田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

あたし青山の秋が好き、あなたは…… 4 / 麻屋与志夫

2011-08-17 09:47:54 | Weblog
4

「いまでも、鹿沼に住んでいるの」
 現実のわたしは、何か話していたらしい。
「単身……残留ですよ」
 時子が「えっ」と……説明を求めるように首をかしげた。
 ああこの癖。
 なにかわからないことをきいたときの癖。
 説明を求めるときの癖。
 なつかしかった。
「子供たちは、都会で生活させたいので……」
 
 あの頃、麻布霞町にあったシナリオ研究所に通っていた。
 時子は青山一丁目の外苑よりに稽古場のあったM劇団の研究生だった。
 研究生同志は、卵と卵はある朝、外苑を散歩していて知り合ったのだった。
 神宮の森を吹き抜けていく風に、時子の長い黒髪がたなびいていた。
 風に色や匂いをかぎとることのできる年頃だった。
 風だけではない。
 樹木も芝生も古びた木製のベンチすら輝いていた。
「ぼくはこの朝の出会いのことをいつまでも忘れない」
 若さから夢中で、そんなきざなことを彼女に言った。
 時子はなんと応えたか。

 それからのふたりは、毎朝のように、はじめて会話を交わしたベンチで会った。
 華麗な会話の絨毯を織りあげようと――言葉を紡いでは糸として交差させた。
 過ぎいく時を堰き止めようとしていた。
「ぼくの戯曲で、時ちゃんが主演で……」
 臆面もなく、話は絢爛豪華に飛翔していくのだった。
 愛などという言葉はささやかれなかった。
 愛などという言葉を必要としないほど、ふたりは理解し合っていた。
 すくなくとも、わたしはそう信じていた。


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