柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

常識

2016-10-21 08:24:55 | Weblog
土人暴言、承前。松井大阪知事が、大阪府警の者だったからもあるのでしょうが、彼の発言を擁護します。あの言葉自体は不適切だが、ご苦労さんと迎えてやる、売り言葉に買い言葉だったんじゃないのかとマイクの前で言いました。本来なら橋下さんの役だったところですか。至極真っ当だと私は思いました。もちろん空気はそうじゃありません、言葉狩りへの同調圧力は強大ですから。報道ステーションでも相変わらずあの映像流します、土人が!と小さく吐き捨てる場面だけの切り取り、顔にはモザイクです。あれ、昨日の夕刻のニュースではモザイクかかってなかったのに報道ステーションではかかってて、この辺りの左翼連中の偽善が本当にいやらしいことですわ。翁長知事がすぐに反応します(しないと怒られるんですよ、後ろについてる人達から)、御苦労さんとは沖縄県民からすると筋が違うと。??遠く派遣された大阪府警員だから知事が擁護した。至極当然。私が昨日ここで書いたことと同じ内容ですね。そうに違いないでしょう?向こうも言いたいこと言うてるんですよ。あんなに怒りませんよそうでなければ。切り取り報道のやりたい放題です。
 平尾誠二の死亡報道には驚きました。ええ?53歳だそうです、そうです私よりうんと若いはず。どの朝刊にも輝かしいプロフィールが満載ですから今更書きませんが、伏見工業高校時代より同志社時代ですねこの人が全国区になったのは。大学ラグビーは東京勢が強くて、そこに関西の同志社が乗り込む絵柄。平尾、大八木という高校時代からのコンビで席巻する痛快です。あの頃はラグビーよく見てました、それは新日鉄釜石が強かったからです、松尾雄二がいたからです。当時は日本選手権が1月15日でしたね、成人の日の楽しみでした。今ほどに(どころか、全然)駅伝やマラソン人気がない時代です、実業団サッカーもそうでしたよ。冬のスポーツ言えば、このラグビーと高校サッカーですかね。正月に大学のラグビーがあって。そういう時代の花形でした。死因が載ってませんが、この若さであれば癌ですね。事故ならそれなりの報道になりましょうし。惜しいとかどうとかではなくて、さぞや無念だったろうなと思い遣ることです。合掌。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

土人

2016-10-20 08:20:37 | Weblog
次は土人です(どじんでこの漢字に変換されませんよ。死語扱いですか)。確かに久しぶりに聞きましたねこの単語。土人に歯磨き粉。これは偽薬(プラセボ placebo 効果と言いますが)でも信じて飲めば効くというヒトの一般的心理を喩えてのことですが、今次の放言を受けてそっち系の専門家が眉吊り上げて顔ひきつらせて非難する様に、相手がバカというニュアンスも付いてます。何も知らぬ奴には適当言っておけばいい、というニュアンスですね。確かにある。でも、あの映像見てると、そんな軽蔑がどうのこうのじゃなくて、単にあやつの品性の問題、柄が悪いことの発露、くそったれの、クソババアの、お前の母ちゃんデベソの、比国大統領の son of a bitch と同列ですわ。余程に腹が立ってたんでしょう。あの前後を見せないと片手落ちでしょうにね(これも差別用語ですよちなみに)。つまりはるばる大阪から派遣されてきたあやつを刺激するような暴言が投げかけられたんでしょうよ。それは写しませんからね。さぞや挑発して、あのフェンスを破ろうとしたりしてたんですよ。あの映像は何チャラ言う作家が写したそうです、あそこにいるのは沖縄人じゃないんでしょうねよく報道されるように。プロ市民と呼ばれる、左翼闘士達。まそれは措いて、あやつです。いかにも警官とやくざの共通なるところを証明してくれる御仁、あのガラの悪さは逸品です。大阪の悪ガンツウ。それにしても土人とはねぇ。あやつが自ら仕入れた言葉じゃないんでしょうな、あの辺りではそう呼んでるんでしょうきっと、業界用語、符丁として。それがいけない!そもそも明治時代本土民は沖縄の人達を土人と呼んで侮蔑差別していたと学者が言います。だからあやつがそんな歴史は知らないでしょうよ。腹が立ったんでしょうよ。あの場の喧嘩腰のセリフってことです。認めるのか?!許すのか?!いやいや、言葉だけ抽出すれば今時(この言葉狩り盛んな時代に)許されぬことでしょうし、普通は言いませんわ。でも出る。あやつの育ってきた環境では普通の喧嘩言葉なのかも知れませんしね。許す許さないじゃなくて、いちいち目くじら立てずとも、と言いたいことです。TV報道が過剰ということです。あの場で相手方もどんな暴言吐いてるかわかりませんしね。つくづく幼稚な社会ですなぁ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意外

