■Rousseau の「 Fight between a Tiger and a Buffalo 」 に見る
「 Couterpoint 」
2014.2.18 中村洋子
★上野の国立博物館で開催されています
「 The Cleveland Museum of Art クリーブランド美術館展 」 に、
行ってまいりました。
俵屋宗達の 「 伊勢物語図 住吉の浜 」 や、
曽我蕭白 「 蘭亭曲水図 」 の、日本お里帰りを喜びますと同時に、
私のお目当ては、
Henri Rousseau アンリ・ルソー (1844~1910) の
「 Fight between a Tiger and a Buffalo トラとバッファローの戦い 」
(1908)でした。
Rousseau ルソー 晩年の作品です。
★Rousseau の幻想を、私流の分析で楽しみ、
堪能してきました。
Rousseauは、外国旅行をしたことがなかった、と言われています。
おそらく、トラも見たことがなかったかもしれません。
この絵のトラも、現実の獰猛なトラとはどこかかけ離れ、
妙に人間臭い、顔つきをしています。
Rousseau アンリ・ルソーの分身なのかもしれませんね。
★トラに噛み付かれているバッファロー。
抵抗もせず、諦観とでもいうべき醒めた目で、
この絵画を見ている観客を、逆に、
静かに、眺めています。
★トラに目を凝らしてみますと、背中の縞々模様が、
トラの背後にある、バナナの木の大きな葉の葉脈と、
呼応しています。
一番上のやや小さい葉、その下の大きな葉、そして、
トラの縞々文様と、心地よいリズムを刻みながら、
降りてきます。
★バナナの木の上部から、視線を落としていきますと、
葉っぱの斜め下に、トラの大きな尻尾が上を向いています。
葉っぱと、同じ角度です。
そして、トラを通り過ぎますと、画面の一番下中央部分に、
三つのオレンジ色の果実らしきものが、間隔を置いて、
転がっています。
リズムは、それまでの上から下へのベクトルから、
このオレンジで一転、横向きに変わります。
オレンジがクッションのように、そのベクトルを受け止めます。
鮮やかな転調です。
H-Dur (♯5つの調) から、Des-Dur ( ♭5つの調 ) への、
転調にも比すべき、意外性と色彩感です。
★観客は、このオレンジで、しばしの間、
憩います。
そして、トラさんのお顔と、見比べるでしょう。
トラの額にも、縞々が。
目が、「 金色 」 に怪しく光っています。
獰猛さは感じられず、なんとも変な顔、
scherzando スケルツァンド
老境なのかもしれません。
★ホッとして上を見ますと、薄い黄色の大きなバナナの房が、
画面のちょうど真ん中に、ぶら下がっています。
一番下の房は、トラの茶色背中のすぐ上、
そこから右斜め上方に、黄色の房が、順に上がっていきます。
Largo e con forza ( ラルゴ エ コン フォルツァ ) 、
力強い上昇です。
★視線は自然に、最後の房の左上へと、流れます。
葉っぱの後ろに隠れてた、黄色の小さい房が、
一、二、三・・・、円を描くように 7個、
星座のように、軽く漂っています。
★このように、画面の左側は、
Bach の 「 countepoint 対位法 」 のように、
文様と色彩が、二大要素として絡み合い、
濃密です。
★右側は、どうでしょうか?
右下の端に、Henri Rousseau 1908 の署名があります。
画集を見ているだけでは、分からないのですが、
実物を見ますと、署名の色は、実に鮮やかな 「 金色 」 です。
この 「 金色 」 が、
画面の中央右側にありますシダのような葉と、
全く、同じ色なのです。
★トラの目も 「 金色 」 。
その目は、3つの 「 オレンジ 」 を見ています。
トラの 「 金色 」 の目、「 オレンジ 」 の実、 「 金色 」 の署名、
「 金色 」 のシダ、そして、その左の、
大きな 「 黄色い 」バナナの房へと、円環を描きます。
天空を巡る惑星のように、互いが遠心力で、
引っ張られている。
精緻で、完璧なミクロコスモスです。
★右中央の金色のシダの間には、無数の 「 オレンジ 」 の実。
画面の一番上に、この密林のムンムンとした、
凝縮空間から抜け出た 「 青空 」、そして、
2つの 「 赤い 」 花。
下の3つの 「 オレンジ 」 と、中央の無数の 「 オレンジ 」 、
この三者が、大きな銀河のように、縦に流れています。
★トラの足は、右前足が 1本描かれているだけ。
残り 3本は、よく見えません。
無重力で、宙に浮いているようでもあります。
Salvador Dalí サルバドール・ダリ(1904 - 1989年)もきっと、
Rousseau から、学び尽したことでしょう。
Dalí の 「 Dream Caused by the Flight of a Bee
Around a Pomegranate a Second Before Awakening
目覚めの直前、柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢 」
の空飛ぶ Tiger は、Rousseau のこの絵から、
着想を得たのかもしれません。
★全体は、 「 緑 」 のジャングル。
そして、左下に位置する 「 トラ 」 が、
この絵画の 「 Theme テーマ 」 です。
トラの細部は、各々性格の異なる 「 Motif 」 から成り立っています。
背中の縞模様、眉間の縞、尻尾の長さと模様と角度、
金の目と爪、髭・・・等々。
このトラの 「 Theme 」 に、 「 オレンジ 」 、 「 バナナ 」 、
「 花 」 、「 緑の葉 」 という 「 Motifの集合体である Melody 」 が、
緻密な構図で、絡み合っていきます。
★「 構図 」 と 「 色彩 」 とで、
「 Harmony 和声 」 と、 「 Counterpoint 対位法 」 を織り成している、
≪ 音楽 ≫ なのです。
心地よい余韻が、残ります。
私は、このように楽しみました。
★Rousseau のこの絵画が傑作であるのは、
“ Counterpoint 対位法 ” が、
縦横無尽に、張り巡らされているからです。
それは、音楽と変わることがありません。
Europe の芸術 ( 音楽、文学、美術 ) の価値を判断するのは、
すべて同じメジャー ( 物差し ) で、可能です。
★絵画は、いくら優れた画集を見ていましても、
本物を見て得られる情報の、
1000分の1も、ないでしょう。
★実用譜(市販の楽譜)を、100年間眺めていても、
作曲家の直筆譜を、数時間学ぶのには、
かなわないのと同様、
絵画の真の魅力を味わうためには、美術館に、
足を運ぶしか、ありません。
★Rousseau の 作品は 、ある種の 「 記憶 と 夢 」 を基に、
描かれているのかもしれません。
「 記憶 」 について申しますと、
音楽の「 暗譜 」 につながると言えます。
26日に KAWAI名古屋で、 「暗譜 」 とは何か、
どのように 「 暗譜 」 するべきか、
についてお話いたします。
★ Bach を確実に記憶することは、
≪ 誰からも奪われることのない、
誰も奪うことができない宝物 ≫ を、
Bach 先生から、直接にいただくことなのです。
★ 「 暗譜 」 のあと、私たちは Bach の音楽を基に、
その人の個性で、自分の音楽を、
創造することができるのです。
Rousseau が「記憶と夢」を自由に羽ばたかせて、
描いたように。
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