作家として、あの破壊者たちに心の底から憤りを感じる一方で、彼らの心の中のやるせなさと、多くの場合のよるべなさも理解できる。だから、日本書籍を本棚から撤去した書店のことも、でたらめで間違っていることだと心の中ではわかってはいるが、書店の店員のある種の憂慮も、またいくらかは理解できるのだ。…………
 戦争はあまりに恐ろしい災難である。多くの民衆にとって、戦争にいわゆる勝ち負けなどない。戦争が起これば、庶民である人々は、いつだって負け組でなくてはならない。死と墓。それが戦争が普通の人々に残す帰結なのだ。あの第二次世界大戦の教訓は、今日でもまだ世界中のやさしくデリケートな心の中で、血のように赤いままである。…………
 理性!理性!理性の声にほかにない。
 今このとき、理性の声がいかに貴重で重要であるか。もしも、中国、日本、韓国など東アジアの国々の知識人が、憤怒でも感情的にでもなく、対岸の火事を冷淡に傍観するのでもなく、みな立ち上がって理性的に話をしたら、人々の感情をいくらか落ち着かせ、領土あるいは領土争いを口実に激憤している人々にも、一杯の冷たい茶を差し出すことができるかもしれない。…………
 私はいつも考えている。ひとつの国家、ひとつの民族の、文化、文学が冷遇され消滅するとき、面積などなんの意味があるというのか? 中国の作家として、政治は政治に帰し、文化は文化に帰すことを、これほどまでに切に望んでいる。政治が不穏であるとき、いかなることがあろうと、まず文化と文学という世界各国の人々の心と血管と蔦を互いにつなげる根を絞め殺してはならない。つまるところ、文化と文学は人類存在のもっとも深い部分の根であり、中でも、中日両国及び東アジアの人々が互いに愛し合うための重要な血管なのである。』

ピースあいちの戦跡見学会

2012-10-08 22:03:24 | Weblog
2012.10.8(月)
 今日はピースあいち戦跡班企画の見学会に参加した。目的先は岐阜県・関ヶ原の火薬庫跡と滋賀県平和祈念館である。
 午前9時、43名の参加者を乗せた大型バスで名東区一社を出発した。大半はピースあいちのボランティアであるが、その友達やまたその友達が集まっての大所帯となった。
 戦前、関ヶ原には名古屋市千種区にあった名古屋陸軍兵器補給廠の分廠として火薬庫があった。
 当時、陸軍は米軍の攻撃に遭わず、被害の少ないところということでこの地を選んだという。その規模は、450ヘクタールという広大な土地に、土塁をめぐらした地上倉庫27、半洞窟の倉庫15、山腹をくりぬいた洞窟式の倉庫5を造った。
 火薬は京都の宇治や東京の板橋から搬入され、有事の際に各軍需工場へ送られた。これらの倉庫群は市街地から遠く離れた山地のため、幸い火薬庫を狙った空襲はなかった。
 戦後は進駐軍により火薬は廃棄され、建物は破壊された。洞窟、営門、立哨台、土塁の一部が残っている。

 昼食は、近江八幡市にある西川やで近江牛のすき焼きという豪華な食事を堪能した。

 午後は滋賀県の東部、東近江市に今年3月開館した滋賀県平和祈念館を訪れた。20年も前から建設の声が上がっていたが、平成22年、旧愛東町の議会棟(合併して東近江市愛東支所)を改造して平和祈念館とすることとなり、今年3月開館の運びとなった。
 開館して半年を経過したが、すでに入場者は2万5千人を超えたそうで、さすがに県立の博物館だけのことはある。入館料が無料ということもあり、毎日150名から200名以上の入館者があるというから立派である。
 10名の常勤の県職員で運営されており、ボランティアは50数名登録されているという。
 施設も立派で展示品も多数あり、すでに3回の展示換えを行ったそうである。公立の施設とピースあいちのような民営の施設との大きな違いである。
 多勢の仲間との楽しい見学会であった。

認知症高齢者300万人を超える

2012-10-04 23:00:06 | Weblog
2012.10.4(木)
 今朝の中日新聞の社説は認知症高齢者の話題を取り上げている。その数が実に300万人を超えたと報じている。
 2010年の段階では、認知症の患者数は226万人といわれていた。その10年後の2020年には、300万人近くに達するであろうというのが厚生労働省の見解であったはずである。
 それから僅か2年の間にすでに300万人を超えたばかりか、13年先の2025年にはなんと470万人に達するとしている。
 百歳以上の老人は今年になって5万人を突破した。団塊の世代が65歳以上の年代に入ってきて高齢者比率はこれからさらに上昇の一途をたどることは明らかである。それにしても高齢者の認知症患者の増え方は尋常でない。
 認知症の介護は大変である。徘徊するし、ところかまわず失禁する。暴れる。暴言を吐く。火の不始末も気が許せない。精神科へ入院するケースも少なくないという。
 厚生労働省は今年6月、ケアの考え方を入院から在宅へ転換した。認知症の悪化を防ぐには「早期発見・早期治療」がキーワードであり、厚労省は認知症の診断ができる医療センターも整備し、来年度から5ヵ年で2万人を入院から在宅に移すとしている。
 わが街、緑区地域包括ケア推進会議では、認知症対策に重点的に取り組み、地域のケア力として認知症サポーターの養成に努めている。毎年認知症にかかる講演会を開催して地域の啓発にも努めている。

野田第三次改造内閣組閣の日に、オスプレイ普天間へ配備

2012-10-01 20:53:46 | Weblog
2012.10.1(月)
 野田佳彦首相は今日(10月1日)、内閣改造を行い、夕方に第三次改造内閣を発足させた。18人の閣僚中、10人が交代、8人が初入閣となった。
 交代した10人は、総務(沖縄北方)大臣に樽床伸二氏(53)、法務(拉致)大臣に田中慶秋氏(74)、財務大臣に城島光力氏(65)、文部科学大臣に田中真紀子氏(68)、厚生労働大臣に三井辧雄(わきお)氏(69)、環境(原発事故)大臣に長浜博行氏(53)、国家公安委員長(消費者)に小平忠正氏(70)、
金融・少子化担当相に中塚一宏氏(47)、郵政・防災担当相に下地幹郎氏(51)、
国家戦略・経済財政担当相に前原誠司氏(50)である。
 岡田克也副総理、藤村修官房長官、玄葉光一郎外相、枝野幸男経済産業相、森本敏防衛相、平野達男復興相、羽田雄一郎国土交通相、郡司彰農相は留任。
 何の新鮮味もない改造人事である。そもそも政権発足後僅か1年余で三度の改造人事は異例のことだ。 野田首相は消費税増税のための一体改革法案を通すに当たって「近いうちに」解散するといっていたが、もはやその近いうちとは「任期一杯」のこととなりそうである。

 さてこの内閣改造の日に、米軍岩国基地に一時駐機していた新型輸送機MV22オスプレイ12機のうち6機が今日午前、沖縄県宜野湾市の普天間飛行場に配備された。
 仲井真沖縄県知事は「県民の不安が払拭されない中で移動を強行するのは、理解を超えた話だ。安全保障と県民の安全は別問題。一日も早く普天間飛行場の移設・返還をしてほしい」と述べた。宜野湾市の佐喜真淳市長も「怒り心頭だ」と話した。
 本来、民主党政権はこうした問題には市民の側に立ってよい方向に解決してくれるものと思って政権交代を認めたはずであったが、いまや市民とは敵対する政権になってしまった。
 民主党政権の再来はもはやあり得なくなったいま、新しい野田政権は任期ギリギリまで抵抗するつもりであろう。今日はその終わりの始まりである。