田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

旅たちの詩 「絵の中の雪」/麻屋与志夫

2011-08-05 05:31:09 | Weblog
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「はいつきました」

運転手がドアをあけてくれた。
わたしはうとうとしていたらしい。
亜莉沙はどこにもいない。
夢でもみていたのだろうか。
だが車は懐かしい青葉区滝道の実家についていた。

玄関に家族のものがそろっていた。
「お母さんだめだったの」
「どうしてそれを……」
兄がけげんな顔をした。
さっさと、外に出ようとしている。
すっかり老いた義姉の友子の顔も青い。
何かおかしな雰囲気だ。
ふたりとも、せっぱつまった顔をしている。
亜莉沙の弟もいる。
妹もいる。

「亜莉沙が……美智子さんを向かいにいく途中で、
スリップ事故で……」            

友子が咳き込んでいる。
病院に駆けつけるところだという。
不吉な予感。
今までわたしと話をしていた亜莉沙は、ゴーストだったのか。
わたしは、兄の運転するワンボックスカーにあわただしく乗りこんだ。

「あの子は、漫画家になりたいなんていいだしたの」
幕張メッセのコミック・マーケット。
自費で出した本をもって亜莉沙はなんどもそこまででかけていった。
と、友子がつぶやく。

「大森によってくれればよかったのに」
「あなた、大丈夫よね。亜莉沙は死なないわよね」
「ごめんなさい。そんなに重態だったの」
「昏睡状態らしい」

ああこれはだめだ。
最悪だ。
あの子は、わたしにお別れに来たのだ。
果たせなかった夢を。
わたしにだけは伝えておきたかったのだ。
座席に、亜莉沙のコミックブックがあった。

「旅たちの詩」と表紙の題字はよめた。
若い女の子が滝道の家から。
雪の雑木林を背景に出かけていく絵だった。
顔は私の娘時代に似ている。
家族の伝説となっているわたしの家出。
――に。
亜里沙は、自分の願いを重ねて描いたのだろう。

娘は真紅のロングマフラーで髪をおおつていた。
前方をきっと見つめるおおきな目が美しかった。
雪は金箔で表現れていた。
黄金色に輝く夢。
絵の中の雪。
解けることのない雪。
わたしは才能を感じた。
ストリーは東北の寒村に生まれた娘が、
小説家を志し太宰治の文庫本を片手に、
旅立っていくというものだった。



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コメント
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