■シューマンの指使いから、Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む■
~「マリーのためのピアノ小曲集」の第1番、「ルードヴィヒのための子守歌」~
2020.12.9 中村洋子
★12月は21日が冬至です。
一昨日12月7日は暦の上では「大雪」でした。
いよいよ冬も“白い底”に向かって、歩を進めています。
≪冬ごもり 心の奥の よしの山≫ 蕪村(1716-1783)
★以前も当ブログでご紹介した句ですが、
コロナ禍の今年一年は、春、夏、秋、そして冬と
「籠りの一年」でした。
以前、それほど深く感じなかった「心の奥のよしの山」が
痛切に、胸に響きます。
皆さまも、心の奥の吉野の満開桜を思い描きながら
この一年を過ごされたのではないでしょうか。
★前回ブログで取り上げましたRobert Schumann
ロベルト・シューマン(1810-1856)の
「マリーのためのピアノ小曲集」の第1番
「ルードヴィヒのための子守歌」のフィンガリングは、
このようになっていました。
★この曲は、少しの変更を経て「子供のためのアルバム
(ユーゲントアルバム)」の第3番「ハミング」となります。
「ルードヴィヒのための子守歌」1小節目右手の
1、2、3拍目の「4. 3. 1」のフィンガリングは、
どんな意味があるのでしょうか?
★常識的には「3. 2.1」としてよい筈です。
「4. 3. 1」とすることにより、冒頭音「e²」を、
(「3」の指ほど器用ではないものの)デリケートで、
柔らかい音色に適した「4」の指で、弾くこととなります。
★「3」の指は中指、「4」の指は薬指です。
常識的な「3」指でなく、「4」指で冒頭音「e²」の音を
タッチしますので、これを弾く子供(大人も)、注意深く
「e²」の音に耳を傾けながら、打鍵すると思います。
★右手2拍目「d²」の「3」指は、順当な指使いですが、
右手3拍目「c²」が「2」指でなく、わざわざ「1」指で
あることが、要注意です。
「2」指は人差し指、「1」指は親指です。
力強い「1」指を使うことで、「1」指の「c²」から、
何かが始まる予感がします。
★その「何か」とは、1小節目3拍目1指の「c²」から、
「c² d² e² f² g² ド レ ミ ファ ソ」の、伸びやかな旋律が
浮かび上がることでしょう。
この旋律の頭部「ド レ ミ」は、左手2小節目3指「c¹」と
2指「e¹」とで、「カノン」を形成することが、
幼い子供にも、頭からではなく、指の感覚から、
体験できるのです。
★更に、この2小節目左手1、2、3拍目の「c¹ d¹ e¹」は、
1小節目右手1、2、3拍目の「e² d² c²」逆行形にも
なっています(反行形とも言えます)。
★それでは、1小節目左手の1、2、3、4拍目
「c¹-h-a-h」の「3-4-5-4」指は、何を意味している
のでしょうか?
Schumannは、この曲を何故か、1段目5小節、2段目5小節、
3段目5小節、4段目1小節で、記譜しています。
全16小節ですので(Da Capo部分を加えますと全24小節)、
もし1、2、3、4段をすべて4小節で記譜しますと、
とても区切りがよいのです。
しかしSchumannは、そうはしていません。
★1段目の右端4、5小節目を見てみましょう
(5~8小節は、1~4小節目の変化を加えた反復です)。
大変興味深いことに、右手には、2~8小節間全く
フィンガリングが、記載されていません。
しかし、Schumannは1~8小節目までの左手に、克明に
フィンガリングを、書き込んでいることです。
★これはシンプルな見かけとは裏腹に、豊かな対位法に
満ちたこの曲を弾くためには「いつも左手(下声)に耳を
傾けなさい」というSchumannの気持ちの現れ
だからでしょう。
★4小節目3拍目から5小節目3拍目までは、
「a - h - c¹」と「c¹ - h - a」の逆行形(反行形)が、
形成されています。
この逆行形の中心となるのが「1点ハ音c¹」です。
見事です(見事の理由は、この文章の最後に書きました)。
これにより、1小節目3拍目から2小節目1拍目までの
「a - h - c¹」に、「5 - 4 - 3」のフィンガリングが付けられて
いた理由が、分かります。
★目を3小節目左手部分に戻しますと、驚くことに、
3、4拍目「c¹-a」に「4-5」のフィンガリングが、
付いています。
これは明らかに、1拍目の左手部分の「c¹ - h - a」から、
展開されています。
★まとめますと、1小節目冒頭で提示された左手
「c¹ - h - a」は、3小節目3、4拍目で圧縮されて、
「c¹-a」となり、4小節目3、4拍目で逆行「a - h - c¹」
に変化する。
5小節目は、1小節目の反復ですが、あたかも4小節目の
「a - h - c¹」の逆行のように、「c¹ - h - a」を再提示する
という、曲の構造です。
これが、 Bachを源流とする「対位法」です。
★そして、2段目冒頭小節が、6小節目となることにより、
1小節目右手「e² d² c²」と、6小節目左手「c¹-d¹-e¹」の
逆行(反行)の関係が、より鮮明に伝わるのです。
★6小節目は、2小節目の反復なのですが、
ここで注意したいのは、
2小節目の左手2拍目にはなかった3指のフィンガリングを、
Schumannは、6小節目に新たに付けていることです。
これによって、弾いている子供は、より強く「c¹-d¹-e¹」を
指から直接、感じ取れることでしょう。
この「ド レ ミ」こそ、Bachが平均律1巻序文で、
高らかに宣言した『調性とは何か』を、
解き明かす≪長3度≫なのです。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
★「見事」と先ほど書きましたのは、≪長3度≫「ド レ ミ」の
の中心である「ド c¹」を、1、6小節で明確に中心に据える
ことで、「ド c¹」を強調しているからです。
Schumannの「子供のためのアルバム」を弾くには、
「マリーのためのピアノ小曲集」の勉強も是非、
加えてください。
https://www.academia-music.com/products/detail/23286
★「冬の底」より、更に美しい音楽の奥底を、
旅することができます。
Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)
校訂版については、また次回ブログでご説明いたします。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