■芭蕉とバッハの真筆を見る、Chopin「雨だれ」の骨格はBachのmotif■
~第3回≪Bach「平均律第1巻」と、この1巻を源泉とする名曲≫アナリーゼ講座~
2019.10.10 中村洋子
★松尾芭蕉(1644-1694)が、「奥の細道」を旅した1689年
(3月下旬~8月下旬)から、今年は330年たちました。
先月、出光美術館開催の企画展「奥の細道三三〇年芭蕉展」を
拝見しました。
★開催中に是非、このブログで皆さまにご紹介したいと
思ったのですが、慌ただしく過ごしている間に、
会期も終ってしました。
芭蕉の「奥の細道」の自筆につきましては、私の著書
「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」の、
30~32ページ《芭蕉の「奥の細道」は、Bachの自筆譜に通じる》を、
是非、お読み下さい。
★今回の展覧会には、「奥の細道」の自筆は展示されず、
出光美術館所蔵の、短冊や懐紙に書かれた発句(現代の俳句)の
芭蕉真跡(真筆)が、多数出品されていました。
★芭蕉の真筆をこれだけ一同に見ることは、
初めての得難い経験でした。
★「奥の細道」を少しずつ読んでいきますと、クラシック音楽の規範
である「平均律クラヴィーア曲集」のように、俳諧の規範であり、
与謝蕪村(1716-1783)が、何故、あれほどまでに芭蕉に心服したか、
まで段々と分かってきました。
★展覧会にはその蕪村の書画一体となった「奥の細道図」も、
その一部が、出品されていました。
京都国立博物館蔵で、以前、全巻を美術館で見たことがあります。
今回その一部と、更にそれの模写が出品されていました。
★蕪村真筆は、気迫に満ちた名品。
横井金谷・よこい きんこく(1761-1832)という浄土宗の僧侶で
文人画家による 蕪村の「奥の細道図」の模写も出展されていました。
横井 金谷の蕪村に対する尊敬と、その天才を己が物にしようとした
気持ちの良い作品でした。
模写を見る時に興味深いのは、「真実を写そう、写そう」としても、
思わず溢れ出る「模写」氏の個性でしょう。
★模写とは少し異なりますが、クラシック音楽では「編曲」が、
同じ意味を持っているのかもしれません。
若いBachが、Vivaldiヴィヴァルディ(1678-1741)の
Violin協奏曲を鍵盤楽器に編曲した作品が、数曲残っていますが、
Vivaldiの作品から、Bachの天才が溢れ出て、
渦を巻いているような作品です。
Bachの個性を、ここからはっきりと、つかみ取ることができます。
★前述の私の著書、231~235ページにかけての
「モーツァルトは、バッハの4声フーガを弦楽四重奏に編曲して勉強」
も、同じことでしょう。
★10月19日の≪Bach「平均律第1巻」とこの1巻を源泉とする名曲≫
アナリーゼ講座(全4回)第3回目は、Beethoven(1770-1827)の
「月光ソナタ」、Chopin(1810-1849)の「雨だれ」です。
幸いなことに、「月光」の冒頭13小節分の欠損を除き、
「月光」、「雨だれ」とも、自筆譜が現存しています。
★蕪村の「写譜」氏の顰に倣い、まずは、この二曲の写譜をしました。
Chopin「24のプレリュード」Op.28の第15番、通称「雨だれ」の
自筆譜は、横長の五線紙3ページにびっしりと書き込まれています。
1ページ目は、大譜表5段分で、1~31小節。
2ページ目は、大譜表4段分で、下段の1段分は余白で、32~66小節まで。
3ページ目も同じく、大譜表4段で、最後の1段分は余白、67~89小節まで。
★大譜表1段の横は、長さが23~23.2㎝です。
この小さくびっしりと書き込まれた楽譜の中に、Chopinの「大宇宙」が
存在します。
★この曲を勉強するためには、先ず「自筆譜」から学び、
その水先案内として、天才Debussyドビュッシー(1862-1918)の
校訂版 https://www.academia-music.com/products/detail/128676
を紐解き、さらに2016年に出版されたBärenreiter
ベーレンライター版 https://www.academia-music.com/products/detail/129883 を
参考にするのが、最良の方法と思います。
★Bärenreiter版の優れているのは、Chopinがお弟子さんを
レッスンする際に自分で書き込んだ Fingeringを、掲載していることです。
この「自筆譜」、「ドビュッシー版」、「ベーレンライター版」について、
講座で詳しくお話し、Chopinの音楽に迫っていくつもりです。
★ところで、「雨だれ」は1~27小節が「Des-Dur 変ニ長調」、
28~75小節は「cis-Moll 嬰ハ短調」、76~89小節は、
「Des-Dur 変ニ長調」に復調します。
「Des 変ニ音」と「cis嬰ハ音」は異名同音です。
★この冒頭1~27小節を「Des-Dur」でなく、異名同音調の
「Cis-Dur」に書き換えてみますと、興味深い発見が
たくさんあります。
★まずは、Chopinが書いたまま「Des-Dur」で写します。
★これを、Cis-Dur で書いてみます。
★1小節目冒頭の上声「eis²-cis²-gis¹」が、何やらBachの
「平均律第1巻」3番Cis-Dur プレリュード冒頭に似ています。
★「平均律第1巻」3番プレリュードの下声を見てみます。
バス声部は、「cis-dis-eis-fis-dis-cis」と進行していきます。
★Cis-Durに書き換えた「雨だれ」2小節目4拍目から、
4小節目3拍目上声も「cis²-dis²-eis²-fis²-dis²-cis²」です。
★骨格となるmotif モティーフを共有していることに、
驚かされます。
これは、ChopinがBachの真似をした訳ではありません。
Chopinは、プレリュードOp.28を、ほぼ書き終えた後、
旅先のマジョルカ島に持参した楽譜は「平均律クラヴィーア曲集」と、
その他わずかな楽譜だけだった、と言われます。
★それだけ深く勉強したBachが血肉化し、滋養をたっぷりと
吸い取った後、プレリュードOp.28の太く豊かな幹となり、
枝葉を繁らせたと、見るべきでしょう。
★先月は、芭蕉の真筆だけではなく、Bachの自筆譜の実物を
見る機会がありました。
Choral From the Depth
Passion music according to St,Luke No.40
Handwriting Written in 1740's
冒頭に、Bachの字で「Aus der Tiefen( 深きところより)」
と書かれていました。
1730年にバッハが書いた「ルカ受難曲」の40曲目と一致するコラールで、
1740年代に再演した際、コラール旋律を改変し、
終結部を書き換えたコラール、という説明がありました。
★いつもファクシミリでしか見たことのない、
Bachの紛れもない真筆。
9月は、同じころに活躍した芭蕉とBachの作品を直に見ることの
できた得難い月でした。
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