2016-10-19 08:21:18 | Weblog
横浜の点滴殺人、まだ解決できないんですね、犯人挙げられない。警察は早々に目星付けてるんだろうと勝手に想像してました、従業員しかできませんよあんなことは。医者も含めて資格持ってる連中、看護婦、薬剤師。看護助手とか事務員とかでももちろんできます、点滴詰める(と業界符牒です。点滴内に薬剤を注入することです)手技自体は簡単です、見ていればできますから。でも、これだけ痕残さずに(うまくわからぬように)できるはやはり慣れた奴ですね。はがゆいですね。素人考えではそれこそ一人一人洗って行けばいいんでしょうにと思うところ。でも、そんなことはとうにやってることでしょうし、それでも挙げられないということでしょう。外部?外部っても内情知ってるヤツでしょうし、それこそ限られると思うんですけどねぇ。院長?最高のどんでん返しですが。
 広島黒田引退です。ちょうど昨日の5時ごろにその話をしていたので、ニュース見てびっくりしたことですが。いえ、誰もが予想していたことで、そのために広島に帰ってきた人ですから、今年か来年かの話ではあったのでしょうが、そうと聞くとやはり彼にそれほど思い入れのない者にとってもああそう・・という感慨を呼ぶわけです。新井は?次はこうなります。優勝という最高の形で掉尾を飾れて、これでいいんじゃないですか、です。でも、昨日話していた野球通に言わせると、今のあの勢いのある広島でも新井を脅かすのがいないんだそうです。あの人が蓋になって伸びられぬ若手がいなんだそうです。阪神にいた時は明らかにお荷物でしたからね、突き上げれて去った人です。そこのところは本人が一番分かっているのでしょう、だからもう一年。球団もそう言いますわねきっと。黒田がやめるから余計に、です。彼も39歳だそうです(黒田は41歳、イチローと同じですか。イチローの凄さでもありますね)。でも、まだ今は名も知らぬ若いのが出てきそうではありますね、広島ですから。日本シリーズが本当に楽しみになってきますね。あの真っ赤っかの中で大谷が投げるなんてね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

