音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ Rousseau ルソー の「 トラとバッファローの戦い」に見る「 対位法 」■

2014-02-18 15:53:04 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■Rousseau の「 Fight between a Tiger and a Buffalo 」 に見る
「 Couterpoint 」 
                                          2014.2.18  中村洋子





★上野の国立博物館で開催されています

The Cleveland Museum of Art クリーブランド美術館展 」 に、

行ってまいりました。

俵屋宗達の 「 伊勢物語図 住吉の浜 」 や、

曽我蕭白 「 蘭亭曲水図 」 の、
日本お里帰りを喜びますと同時に、

私のお目当ては、

Henri Rousseau アンリ・ルソー (1844~1910) の

「 Fight between a Tiger and a Buffalo トラとバッファローの戦い 」

(1908)でした。   

Rousseau ルソー 晩年の作品です。


★Rousseau の幻想を、私流の分析で楽しみ、

堪能してきました。

Rousseauは、外国旅行をしたことがなかった、と言われています。

おそらく、トラも見たことがなかったかもしれません。

この絵のトラも、現実の獰猛なトラとはどこかかけ離れ、

妙に人間臭い、顔つきをしています。

Rousseau アンリ・ルソーの分身なのかもしれませんね。


★トラに噛み付かれているバッファロー。

抵抗もせず、諦観とでもいうべき醒めた目で、

この絵画を見ている観客を、逆に、

静かに、眺めています。


★トラに目を凝らしてみますと、背中の縞々模様が、

トラの背後にある、バナナの木の大きな葉の葉脈と、

呼応しています。

一番上のやや小さい葉、その下の大きな葉、そして、

トラの縞々文様と、心地よいリズムを刻みながら、

降りてきます。


★バナナの木の上部から、視線を落としていきますと、

葉っぱの斜め下に、トラの大きな尻尾が上を向いています。

葉っぱと、同じ角度です。

そして、トラを通り過ぎますと、画面の一番下中央部分に、

三つのオレンジ色の果実らしきものが、間隔を置いて、

転がっています。

リズムは、それまでの上から下へのベクトルから、

このオレンジで一転、
横向きに変わります。

オレンジがクッションのように、そのベクトルを受け止めます。

鮮やかな転調です。

H-Dur (♯5つの調) から、Des-Dur ( ♭5つの調 ) への、

転調にも比すべき、
意外性と色彩感です。







★観客は、このオレンジで、しばしの間、

憩います。

そして、トラさんのお顔と、見比べるでしょう。

トラの額にも、縞々が。

目が、「 金色 」 に怪しく光っています。

獰猛さは感じられず、なんとも変な顔、 

scherzando スケルツァンド

老境なのかもしれません。


★ホッとして上を見ますと、薄い黄色の大きなバナナの房が、

画面のちょうど真ん中に、ぶら下がっています。

一番下の房は、トラの茶色背中のすぐ上、

そこから右斜め上方に、黄色の房が、順に上がっていきます。

Largo e con forza ( ラルゴ エ コン フォルツァ ) 、

力強い上昇です。


★視線は自然に、最後の房の左上へと、流れます。

葉っぱの後ろに隠れてた、黄色の小さい房が、

一、二、三・・・、円を描くように 7個、

星座のように、軽く漂っています。


★このように、画面の左側は、

Bach の 「 countepoint 対位法 」 のように、

文様と色彩が、二大要素として絡み合い、

濃密です。







★右側は、どうでしょうか?

右下の端に、Henri Rousseau 1908 の署名があります。

画集を見ているだけでは、分からないのですが、

実物を見ますと、署名の色は、実に鮮やかな 「 金色 」 です。

この 「 金色 」 が、

画面の中央右側にありますシダのような葉と、

全く、同じ色なのです。


トラの目も 「 金色 」 。

その目は、3つの 「 オレンジ 」 を見ています。

トラの 「 金色 」 の目、「 オレンジ 」 の実、 「 金色 」 の署名、

 「 金色 」 のシダ、そして、その左の、

大きな 「 黄色い 」バ
ナナの房へと、円環を描きます。

天空を巡る惑星のように、互いが遠心力で、

引っ張られている。

精緻で、完璧なミクロコスモスです。


★右中央の金色のシダの間には、無数の 「 オレンジ 」 の実。

画面の一番上に、この密林のムンムンとした、

凝縮空間から
抜け出た 「 青空 」、そして、

2つの 「 赤い 」 花。

下の3つの 「 オレンジ 」 と、中央の無数の 「 オレンジ 」 、

この三者が、大きな銀河のように、縦に流れています。


★トラの足は、右前足が 1本描かれているだけ。

残り 3本は、よく見えません。

無重力で、宙に浮いているようでもあります。

Salvador Dalí サルバドール・ダリ(1904 - 1989年)もきっと、

Rousseau から、学び尽したことでしょう。

Dalí の 「 Dream Caused by the Flight of a Bee

Around a Pomegranate a Second Before Awakening

目覚めの直前、柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢 」

の空飛ぶ Tiger は、Rousseau のこの絵から、

着想を得たのかもしれません。


★全体は、 「 緑 」 のジャングル。

そして、左下に位置する 「 トラ 」 が、

この絵画の 「 Theme テーマ 」 です。


トラの細部は、各々性格
の異なる 「 Motif 」 から成り立っています。

背中の縞模様、眉間の縞、尻尾の長さと模様と角度、

金の目と爪、髭・・・等々。

このトラの 「 Theme 」 に、 「 オレンジ 」 、 「 バナナ 」 、

「 花 」 、
「 緑の葉 」 という 「 Motifの集合体である Melody 」 が、

緻密な構図で、絡み合っていきます。


★「 構図 」 と 「 色彩 」 とで、

 「 Harmony 和声 」 と、 「 Counterpoint 対位法 」 を織り成している、

 ≪ 音楽 ≫ なのです

心地よい余韻が、残ります。

私は、このように楽しみました。







Rousseau のこの絵画が傑作であるのは、

“ Counterpoint 対位法 ” が、

縦横無尽に、張り巡らされているからです。

それは、音楽と変わることがありません

Europe の芸術 ( 音楽、文学、美術 ) の価値を判断するのは、

すべて同じメジャー ( 物差し ) で、可能です。


絵画は、いくら優れた画集を見ていましても、

本物を見て得られる情報の、

1000分の1も、ないでしょう。


実用譜(市販の楽譜)を、100年間眺めていても、

作曲家の直筆譜を、数時間学ぶのには、

かなわないのと同様、

絵画の真の魅力を味わうためには、美術館に、

足を運ぶしか、
ありません。


★Rousseau の 作品は 、ある種の 「 記憶 と 夢 」 を基に、

描かれているのかもしれません。

「 記憶 」 について申しますと、

音楽の「 暗譜 」 につながると言えます。

26日KAWAI名古屋で、 「暗譜 」 とは何か、

どのように 「 暗譜 」 するべきか、

についてお話いたします。

 
Bach を確実に記憶することは、

≪ 誰からも奪われることのない、

誰も奪うことができない宝物 ≫ を、

 Bach 先生から、直接にいただくことなのです。


★ 「 暗譜 」 のあと、私たちは Bach の音楽を基に、

その人の個性で、
自分の音楽を、

創造することができるのです。

Rousseau が「記憶と夢」を自由に羽ばたかせて、

描いたように。

 



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