■Boettcher先生の残された「詩編80」、そして若い音楽家の芽生え■
2021.3.8 中村洋子
★故 Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生が
60歳の時に「Brandis Quartett ブランディス四重奏団」として
録音された、Mozart モーツァルトの≪木管楽器のための
室内楽作品集:Rothar Koch ローター・コッホ 、Gert Seifert
ゲルト・ザイフェルト、Karl Leister カール・ライスター≫の
リマスタリングCD「TMNI-20002」が、もう到着しました。
★早速、聴きました。
先生の途切れることのない、柔らかなビブラートのかかった響き、
澄み切ったピチカート、全身が暖かく包み込まれるようです。
音楽への愛情、優しさに裏打ちされています。
各管楽器の演奏の素晴らしさ、溜息が出るほどです。
名曲中の名曲を、このようなマエストロの演奏で楽しむことが
できる幸せを、しみじみ感じます。
★Boettcher ベッチャー先生の思い出で、書き残したことが
ありました。
先生はご自分の葬儀について、≪Mozart モーツァルトの
「弦楽五重奏曲」C-Durを演奏するだけで、スピーチはなし≫と、
おっしゃいましたが、 もう一つありました。
≪the Bible 聖書の「Psalms 詩編80」を朗読する≫。
詩編の番号をわざわざ手帳に書き、メモとして下さいました。
★日本語訳をご紹介いたしますが、何種類もある訳のうち、
私には、1955年版が最も先生の思いが伝わると、思います。
★Psalms 詩 編 90 『神の永遠性と人生のはかなさ』
1 主よ、あなたは世々われらのすみかで/いらせられる。
2 山がまだ生れず、あなたがまだ地と世界とを造られなかったとき、
とこしえからとこしえ まで、あなたは神でいらせられる。
3 あなたは人をちり(塵)に帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、
夜の間のひと時のようです。
5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。
彼らはひと夜の夢のごとく、あしたに もえ(萌え)でる青草のようです。
6 あしたに もえ(萌え)でて、栄えるが、夕べには、
しおれて枯れるのです。
7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって
滅び去るのです。
8 あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪を
み顔の光のなかにおかれました。
9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、
われらの年の尽きるのは、 ひと息のようです。
10 われらのよわい(齢)は七十年にすぎません。
あるいは健やかであっても八十年でしょう。
しかしその一生はただ、ほねおり(骨折り)と悩みであって、
その過ぎゆくことは速 く、われらは飛び去るのです。
11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。
だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/
あなたの憤りを知るでしょうか。
12 われらにおのが日を数えることを教えて、
知恵の心を得させてください。
13 主よ、み心を変えてください。いつまでお怒りになるのですか。
あなたのしもべをあわれんでください。
14 あしたに、あなたのいつくしみをもって/われらを飽き足らせ、
世を終るまで喜び楽しませてください。
15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった
多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。
16 あなたのみわざを、あなたのしもべらに、あなたの栄光を、
その子らにあらわしてください。
17 われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、
われらの手のわざを、われらの上に/栄えさせてください。
われらの手のわざを栄えさせてください。
★印象深い句を普通の漢字に直してみますと、
4 あなたの目の前には千年も 過ぎ去れば 昨日の如く、
夜の間の一時のようです。
5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。
彼らは一夜の夢の如く、明日に萌えでる
青草のようです。
6 明日に 萌えでて栄えるが、夕べには、
萎れて枯れるのです。
10 われらの齢は七十年に過ぎません。
あるいは健やかであっても八十年でしょう。
しかしその一生はただ、骨折りと悩みであって、
その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。
17 われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、
われらの手の技を、われらの上に栄えさせてください。
われらの手の技を栄えさせてください。
★先生の意を、お聴きすることはありませんでしたが、
この詩編のエッセンス≪人生は一夜の夢の如く短い、
明日に萌えでて栄え、夕べには萎れて枯れる、
一生はただ骨折りと悩み、手の技を、われらの上に
栄えさせてください≫に、共感されていたことでしょう。
人生は短い、短いゆえに、手の技を栄えさせたい。
そして、“自分は手の技を栄えさせた”
”自分の芸術を作った”という自負が、
おありになったことでしょう。