性分

2016-10-18 08:20:56 | Weblog
天下の電通の、東大出の24歳女新入社員の自殺事件、いかがですか。上司からのいじめが報道されて、本人は母子家庭で育っての頭脳明晰なサクセスストーリーヒロインと配役されてます。残業時間が半端じゃなく、追いこまれていたという事情だそうです。でも、死にませんよ普通は。追い込まれて凹んでしんどくなってのレベルと自死との間には高い高い壁があります。ある筈です。何が言いたいか。もちろん環境因です、これが大きい筈ですが、でも最後のひと飛びは持って生まれた性分です。よくもいじめやがったな。仕事できぬ奴の妬みか?!と憤りは湧きあがりますが、上司にすればきっとそうやられてきた「伝統」でしょうし、こういうことに男女の差をつけてはならぬ風潮(それともこんな時は女には手加減が要りますか?)に晒されているモデル企業との思いもありましょう。女だからって手加減はしねぇ!仇になりましたか。相手見てやりなさいね。これが結論ですが。労基の手入れがあって面倒なことでしょうが、残業するしないは本人の仕事量や効率に依存することでしょうし、ダメ出しされるのが修行でしょうしね。でも程度があるだろ?でしょうね。彼女がまともに受けすぎたのか、上司が執拗だったのか。もうひとつ、彼女が才能薄かったのか。後者は言ってはいけない事項なのでしょうが、これも持って生まれた性分ですから。
 新潟県知事選、当選した米山某さん、たしか田中真紀子さんが落ち目で選挙危ないときに対立候補に出てた人ですよね。医者で弁護士でというのが売りでしたよ、今回と同じ。新潟ですしね、思い出しました。選挙好きは世の中にワンサカいて、こやつもその一人というわけでしたが、前も思ったことでしたが悪顔ですなぁ。ブ男という意味ではなくて、悪顔。政治家に多い顔。でも対立の自民党候補もまた同じような悪顔で、こりゃ選挙民もやりにくかったかなと思い遣ることでしたが。いえ、見た目だけの感想ですから、あしからず。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

責任

2016-10-17 08:25:40 | Weblog
近鉄の駅で視覚障害者がホームから転落して、通過する特急電車にはねられて亡くなったと記事です。40歳男。親戚の人が同伴してたそうです。東京の地下鉄で同じような死亡事故があり、例によってマスコミは検証モードです。これやってれば字数稼げますし、反発喰らいません、正義の第三者という安全地帯です。先の転落事故の反省は生かされていたのか、ちゃんと対策していたのか。ホームドアがなかったと、結局ここです。山陽新幹線の新神戸駅のあれですね。でも、見るからに金かかりそうです。どこでもできる設備じゃありません。記事にはこの人は白杖を持ってなかったとあります。何でもかんでも他人の所為、社会の所為にして怒って見せる向きには、駅の対応不足、早くホームドアをつけろよ、と言いっ放すのでしょうが、そんなことじゃないでしょうに。いくら周り(駅員達)がその気でいても、白杖も持たずにいれば認識できませんし、しかも同伴者がいたんですからね。駅の責任じゃないですね。そう書いてる新聞はないことですが。全く幼稚な社会です。秩序が保たれません、自己責任を軽視している限り。
 大谷、圧巻。昨日はずっと見てましたパリーグCS。あそこで出す栗山さんも栗山さんですが、でもあれで球場が湧かぬ筈がないですね。立派なスターですね彼は。何年か前の日本シリーズでの田中マー君を思い出しました。前日かに先発完投したのに、次の日の最終回に出て来て胴上げ投手になった、あれです。星野さんならやりそうなことではありましたし、あの時は最後の最後で球場中が待ってましたが、今回は結構「まさか」でした。でも圧巻。意気に感じてたんでしょうね。165㎞です。どんなんでしょうね。いつの間にか栗山さんは立派な名将入りですか。大谷の使い方、間違ってないということですよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

常連

2016-10-16 09:46:31 | Weblog
しつこいですがもう一度ボブディラン。新聞記事読むと何年も前から彼はノーベル賞候補に挙がってたそうです。ああ、そうなんだ。そう聞くとサプライズ度がうんと下がる気分になります。村上春樹と変わらないということですね。な~んだ、です。もっとも日本の憲法9条を平和賞候補に推すのも居るんですから、推薦するは勝手ですか。ボブディランで食っている連中には毎年のことだったわけで、今次やっと今までの元が取れることになって大喜びの態ですか。そう聞くと、な~んだですな、やはり。で、当の本人に連絡が取れないそうです。辞退もあり得るってTVは言ってます。なるほど。受賞者として振る舞うか、世俗に背を向けて神秘性、カリスマ性を高めることが得策と判断するか、いずれにしても世間は褒めそやしますがね。辞退すると、他の純粋な文学者たちはどう反応しますかね。ビートルズが英国の勲章受けた時に大反発喰らったことをファンは皆知っているのですが(この勲章が戦争功労者達に贈られていたもんですから)、ジョンはその後返還してます。人殺しと同じ勲章は要らぬとか何とか言って。さてこの人はどうしましょうかね。もう一つ、この人がギター抱えて「風に吹かれて」を唄う昔々の映像が流れました。先に書きましたが私はボブディランを知りません(顔はわかりますし、有名な曲なら知ってますが)、映像も初めて見るものばかりです。ああ、この人もギターを高く抱えるタイプじゃのうと気づきました。右手の肘(前腕)でギターの胴の中央部辺りを支える、つまり高く抱えるタイプです。古くは田端義男(古すぎてわかりませんか)、アリスの谷村、そしてジョンレノン、ジョージハリスン、あの抱え方です。いえ、だからどうしたではありません。単に個人差です、癖です。そういう見方もあるということを言いたかっただけです。すみません、オチはありません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

