田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

あたし青山の秋が好き、あなたは……8/麻屋与志夫

2011-08-21 08:58:15 | Weblog
8

 夏だった。
 墓地には、体や足に白いまだらのある藪蚊がむれていた。
 さされるとひどく痒かった。
 
 頭山満? だったろうか。
 記憶もさだかではなくなっている。
 右翼の大物の墓だったことは確かだ。
 苔むした石の境界柵に腰を下していた。
 柵は太い鉄の鎖でつながれていた。
 
 鎖にかけた腰を、誰かが揺すっている。
 
 赤さび色の鉄の粉が光に浮いていた。
 揺すられるたびに、さび鉄の粉がこぼれおちているのだった。
 鎖の擦れる、がさつな摩擦音がしていた。
 蚊にさされて足や腕の皮膚がはれあがっていた。
 後に竹書房を創設する今は亡き、野口恭一郎がいた。
 作家となる板坂康弘。
 シナリオライターの松元力。
 夭折したときいている北村篤子。
 敬称は必要としないほど仲がよかった。
「シナリオ現代」という同人誌をだそうと話題はもりあがっていた。
 
 誰かが。
 わたしだったのかもしれない。 
 新聞紙に火をつけた。
 煙で蚊をおいはらうためだ。
 かわききった新聞紙は期待通りには、煙をあげてはくれなかった。
 赤い炎の舌をちょろつかせて燃え尽きた。
 そのうえに新聞紙を重ねた。
 パトロールしていた警官をひきよせることになった。
 蚊をおいはらう煙が、警官を呼び寄せてしまった。
 時子が涙をぽろぽろこぼしてあやまってくれた。
 たまたま、墓地を散歩しょうということで、わたしと一緒にいたのだった。
 若いお巡りさんは――。
 時子の涙をみるとじぶんがなにか悪いことをしたように、赤面した。
 説諭されただけですんだ。

「演技賞だよ」 
 とみんながポケットの底をはたいて、かき集めたお金が三百円になった。

「これでコーヒーでも飲んでよ」

 時子とわたしはそれを遠慮なくいただいた。
「いつ……わたしが主演の戯曲をかいてくれるの」
「シナリオと戯曲のセリフのちがいがつかめたら……」
「約束よ……」
 時子は小指をさしだした。
「わたし、記憶力がないから……ながいセリフはいやよ」

 六本木まで歩いた。
 デェーモンでコーヒーを飲んだ。

「デェーモンでなに話たのだろう」
「わすれたわ」
「ヌーベル・バーグの話でもしたのだろうな」
 思いだせないでいると、彼女がつぶやくように言った。
「どうして、若者があんなにビンボウしていたのかしら」
「日本が高度成長経済に沸くまえだったから」
「いまのようにバイトで働くこともできなかったわ」
 東京オリンピックまで5年。
 東京タワーの基礎工事がはじまっていた。
「三丁目の夕日」の頃だ。
 若者がヤングなどと呼ばれることはなかった。
 独身貴族などという表現もなかった。
 
 せめて老人医療がいまのような制度になっていれば――。
 わたしの苦労は半減されていたはずだ。

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