音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「平均律第1巻 第8番」 (Preludeと Fugaが異名同音調)講座のお知らせ■

2017-12-30 19:22:14 | ■私のアナリーゼ講座■

■「平均律第1巻 第8番」 (Preludeと Fugaが異名同音調)講座のお知らせ■
~私のチェロ四重奏がカワイ表参道で展示~
~Bartók校訂「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」
                            再版される~                   

                2017.12.30 中村洋子

 

 

 

★2017年もあとわずかです。

≪ゆく年やしきりに岸へいどむ波≫ 久保田万太郎

先日、冬の海を見てきました。

岸壁に寄せては返す波。

もちろん、岸壁はびくともしません。

Bachです。

弛まず挑戦を続ける営みを続けたいと、思います。


★前回ブログでご紹介しました、私の作品の最新刊

≪Zehn Phantasien für Celloquartett (Band2,Nr.6-10)
   チェロ四重奏の為の10のファンタジー(第2巻、6-10番)≫が、

東京の「KAWAI表参道」で、展示されています。

どうぞ、お手に取ってご覧ください。

 

 

 

★半年先の講座のご案内です。

6月27日(水)KAWAI名古屋で、

「平均律第1巻 第8番」 es-Moll 変ホ短調  Prelude

 

 

  

 

第8番 dis-Moll 嬰二短調  Fuga

 

 

 

                                 のアナリーゼ講座を開催いたします。http://www.kawai.jp/event/detail/1133/

 

★この「平均律第1巻 8番」は、平均律1巻24曲、平均律2巻24曲

計48曲中唯一、 Preludeと Fugaの調性が、

「異名同音調」によって、作曲されています。


★「異名同音調」につきましては、私が今年出版いたしました

「Bärenreiter ベーレンライター 平均律第1巻楽譜」添付の、

≪注釈書≫で詳しくご説明しております。

https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/

14~15ページの「注4、5、6、7、 9、10」を、お読み下さい。


★Bachはなぜ、この「第8番」を、

Prelude と Fuga を「es-Moll」に、


あるいは、Prelude と Fuga を「dis-Moll」に


しなかったのでしょうか?

 

Prelude を「es-Moll」に、Fuga を「dis-Moll」にすることにより、

何を表現したかったのでしょうか?

Bachが自ら書いた「序文」との関係は?

これを講座でお話したいと思います。

「しきりに岸にいどむ波」ですね。

 

 


Bartók Béla バルトーク(1881-1945)は、

平均律1、2巻計48曲を、独自の配列で並べ、

「全2巻」の曲集として、校訂しました。

この第1巻8番は、Bartók校訂版「第2巻」に収録されており、

通し番号で「44番」です。

その前の「43番」は、「1巻第4番 cis-Moll 嬰ハ短調」、

「45番」は、「1巻第20番 a-Moll イ短調」です。


★Bartókは、この「平均律第1巻 第8番 dis-Moll  Fuga」を、

「es-Moll 変ホ短調」に書き換え、 Prelude& Fuga とも、

「es-Moll 変ホ短調」と、しています。


★この点は、少し残念な気もしますが、

Bartókのフィンガリングは、この8番を、

見事に、アナリーゼしてます

Pr(a)eludium44 の冒頭は、このようなフィンガリングです。




右手上声1、2、3小節の冒頭部は、「b¹ ces² d²」で、

すべて tenuto テヌートが付けられています。



 

「b¹→ ces²→ d²」と進行しますと、

 次に、どんな音を期待するのでしょうか?

そうです、「b¹→ ces²→ d²→es²」というように、


 


 「es²」に到達するのが、ごく自然な音の流れでしょう

 

★1小節目を1単位として、2小節目を同型反復、

3小節目を同型反復の3回目としますと、このようになります。


 

これが、ごく一般的な凡庸な同型反復と、言えましょう。


★Bachは、機械的、無機的な同型反復の音楽を、

ほとんど書かなかった作曲家です。

 

 


★これにつきましては、前述の平均律1巻≪注釈書≫の

17~20ページにかけての「注17」を、お読み下さい。

「平均律1巻第4番 cis-Moll 嬰ハ短調」を、例として、

Bachの「同型反復」について、詳しく説明しております。


20~23ページにかけての「注18」は、

「7番 Es-Dur 変ホ長調」 Fuga の解説で、

「同型反復」について、さらに踏み込んでご説明しました。


★お話を元に戻しますと、

「b¹→ ces²→ d²」と進行し、「es²」に進むことが期待された

「es音」は、どこに存在するのでしょうか。

 

★3、4小節を見てみましょう。


 

4小節目上声の冒頭を見て下さい。

「ges¹→  f¹→  es¹」で、やっと「es音」が、出現します。

 

 

3小節目冒頭の「d²」の後、Bachは巧みに「es音」の出現を、

避けています。


★それでは「d音」とは、何なのでしょう?

そうです、「d」は、「es-Moll」の第7音、「導音」なのです。

 

 

この導音は、強烈に主音「es音」を指向していますが、

3小節目冒頭で、「d²」を提示した後は、

4小節目の「es¹」まで、この導音は解決しないのです

それも、ありきたりな「es²」の音高ではなく、

深く厳しい「es¹」に、解決します。

 

 


★「d²→es¹」は、長7度音程、非常に厳しい不協和音程です。

Bachは、3小節目冒頭の「d²」の解決を、遅らせたばかりでなく、

本来「d²→es²」と進行すれば、

得られるはずの穏やかな「短2度音程」でなく、

 


 

峻厳な「長7度音程」を使うことにより、

これ以上ない、緊迫した世界を創り上げました。

 

 

★もう一度、1小節目に目を戻しますと、

上声「b¹→ es²」に、

Bartókは、「1→2」のフィンガリングを付けることで、

注意喚起しています。

 

 

この「b¹→ es²」こそ、「b¹→ ces²→ d²→es¹」の核となる

motif モティーフだったのです。

 

 

★そうしますと、この「b¹→ es²」に続く「ges²」の意味も、

明確に分かってきます。

 

 

この1小節目上声の「es²→ ges²」の短3度motif モティーフが、

4小節目上声「ges¹→ f¹→ es¹」を、生み出す

motif モティーフだったのです。

 

 


いつ果てるとも知れない嘆きの歌の冒頭4小節は、

4小節目上声冒頭の「ges¹→ f¹→ es¹」に、

強烈なエネルギーで向かっていくことが、分かります。

それを読み解くヒントが、Bartók版のフィンガリングにあります。


この4小節だけでも、 counterpoint 対位法 が、

豊かに張り巡らされていますので、是非、

皆さまで、それを探り当ててみて下さい。

 

 


★暫く品切れとなっていましたBartók校訂の

「Notenbüchlein für Anna Magdalena Bach
  アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」が、

再販されました。


★旧版は、解説がハンガリー語だけでしたが、

新版は、英、独、ハンガリー語の三ヵ国語となり、便利です。

また、「序文」が追加され、この校訂版の由来、

いつ最初に出版されたかなどが分かり、私たちにとって、

good newsです。


★ここには、Bartókの鋭いフィンガリングを始めとして、

天才の知見が、随所に溢れており、わくわくします。

皆さまに、お薦めしたいと思います。

≪The Bartók Performing Editions
  J.S.Bach
  Notenbüchlein für Anna Magdalena Bach
  13 Short Easy Piano Pieces ≫
      EDITION MUSICA BUDAPEST Z.30
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000145174/

 

 


★皆さま、どうぞよいお年をお迎えください。

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
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