英断

2016-10-15 08:20:44 | Weblog
ボブディラン、承前。昨日産経新聞が殆ど記事にしてないと書きましたが勘違いでした。産経は一面にも載せてました、訂正します。で、今朝はその産経を除く全国紙四紙がコラムで採り上げてます。何と言ってもビッグネームですし、こともあろうにノーベル賞ですし、平和賞のような曖昧ではなくて文学賞というダメ押しまでついてますから、黙ってはおれません。対象は書籍で読むモノという枠をとっぱらった当局の英断。こういう評価は成り立ちます。これが例えばジョンレノン(もう死んでますからそれこそ対象外ですが)だったら嵐の様な反論が出たでしょうね。歌手、ポップスターの色が強すぎます。詩としての価値を云々される前に、対象外!とはじかれましょう。吟遊詩人という単語を記事に見ますが、語りや曲に載せるか否かの差しかないわけです、第二の文学どころの相違ではないのですが、しかしそういう手段を持たずに文字だけで勝負している小説家や詩人達からすれば面白くないですわね。マスコミは反論を一つ二つ一応並べはしますが、実際には賛辞と同量の非難がある筈です。歌唄いと一緒にするな!言うところの差別意識です、当然です。一行一単語絞り出すのに呻吟して苦しむ者から見れば、こっちはキャーキャー騒がれてチャラチャラに見えますわね。妬み嫉みも同じだけ加わってます。言いたいこと言えばいいのと一緒にするな。彼らの言い分もわかりますわ。でもこっちの方が伝わるんですよね、これも確かなことで。英断。選考委員会の英断には違いないことでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意外

2016-10-14 08:20:40 | Weblog
ボブディランかぁ。今年はTVがあまり村上春樹、村上春樹と煽らないなぁ、さすがに狼少年を恥じたか(あるいは諦めたか)と思っていたところ、どんでん返しでした。こっちに来ると文句も言い難いです、つまり言い訳し易いというわけです。第二の文学なんて当局が説明した日には「仕方ねぇな」と言えるわけです。ま、負け惜しみ云々は措いて、ボブディランです。いかな斯界のビッグネームとは言え、ノーベル賞ですからね。しかも文学賞。平和賞と言われた方がピンと来る気もしますが、選定委員会もシャレたことするもんです。世界中の耳目を引くこと請け合いです。悪く言えば受け狙い。でも大当たりですよ。暫く音楽雑誌はこの話題で満載でしょう、ボブディラン特集が何カ月も続いて、本が売れてCDがDVDが売れて、ものすごい経済効果。ボブディランで食ってきた連中には盆と正月モノでしょう。朝刊も各紙広く紙面を割いてますが、毎日は一面トップ扱い、一番少ないのは産経です片隅記事です。この辺りは社風なのかデスクの趣味の濃淡なのか。ポップ音楽(商業音楽、とこう書くとなんだか却って分かりにくいです、商業演劇に倣って)に縁遠い方々でもボブディランという名くらいはご存知でしょう。自作自演フォークというジャンルの嚆矢、先達、パイオニア。日本でフォークブームになった頃、岡林信康、高石ともや達が脚光浴び始めた頃、彼らが常に口にしたのがボブディランです、彼に影響されたと。拓郎も陽水もそうでした。その人達の話から聴きはじめた人も多いのではないでしょうか。斯く言う私は正直知らないのです。何曲か有名な曲は人並みに知ってはいますが、ボブディランと意識して聴いたことがないのです、ですから何も評論できません。CD持ってはいますが、あの唄い方あの声に馴染めないのでした。ファンにはあれこそが醍醐なのでしょうし、それもわかるのですが。しかし今後暫くのフィーバーが(古い?)楽しみではあります。改めて勉強し直しましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

