■三百年前の12月2日、Bachは牢屋での1ヵ月間の拘留から解放された■
~無伴奏チェロ組曲の分析から、平均律がより深く理解できる~
2017.12.3 中村洋子 Yoko Nakamura
★11月もあっという間に過ぎ去り、12月となりました。
この11月から12月の間を長いと感じるか、
短かったと感じるかは、人それぞれでしょう。
しかし、その1ヵ月間、牢に拘留されていたとしたら・・・
★ on November 6 ,the quondam concertmaster and
organist Bach was confined to the County Judge's place
of detention for too stubbornly forcing the issue of
his dismissal and finally on December 2 was freed from arrest
with notice of his unfavorable discharge.
11月6日、コンサートマスター兼オルガニストだったBachは、
その職を辞したいという意思を頑固に貫いたため、伯爵領裁判所の
拘置所に留置された。12月2日になって、不本意な解雇通知とともに、
ようやく釈放された。
(Hans T. David and Arthur Mendel,eds.
The New Bach Reader :A Life of Johann Sebastian Bach in
Letters and Documents. Rev.and expanded by
Christoph Wolff. New York,1998.)
★Bachは1717年、ヴァイマル宮廷を辞し、ケーテンの
カペルマイスターの職に就こうとしたため、
同年11月6日から12月2日まで、約1ヵ月間、
牢に閉じ込められてしまいました。
★この拘留が「Wohltemperirte ClavierⅠ平均律クラヴィーア曲集第1巻」
の成立に、大きな役割を果たしていたかもしれません。
それにつきましては、私の「ベーレンライター平均律第1巻・解説本」の
9~10ページにかけて、是非お読みください。
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/
★さて、そのBachが釈放された1717年12月2日が、昨日です。
そして、昨日はちょうどまさに、300年後でした。
≪Bachの釈放300年記念日≫でした。
★Bachはその当時、どんな地位だったのでしょうか?
ヴァイマルの二人の統治者であった、
Wilhelm Ernst(ヴィルヘルム・エルンスト) duke of Saxe-Weimar
(ザクセン=ヴァイマル公)と、
Ernst August(エルンスト・アウグスト) duke of Saxe-Weimar
(ザクセン=ヴァイマル公)の、
「joint servant」だったのです。
二人の領主に仕えていました。
★どんな偉大な芸術家であろうと、
領主の不興を買っただけで、1ヶ月も牢につながれてしまう、
このようなことが300年前は、当たり前に起きたようです。
★Pablo Casals パブロ・カザルス(1876-1973)は、
毎日、「平均律」を弾くことを日課とし、それを滋養として、
あの偉大な、Bach「無伴奏チェロ組曲」の演奏を生み出した・・・
ということは、当ブログで、たびたび言及しています。
★私は考えました。
Casals カザルスのアプローチと、“逆のアプローチもまた真なり”
ではないのか。
★それは、こういうことです。
Bachの「無伴奏チェロ組曲全6曲」を、徹底的に分析することにより、
「Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集」に、
新たな光を当てることが出来る、のではないか。
より深く、理解できるのではないか。
★さらに申しますと、
Casalsの「無伴奏チェロ組曲」の偉大な演奏は、
≪平均律クラヴィーア曲集を学び尽したからこそ、可能になった≫
とも言えると、思います。
「無伴奏チェロ組曲」だけを、ひたすら勉強しても、
この曲集の本当の構造、構成を分析できない、
ということかもしれません。
それゆえ、Casalsは、平均律を学び尽した。
著名なチェロの大家は、数多く輩出していますが、
Casals、Jacqueline du Pré ジャクリーヌ・デュ・プレ
(1945-1987)以外の大家の、「無伴奏チェロ組曲」の演奏が、
物足りないのは、そのせいではないかとも、私は思います。
★現在、「無伴奏チェロ組曲全6曲」のBach自筆譜は、
存在していません。
Bärenreiter ベーレンライターから出版されています、
何種類かの「写譜」を見ますと、
妻のAnna Magdalena Bach アンナ・マグダレーナ・バッハの
写譜は、1727~1731年頃のものです。
★Johan Peter Kellner ヨーハン・ペーター・ケルナーの写譜は、
1726年と、推定されます。
「無伴奏チェロ組曲」の成立年代は、上記の写譜より更に早い、
ケーテン時代(1717~1723)と、考えられています。
★平均律第1巻「序文」 の日付が、1722年ですから、
この「無伴奏チェロ組曲全6曲」と、「平均律第1巻」は、
ほぼ同時期に成立したとみて、間違いないでしょう。
★以上の観点から、
チェロ組曲「SuiteⅠ BWV1007 Prélude G-Dur」と、
「平均律第1巻 1番 Praeludium Ⅰ C-Dur」とを、
同時に勉強するという、試みに挑戦してみましょう。
★その結果は、
Bachが平均律第1巻「序文」で明らかにし、
平均律第1巻の1~6番にかけて展開した作曲技法が、
この「チェロ組曲1番 G-Dur Prélude」でも、
明確に見ることができます。
Bachの作曲技法を、力強くクッキリと認識できます。
★まずは、この「チェロ組曲1番 G-Dur Prélude」を、
ご自分のお持ちになっている楽器で、弾いてみて下さい。
チェロでなくても、構いません。
ピアノで弾いても、効果は絶大です。
最初に、Anna Magdalena アンナ・マグダレーナの写譜を
見てみましょう。
★1段目は、「3小節目の2拍目」まで記入され、
3拍目は、2段目から始まっています。
これは、おそらく「Bachの自筆譜」由来でしょう。
ここがまず、大変に重要なポイントになります。
★ピアノで弾く場合、片手で弾くのではなく、
このように、両手で分割して弾きましょう。
この2小節半を弾いただけで、
既に、豊かな「counterpoint 対位法」の世界が、
現出します。
★Johan Peter Kellner ヨーハン・ペーター・ケルナー(1705-1772)は、
テューリンゲンのカントルであり、オルガニストでした。
おそらく、Bachと面識があったと思われます。
★ケルナーの写譜では、1段目は「4小節の2拍目」まで記され、
3拍目は、2段目から始まります。
★ Anna の写譜と比べますと、スラーの位置なども含め、
どことなく単調です。
1番 Prélude のAnna写譜は、全14段で記しています。
見開き2ページの左に12段、右に2段です。
右の3段目からは、Allemandeが11段で書かれています。
それに対し、ケルナーは、この1番 Préludeを
13段で記し、ちょうど1ページに収まるようにしています。
★「1段目が3小節目2拍目まで」記された Anna の写譜と、
「1段目が4小節目2拍目まで」記された Kellner の写譜、
この記譜の違いが演奏上、どういう影響をもたらすか、
皆さまは、ご自分で音に出して確かめてください。
1段目だけを何回か弾き、その後、1段目から2段目にかけて
弾いてみる。
これをアンナ版とケルナー版で、試してください。
必ず、分かってくることがあります。
それが、「平均律第1巻 1番 Prelude 」の解明と演奏にも、
大いに、応用できるのです。
★私は、1段目が「3小節目2拍目まで」の Annaの写譜が、
Bachの自筆譜に近いものと、思います。
これらの写譜は、 ベーレンライターから出版されています。
BA 5215 Deutsch(ドイツ語解説)、
BA 5216 English(英語解説)。
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000154600/
★何よりもまずは、Bach「counterpoint 対位法」の、
沃野千里の世界を、体験し、味わってください。
★「平均律第1巻」が、逆照射され、
大輪の花を咲かせて、生まれ出てくることでしょう。
★1月20日に開催いたします
「平均律第1巻1番・アナリーゼ講座」で、実際にピアノで
音を出しながら、この逆照射を詳しくご説明いたします。
ここでは、Chopinの Prelude についても、
少し触れるつもりです。
http://www.academia-music.com/new/2017-10-26-151213.html
★結論として、次のように指摘できると、思います。
ピアニストが、「鍵盤曲」のみを勉強するだけでは不十分、
チェリストが「チェロの曲」だけを勉強しても、不十分。
現代の演奏家に「物足りなさ」を感じる要因は、
そこにあるのではないでしょうか。
演奏家を分析の裏付けのない、単なる技巧の誇示へと
駆り立てているのは、“分析できないことによる不安”
なのかもしれません。
分析をするということは、作品をどう演奏するかという、
道筋を得ることです。
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