名古屋から発するブログつぶて・凡人のひとりごと

身の回り、世間のできごとをを日記風に記す(紙つぶてならぬブログつぶて)。

将棋の藤井聡太氏 永世王位の称号を得る

2024-08-30 09:39:31 | Weblog
2024.8.30(金)
 将棋の藤井聡太氏(22)に渡辺明九段(40)が挑む「伊藤園おーいお茶杯第65期王位戦7番勝負」の第5局が27.28の両日。神戸市の旅館「中の坊隨苑」で指された。先手番の藤井王位が勝ち、タイトルを防衛。5連覇を達成し、史上最年少で「永世王位」の資格を獲得した。
 永世称号はタイトルを多く獲得した棋士に許される特別な呼び名で引退後に名乗るのが通例。王位選では通算10期以上が連続5期以上で得られる。
 藤井王位は2020年に当時のタイトルホルダー木村一基九段(51)を破り、史上最年少で王位を奪取。以後、防衛を続けてきた。
 これは正にたぐいまれな天才の出現である。中日新聞が号外を発行し、街頭で配ったというほどの出来事らしい。
 

秋も近づく今日この頃

2024-08-21 09:35:42 | Weblog
 2024.8.26(月)
 夏も終わりに近づいたが、今日も朝から太陽がさんさんと降り注ぎ、暑い一日である。風もなく、日が照り付けて外へ出ると途端に汗ばむ。
縁側に雀の好きなパンくずをおいたが、その雀も来ない。いつもならすぐ来るのに。灼熱の太陽とはこのことを言うのかもしれない。
 全国的な現象らしく、テレビもそうした状況を伝えている。残暑とは正にこういう状態を言うのであろう。寒さに弱く比較的暑さに強い自分としても、この暑さにはさすがにうんざりではある。
でももう秋はそこまで来ている。これからは、快適な日が続くであろうが待ち遠しい。夏も終わりに近づいた今日この頃である。


終戦79年戦没者追悼式

2024-08-16 11:38:28 | Weblog
2024.8.16(金)
 終戦から79年となった昨日15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で開催された。遺族約3千人など計4千人余りが参列。追悼の辞で遺族代表は、戦火が絶えない国際情勢に「一日も早く平和を」と願った。
 岸田文雄首相は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化を進める」と述べた。
 正午の時報に合わせ、全員が黙とう。天皇陛下はお言葉で「過去を顧み深い反省の上に立ち、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを願う」と読み上げられた。
 遺族代表で、父親が出征先で命を落とした福島市の安斎満さん(86)は「世界では今なお戦争が絶えることなく多くの犠牲者が出ており、一日も早く平和が実現することを祈る」と追悼の辞を述べた。
 式は昨年まで新型コロナウィルスの感染防止のため縮小開催していたが、今年は5年ぶりの通常開催となった。
 この日は各地でも追悼行事が行われた。市遺族連合会の小林俊造さん(80)は「父が犠牲になり、子供の頃から寂しい思いをしてきた。若い人には戦争があったことを決して忘れてほしくない」と話した。
 以上、8月16日(金)付 中日新聞朝刊より抜粋。
 

フィデール室内オーケストラ第2回定期演奏会を聴く

2024-08-13 10:35:44 | Weblog
2024.8.13(火)
 標題のオーケストラの演奏会を聴いたのは8月8日(木)であった。
 連れ合いが手に入れてきた入場券があったので、久しぶりに緑文化小劇場での演奏会を訪れた。20人余りの小規模の楽団であり、これで二度目の鑑賞である。
 曲目は、モーツアルトの「アイネ・ クライネ・ナハトムジーク」、同じくモーツアルトの魔笛の一節「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」、ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ], ドニゼッティの「あの眼差しに騎士は」、ブラームスの「ハンガリー舞曲第五番」、ホルストの組曲「惑星」から第4曲の「木星」、カルメン組曲から「闘牛士の歌」など5曲、最後にチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番から第一楽章」で締めくくった。
 20人余りの小規模の楽団だが、練習で鍛えてきた様子は垣間見えた。ほとんどが女性だったが、5人ほどの男性が頑張っていたのは微笑ましかった。すがすがしい気持ちで帰ることができた。聴衆も大きな拍手でその演奏をたたえたのは良い雰囲気であった。爽やかな気持ちで帰宅した。