権利

2016-10-13 08:23:19 | Weblog
結婚後に職場で旧姓の通称使用を認めないのは人格権侵害だと30歳女教員が訴えた裁判、東京地裁が請求棄却したとの記事です。この「通称としての使用」ってのがよくわかりませんが、結婚した後でも旧姓で呼ぶことはよくあることですよね。源氏名とか芸名とかじゃなくても、どこでもあることでしょう?でも、やがて皆「新姓」(記事には戸籍姓とあります、法律用語行政用語ですね)に慣れていって、やがてすっかり変わる。一般企業ならどうってことないことでしょうが、これが教員だから話がややこしくなったわけです。学校側が公人である教職員の業務には法に基づいた呼称が妥当、と譲らなかった、それに人格権を振りかざして噛みついたというわけです。職場の内々で、また教室の中で子供達が旧姓で呼んでも何の問題もないこと、現実問題としてそれで事足りているのです。そこを旧姓での表立っての登録(という構えでしょうね)を許せとくると、学校側とするとううむとなりますね。夫婦別姓ならばそのままですけどね、それもしないで。通称の定義が関わってくるでしょう?通称と言えばニックネームとか渾名のイメージですが、ここでは(行政用語的には)戸籍姓と違うもの、価値は戸籍姓に準ずるものという意味合いのようです。正式な登録などにも使えるという意味でしょうね。となれば、ちと無理がありますなぁ。普段の呼び名という本来の意味合いなら問題ないのに、この教員が話を大きくしちゃった。そしてすぐに反応します、こっちの勢力の親分、天声人語。今朝のコラムで擁護して皮肉ってます。これも伝統秩序の破壊工作ですぞ、皆様。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

同情

2016-10-12 08:25:51 | Weblog
体育の日が10月10日にちょうど合わさったのは久しぶりなんでしょう、だからかどうかNHKが妙に次期東京五輪に向けてのアピールをします。10月10日が祝日になったのはこの日が昭和39年の五輪の開催日だったからです。この日に合わせて10月1日に東海道新幹線が開通したのでした。日本が右肩上がりに大噴射した頃です、が、日本中が足並み揃ってたわけでは決してなく、象徴的なこと(と私は思っているのですが)が同じ39年にありました、片やで世界に先駆けた新幹線が走り始めている一方で、山陽本線が全線電化されたのがこの年なのです。ググると小郡ー横川間とあるだけですが、具体的には当地柳井を挟む地域が最後の最後だったようで、へぇ~なのですが、でもこうやって日本中が前に進んでたということではあります。いえ、その話ではなくて、今朝NHK見ていると2020心のバリアフリーとキャプション出てて、視覚障害者への応対の仕方の講習場面が流れました。相手に対して大丈夫?といきなり言ってないけない。何かしてあげなければいけないではなくて何かお手伝いしましょうかと思わなければならぬ、助けるのではなくて寄り添うのだ、とnever 集の様相でした。つまり同情してはならぬという根っこですね。可哀想と思ってはならぬ、と。こういう偽善欺瞞が罷り通るわけです。可哀想と思う心が湧くから人は優しくなれるのでしょうに。この順番をどうして否定しますかね。同情を蔑みとすり替えているからですね。とんでもない!こんなベタベタな似非博愛の強要は御免蒙りたいことです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする