柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

定義

2015-06-01 08:20:51 | Weblog
頻りに国会で存立危機という言葉を聞きます。野党の若造が定義を巡って防衛相を外相を問い詰めます。言う所の重箱の隅突つき。この場合は?こうなったら?ま、こういう時の定石ですがね、どんな会議でもありがちな光景ではあります。何の存立か、もちろん国の、です。日本が存立危機に晒された時の安全保障法制です、具体的には外国から攻撃された時。爆弾打ちこまれた時、侵略されようとした時、それはわかるけど、ホルムズ海峡有事もそうなのか?と来るのです。原油輸送が途絶えると一気に国家存亡の危機です。「存亡」の方が一般的な言葉でしょうが、「存立」と印象を緩めたんでしょうねきっと。そこを指して「いつか来た道}と非難するのです。大東亜戦争のきっかけはアメリカによる経済封鎖、石油、鉄の輸出禁止という兵糧攻めでしたからね、そこの指摘は間違いじゃないのです、だから世界制覇を目指した侵略戦争(志位さんが党首討論でいきなり持ち出したポツダム宣言にはこう書いてあるんですよ)なんかじゃなくて、マッカーサーが後年認めた自存自衛戦争だったというわけです。が、そこで無茶されるとこっちが困るんだとアピールしないといけません。確かに遠い遠い異国の地です、あそこのドンパチが直截に日本に影響はありません、でも大被害を浴びるわけです。資源小国の宿命です。機雷掃海はいい?じゃぁ武器を積むのはどうか?自衛官の佩刀は?微に入り細を穿つ愚問で攻める、徒らな時間をかける。だから安倍さんは国家存立という抽象で押し切ろうとする。このせめぎもどこの会議でもありがちな流れですが、手本となるべき国会ですからねぇ。手練手管じゃない所見せて欲しいとも思いますが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする