音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「Für Elise エリーゼのために」 Henle新版に、重要な音符変更あり■

2016-12-29 21:57:21 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■「Für Elise エリーゼのために」 Henle新版に、重要な音符変更あり■
~ヤマハ銀座に「自筆譜特設コーナー」、私の著書も推薦図書として展示~

             2016.12.29   中村洋子

 



★ことしもあと2日となりました。

このところ、ベルリンのトラックテロ、糸魚川の大火、

昨日の茨城県での震度6弱の大きな地震と、

痛ましい出来事が続いています。


★ベルリン・トラックテロの現場近くにあります

「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」は、以前、Wolfgang Boettcher

ヴォルフガング・ベッチャー先生が

私の「無伴奏チェロ組曲第1番」を演奏してくださいました教会です
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/0aaa14093e0d4061a0750cff23504bb8

演奏後、教会の牧師さまからも、心のこもったお手紙をいただきました。

「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」は、 第二次大戦中の1943年、
ベルリン大空襲により、広島の原爆ドームのように大きく崩れました。
戦後、戦争の酷い実態を記憶に留めるため、 破壊された教会をそのまま残し、
横に、 超モダンな新しい教会を建て、二つを並立させています。
新しい教会は、青紫色のステンドグラスで覆われ、 幻想的で美しい建物です。
その対比が見事です。 繁華街クーダム(Kudamm)にあり、ベルリン市民には
「虫歯」というあだ名で親しまれ、ベルリンの観光名所にもなっています。
 教会の写真:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E6%95%99%E4%BC%9A


★テロの後、ベルリンの知人にメールで問い合わせいたしましたが、

皆さま、当然ですがご無事で、悲しい出来事を悼んでいらっしゃいました。

「Musikverlag Ries&Erler Berlin リース&エアラー社」の

社長Andreas Meurerさんのお便りは、

「事件が起きた所は、会社から3キロしか離れていません。

GEMA(ドイツ著作権協会)で名誉職の仕事をしており、そこに行くため、

月に何回も現場を通っています。犠牲者の方々を悼みます」。

皆さま、ごく身近で起きたこととして、深く悲しんでおられました。







★明るいニュース:ヤマハ銀座店3F 楽譜・音楽書売場特設コーナーで

26日から「3大作曲家特集~バッハ・モーツァルト・ベートーヴェン~」

が、始まりました。

≪自筆譜や初版譜を複製し出版したファクシミリを通してバッハ、モーツァルト、
ベートーヴェンの真髄に近づいてみませんか?≫
http://www.yamahamusic.jp/shop/ginza/event/3f_fair_information/three-major-composers.html

●お薦め:ファクシミリ楽譜
J.S.バッハ:アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア練習帳
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第15番 イ短調 op.132/アンドラーシュ・シフ 序文
Beethoven:String Quartet a mainor op.132/Pre.Shiff
モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 KV504「プラハ」
Mozart:Sinfonie Nr.38 D-dur,KV504 'Prager

●お薦め:書籍
クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!
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私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫は、

Beethoven 「Für Elise エリーゼのために」の草稿ファクシミリの脇と、

さらに、もう一ヶ所にも展示されています。


★ブログではよくお話していますが、大作曲家の自筆譜のファクシミリを、

実際に手に取って、ご覧になれる機会は少ないと思います。

1月末まで、開催されています。

大作曲家のエネルギー、筆の走り、息づかいが迫ってきます。

“音楽”まで実際に、立ち昇ってくることでしょう。

銀座「山野楽器」2FクラシックCDフロア―でも、

私の新作CD、ギターによる「夏日星」が展示されています。

「銀ブラ」の途中にお立ち寄りになり、是非、ご覧下さい。



★私の著書がことし2月発売されました後、

ヘンレ版「Für Elise エリーゼのために」が改訂され、

新しい版として発売されました。


★校訂者も≪spring 2016/ Joanna Cobb Biermann≫に代わりました。

これまでの版は≪Klavierstück a-Moll WoO59(Für Elise)≫でしたが、

新版は≪Bagatelle a-Moll WoO59(Für Elise)≫

というタイトルになりました。


★新版でも、重なった音の記譜法は、相変わらず“串刺し”になっていますので、

 

 

やはり、自筆譜の草稿(Für Eliseは草稿の一部しか残っていませんが)を見て、

じっくりと勉強する必要があることは、変わりません。

“串刺し”表記は、幾つか重なった音の符尾の方向をまとめ、

一つの方向に揃えてしまいます。

その結果、重なった音は「一つの和音」として、とらえられてしまいます。

しかし、Beethoven(に限らず、大作曲家は皆そうですが)は、

重なった音の各音ごとに符尾を付けています。

それは、単なる和音ではなく、ソプラノ、アルト、バスなど、

各声部の流れの一環としての音である、ということを、

各々の符尾で表現しているのです。





★この新版で注目すべき点があります。

旧版では、29小節目左手の部分が




でしたが、新版では



と、改訂されています。

 

 


旧版では、8分の3拍子の1、2拍目の左手は、

C-Durの「Ⅰ」の第2転回形、

右手1、2拍目も「c²」の4分音符ですから、

すべて「和声音」となり、小奇麗にまとまっています。






3拍目下声は「g f¹」、上声は「d² h¹」で、これを全部合わせますと、

「C-Dur ハ長調」の「属七」となり、

まことに明確で、分かりやすい和声でした。






★しかし、2016年改訂ヘンレ版は、

下声4番目の音が「e¹」から「f¹」に変更されています。

そうしますと、この29小節目1、2拍目の、前述しました分かりやすい

「主和音の第2転回形」の中に「非和声音」が入り込むことになります。

これにより、どのようなことが起きるのでしょうか?


左手の「f¹」が打鍵された時、それまでの調和が破れるような、

何か大きなエネルギーを感じます。

この「f¹」の音は、不協和音で「anticipation 先取音」といいます

次に続く和音の音を先取りする音です。






★即ち、次に現れる3拍目「属七の和音」の第7音「f¹」を

先取りした音になります。

この「f¹」は、第7音ですから、2度下の「e¹」に解決(進行)しようとする

大きな方向性をもっています。






音を一つ変えるだけで、

調和した和声音のみの音楽であった29小節目から、

大きなエネルギーが沸き上がり、先へ向かって突き進む音楽へと

変貌します。

 

 


★それでは何故、「f¹」にしたのでしょうか?

「Für Elise エリーゼのために」は、1小節目から29小節目までは、

絶え間なく「16分音符」の動きが続いていますが、

この30小節目からは、

右手上声がさらに細かい「32分音符」に変わります。

29小節目下声6番目の音(最後の音)「f¹」と、

30小節目下声冒頭音「e¹」によって形成されるモティーフは、

30小節目下声2番目の音「f¹」と、3番目の音「e¹」によるモティーフで、

反復されます。






★これは一種の「canon カノン」であるとも、言えます。






この「f¹」→「e¹」のカノンにより、29小節目までの「16分音符の流れ」と、

30小節目で突如出現する「32分音符の動き」が、

唐突ではなく、無理なく、理にかなってつながれていく、

とも言えます。

その「f¹」→「e¹」のモティーフの前触れとしての

anticipation先取音」「」は、重要な音です。




★言葉を換えますと、

「非和声音」が29小節目に入り込むことで、

この「32分音符の動き」を、唐突に始めるのではなく、

ある意味で、理にかなった演奏に成り得ます。

29小節目から30小節目への動きが、

途絶えることのない大きな流れの中に、位置付けられるからです。

 



★現在の実用譜のほとんどは、ヘンレ旧版と同じです。

小奇麗な和声音から、急に「32分音符に移行」する楽譜では、

29小節目と30小節目の間が断絶しかねません。

事実、29小節目の後に、ごく僅かな間を置いて、30小節目から

また新しい音楽の始まりのように弾く演奏も、時々聴かれます。

しかし、Beethoven の意図はそうではなかったのでしょう。

音が一つ変わるだけで、こんなにも“音楽の風景”が変わる、

という、いい具体例です


★この「Für Elise エリーゼのために」は、

Beethovenが生前に出版した曲ではありませんので、

作品番号も付けられていません。

「WoO」は「Werk ohne Opuszahl= 作品番号なしの作品」の意です。


★ヘンレ新版のPrefaceには、残念ながら、

「e¹」から「f¹」に変更された理由については、書かれていません。

脚注に、

≪according to all sauces:changed to e¹ in most later editions≫
 
と記されているだけです。

 
なお、私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり≫
Chapter1 では、

1) 「エリーゼのために」の7小節目「ミドシ」は誤り、「レドシ」が正しい
2) 「エリーゼのために」がなぜ名曲か& ケンプの名演
3) 「エリーゼのために」の手書き草稿は、声部ごとに符尾の方向を変えている
4)  ベートーヴェンの自筆譜は、指摘されているように乱雑なのでしょうか?
 
      など、「Für Elise エリーゼのために」を、詳しく分析しています。

 
★是非、ピアノで音を出してご自分で体験してください。

皆さまにとって、2017年がよいお年でありますよう、

お祈り申しあげます。

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
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