財友会に参加

2024-08-08 09:05:22 | Weblog
2024.8.8(木)
 昨日8日の夕方に、筆者が元働いていた職場の「財友会』なる食事会が大津橋にあるホテルの「アイリス愛知」で開催された。これに連れ合いと参加した。40人程の参加者で会は賑やかに進んだ。
これまでは毎年開催されていたが、今回は1年、間が空いての開催であった(と思う)。
 食事をとりながら、それぞれが改めて自己紹介と近況を報告し合った。筆者は最高齢に属する方だったので、顔なじみはほんの数人になっていた。職場は男性中心だったので、女性の参加者は筆者の妻を入れて2名のみであった。
 酒を酌み交わしながらの雑談ではあったが、あっという間の2時間であった。筆者の顔なじみはほとんどいなく、若い財務担当者ばかりで、お互い話し合う機会とはならなかったのは残念であった。
 これからもこの会が賑わうことを期待して、会場を後にした。
 

今日8月6日は「原爆の日」

2024-08-06 19:27:19 | Weblog
2024.8.6(火) 
 広島は6日、米軍による原爆投下から79年の「原爆の日」を迎え、広島市の平和記念公園で午前8時から「原爆死没者慰霊式・平和祈念式』が営まれた。松井一実市長は平和宣言で、混迷する世界情勢    下で核抑止力に依存する為政者に政策転換を促そうと呼びかけた。その上で、世界中の指導者に「断固とした決意で対話すれば、危機的な状況を打破できる」と訴えた。
 また、ロシアによるウクライナ侵攻の長期化やパレスチナ情勢の悪化に言及。各国が信頼関係を築く為、日本政府に核拡散防止条約(NPT)再検討会議でのリーダーシップ発揮を求めた。
さらに、来年の核兵器禁止条約第3回締約国会議にオブザーバー参加し、一刻も早く締約国となるよう要請した。
 岸田文雄首相は式典で「非核三原則を堅持して、核兵器のない世界の実現に向けて努力を着実に積み重ねていくことは、唯一の戦争被爆国である我が国の使命だ」とあいさつした。
 式典は事実上の核保有国で、パレスチナ自治区ガザを攻撃するイスラエルを含む109ヵ国と欧州連合(EU)代表が出席。 原爆投下時刻の午前8時15分、会場内外で黙とうがささげられた。小学6年生の石丸優斗君(12)が「平和への誓い」を朗読した。 新たに5079人を追加し、総計34万4306人を記帳した原爆死没者名簿を慰霊碑の石室に奉納した。
 全世界の被爆者は今年3月末時点で106,825人。平均年齢は85.58歳と高齢化が進む。




、、

漁師旅館 内藤屋に泊まる

2024-08-05 12:39:17 | Weblog
2024.8.5(月)
 昨日4日の日曜日から今日5日(月曜日)にかけて連れ合いと、南知多町山海の漁師旅籠「内藤屋」に連れ合いと出かけた。 「うまい魚はここにあり」とうたって繁盛している旅館で、ここにはすでに何度も訪れているところである。
 屋上の露天風呂と天然温泉の内風呂に浸かった後、伊勢湾の近海で捕れた新鮮な魚介類をしっかりといただき、これに過ぎることのない大きな満足感を味わえたのはいつもの通りである。タコのまるゆでやヒラメのお造りは特に逸品であった。これで、宿泊代は一人9,720円とは、何とも格安である。
 好天に恵まれた夏の暑い日ではあったが、朝食をいただいた後、知多半島道路をひた走り、昼前には無事自宅に帰ることができた。