★先生と、葛飾北斎(1760-1849)の話をしたことがありました。
卒寿(90歳)で亡くなった北斎は、当時としては驚くべき長寿、
それでも「画狂人北斎」と呼ばれるように、
“今日よりは明日、明日よりは明後日、より巧く絵が描ける”
死ぬまで絵筆をとり、終生がひたむきな努力一途の人でした。
その話をしますと、先生は「自分も全く同じである」と、
深く、頷かれました。
★「寒い、寒い」と言っているうちに、
野原では、春が頭をもたげていました。
土筆(ツクシ)がもう、すっくりと全身を現していました。
私は土筆の卵とじが、大好きです。
その仄かな苦みに、春が籠っています。
★先生の訃報第1報を、知らせて下さったドイツのチェリスト
Hauke Hackさんから、うれしいお便りが届きました。
今度は、“音楽の“芽生え” のお便りです。
★お嬢さんの Anouchka(チェロ)さんとKatharina(ピアノ)の
DuoデビューCDが、NYにある「The Violoncello Foundation」の
「9th Listeners'Choice Award」にノミネートされた5つの
CDのうちの、1つになったそうです。
http://www.violoncellofoundation.org/ninthlistenerschoiceaward.html
おめでとうございます。
★リスナーは、5つのCDのうち、気に入ったCDに投票する仕組み。
CDを選択し、メールアドレスを記入し、このチェロ財団からの
情報を希望するかどうか決め、VOTEをクリックしてください。
一般投票は3月15日までです。
「日本のお友達と、この情報を共有して頂けましたら幸いです」。
★デビューCDは、Dmitri Shostakovich ショスタコーヴィチ
(1906-1975)の作品です。
Duo Anouchka & Katharina Hack, Cello & Piano release
their Debut album on GENUIN classics
Dmitri Shostakovich (1906-1975)
Sonata for Violoncello and Piano in D minor, Op. 40
Sonata for Viola and Piano, Op. 147
(transcribed for Violoncello and Piano by D. Shafran)
Prelude from Five pieces for two Violins and Piano
(Arr. L. Atowmjan; Version for 2 Violoncelli)
★演奏の抜粋は以下で試聴できます。
https://en.cello-piano.de/cd
・crazy:https://www.youtube.com/watch?v=AF-vv8V354I
(チェロ・ソナタ作品40より)
・calm: https://www.youtube.com/watch?v=T84S-TZhn0A
(ヴィオラソナタ作品147、チェロ版より)
・romantic: https://www.youtube.com/watch?v=S0755hflJ4w
(前奏曲作品97、第2チェロのゴーティエ・カプソンとの共演)
★ハウケさんの“Op.1”と“Op.2”である Anouchkaさんと
Katharinaさんは、まだ可愛いいお嬢さんとばかり
思っていましたが、もう立派なソリストになられていました。
アノーシュカ&カタリナのCDが受賞し、ソリストとして、
大成されることを、心から願っております。
★ハウケ・ハックさんは、ドルトムントのチェリストで、
楽譜の出版もなさっており、私の楽譜を出版して
くださっています。
https://www.hauke-hack.de/
https://hauke-hack.de/page12.php
実は、その楽譜の表紙の絵は、妹のカタリナさんが描いたものです。
・チェロ三重奏曲集≪Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロトリオ集
7 Trios für 3 junge Cellisten 若いチェリストのための≫
・チェロ四重奏曲集≪Zehn Phantasien für Celloquartett
für junge Cellisten チェロ四重奏のための10のファンタジー
若いチェリストのための≫
http://hauke-hack.de/data/documents/HH-Edition_21.pdf
http://hauke-hack.de/data/documents/HH-Edition_25.pdf
http://hauke-hack.de/data/documents/HH-Edition_26.pdf
★Boettcher ベッチャー先生が逝去され、悲しみは深いのですが、
私の作品を評価して下さったソプラノ歌手 Hildegard Behrens
ヒルデガルト・ベーレンス(1937-2009)先生が、来日直後に
急逝された時のことを、思い出しました。
その際、ベッチャー先生が私に下さったお手紙に、
今は励まされています。
★ベッチャー先生は、「彼女は、なんと知的で暖かく、
そして偉大な歌手だったことでしょう。
人生は流れていきます。
私たちは、練習し、演奏し、教えなければなりません」。
★この「彼女、歌手」を「彼、チェリスト」に置き換えると、
そのまま今の私への手紙になります。
「彼は、なんと知的で暖かく、そして偉大なチェリストだった
ことでしょう。人生は流れていきます。
私たちは、練習(勉強)し、演奏(作曲)し、
教えなければなりません」。
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