拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

短パンの上の猫

2015-08-23 12:25:15 | 

ワサビが脱ぎっぱなしの短パンの上で寝てる。困る、夏、はくものがない……うそぴょん。同じような短パンがもういっこある。因みに、同じような濃紺のシャツが3着ある。毎日、着替えて、はきかえても見かけは一緒。

K192のクレド=ジュピターの終楽章

2015-08-22 13:37:55 | 音楽
モーツァルトのミサ・ブレヴィスK192のクレドに「ドレファミ」(移動ド)が出てくる。しかもフーガで。「ドーレーファーミー、ソーラードーシー」って具合。これ、ジュピター(交響曲第41番)の終楽章とそっくり。何が興味深いかって、このミサはモーツァルトが18歳のときサルツブルクで書いたもの。そのときの音型が最晩年に書いた最後の交響曲に引き継がれてること。ちなみに「ドレファミ(ソラドシ)」は”Lucis Creator optime”という聖歌の最初の四つの音。たら~と歌われるたくさんの音の中の四つだが、その四つに若い頃から目を付けて長く引き延ばして展開させたんだね。既存の曲の中の定旋律を長く引き延ばして(テノール)、それに対旋律(カウンター・テノール)を付けるのは古楽の常套手段だったが、古典派の時代でもその手法が生きていたか。考えてみれば、われわれは250年前に生きたモーツァルトの音楽を聴く。モーツァルトの250年前は、これはバロックを通り越してルネサンスだ。特にモーツァルトの若い頃の上司は大司教だったから、ルネサンスのポリフォニーを日常的に聴いていたのかも。

応援歌の歌い方

2015-08-22 11:38:14 | 音楽
Youtubeで「紺碧の空」を聴いたら「こぉーん、ぺぇ、きぃ、ぬぉーそらーっ」と一語一語にアクセントを付けて歌ってた。古楽の先生からどやされそうな歌い方。逆に、ルネサンス的に応援歌を歌った日には応援団長から鉄拳制裁が飛ぶであろう。そういえば。高校の入学式の最中、いきなり応援団と名乗る一群が壇上を占拠し、大声でなにやらわめきだした。先生たちは黙認。ところどころで「すいらんせーならへんじをしろーっ」と返事を求める。とっても野蛮な感じだった。で、「新入生はしばらく放課後に応援団のもとで応援歌の練習」と強制。その練習なのだが、応援団の歌に音程がなく、よく分からない。多分、こういう音程なのだろうな、と推測して歌ってた。そんな応援団でも入りたいと思う人が結構いて、で、入るとみんな声ががらがらになった。あるとき、音楽の先生が「応援団の人も歌を歌うように声を出したらいいのに」と言ったら「へんっ」という声があちこちから聞こえた。ところで、最近観た村上春樹原作の「ノルウェイの森」の中で、大学の講義中に学生が教室を占拠して先生を追い出すシーンがあったが(学生運動)、件の入学式のシーン、思い出してみるとそれに似てる。そうか、あのバーバラ(野蛮人)たちは大学生の真似をしてたんだ。ちなみに、その映画に出てきた大学のキャンパス、思いっきり見覚えがある。わが母校(=村上春樹さんの母校)であった。私が通った時期は学生運動はほとんどなし(その10年前に嵐が吹き荒れたらしい)。

一音の違い~三谷投手

2015-08-21 09:59:23 | 日記
「神戸の髭」さんから、そもそも「紺碧の空」がシューベルトのグレイトのぱくりだとのコメントをいただいた。歌ってみよう。「紺碧の空」=「ドーレミソーラドー」、「グレイト」=「ドーレミラーシドー」。ほんとだ、そっくり。「ラ」を「ソ」に変えてるけど(これで似てないことになるか。どっかのエンブレムの話のようだ)。さて、高校野球、テレビで見るときと見ないときがあるが、よく覚えてるのは、1977年の準決勝(東洋大姫路VS今治西)。速球派の松本投手(東洋大姫路)といい変化球を投げる三谷投手が一歩も譲らない投げ合い。延長戦で東洋大姫路がスクイズを決めて決着したのだった(自分の前にころがったボールを三谷投手がすばやくとってホームに投げたがセーフになったシーン、頭に焼き付いてる)。私は速球派が好きなので(江川とか)、松本投手を応援していたが、なんと、三谷投手が私が通ってた大学の一年下に入ってきて、一年生のときから神宮で大活躍。手のひらを返した私は必死に応援したものだ。あるとき、私が座っていた応援席のすぐ近くで三谷投手が投球練習。いや、すごかった。変化球投手だと思ってたが、身近でみるとその速球はうなりをあげ、キャッチャーミットにおさまるときはすごい音がした。一転、カーブのときは音がしない。その球速の差にたまげたものだ。

♪ポパイザセイラーマン(甲子園)

2015-08-20 16:06:45 | 音楽
夏の甲子園は東海大相模の優勝で幕を下ろした。私は神奈川県出身だが、今回は仙台に勝ってほしかったなー(おしかった。途中で追いついたときはいけるかと思った)。東海大相模の優勝は45年ぶりだって。私は小学校高学年。絶対テレビで見てたはず。そのときこの校名がインプットされたから。東海大相模は、ブラスバンドの応援歌に注目。「鉄腕アトム」「アルプス一万尺」とレトロなのが続いた次が「ソソーソファーミーソー」!おおっ、ポパイだ(これもレトロ)。途中、トランペットが休んだところでトロンボーンを鳴らすなんざなかなか聴かせる。

ミューズに見放された私

2015-08-20 13:04:33 | 

久々にフランスの赤。以前はこればっかだったが、最近はいきつけのワインショップ(ヴァンダンジュ)でイタリアワインをいろいろ教わってるもんだから、フランスはご無沙汰だった。今回試したのはサンテミリオン(好物)の近くの畑(ACはボルドー・シューペリュール)。事前にワインシャワーで空気に触れさせながらデキャンティング。最高級のワインでなくともこうすることによって味がさらによくなると聞いた。香りが沸き立つ感じではなかったが、味はまろやかでとても旨かった。お酒が飲めない人でも(私は飲めますが)するする飲めちゃう感じ。さて、このワイン、ラベルに惹かれて買ったのだが、当初”e”にアクサン(横棒)が付いてないのが不思議だった。「ミュゼ」と読んだためだ(裏ラベルにも「ミュゼ」と書いてあったし)。よく考えてみれば「ミュゼ」は”e”がもう一つ必要。ラベル(表ラベル)の意味は「ミューズ」(美の女神)だった。反省。素直に読むべきであった。思い込みで正しいものにケチをつけてはいけない(よく、楽譜に疑問があると楽譜のせいにするが、これも気をつけよう)。女神に見放された私であった。因みに「ミュゼ」は「ミュージアム」のこと。それから、輸入元が「ミュゼ」と呼んでいる以上、国内ではこのワインは「ミュゼ」。固有名詞だし。第一子でも親が次郎と名付けたら次郎になるごとし……?

紺碧の空(ぱくり)

2015-08-19 15:56:06 | 日記
別に早実のOBでもなんでもないが、出身大学の系列校で、神宮で応援した大学の野球部とユニフォームも応援歌(紺碧の空)も同じなので(早稲田には高等学院という系列校もあって、高校時代そこの生徒と付き合っていた知人によると、高等学院は校歌も同じそうだ)、高校野球が気になっていて、清宮もホントにすごいし、今日は昼休みを拡大して準決勝を見ようと思ってテレビを付けたら終わってた(零敗)。そういや会社勤めしてたとき、桑田&清原が甲子園に出てて、で、重役の鶴の一声「今日はもうしょうがない」(何がしょうがないんだろう)で仕事がなくなりみんなでテレビを観たことがあった。今大会は、王さんが始球式で投げるというので開会式から注目。王さん、すごい、ノーバウンドでキャッチャーが構えたところにボールがいった。ただ、高校生の行進がぴちっ揃ってて手を大きく振っててなんだか軍隊みたいで違和感があった(私は、合唱団の一員としてステージに登壇するときの楽譜の持ち方を揃えるのにも抵抗がある。「すべて国民は個人として尊重される」(憲法13条前段)わけだし。)。応援合戦で、いまだにあまちゃんの主題曲を演奏している学校があったのはよかった。ちなみに、私の出身高校は、県立で六大学のどことも関係はないが、体育祭のとき4つに分かれたそれぞれのチームが六大学の応援歌をぱくって使ってた。私が属した白組がぱくったのはまさに紺碧の空だった(大学に入って応援するのに役立った。)。

bacio(Boheme~Nuovo Cinema Paradiso)

2015-08-19 10:25:58 | 音楽
どっかの野外コンサートで、ネトレプコとヨナス・カウフマンがボエームの第1幕の最後のデュエットを歌った後、舞台上でdeepなbacio(英語とイタリア語が混ざってるって?いいじゃん。ワイドバッハという馬だっているし。)。感極まったのだろう。その後、照れくさそう。後ろのオケの奏者も笑ってる。そういう気分にさせるのに十分な音楽だ。でも、ネトレプコは人妻だからカウフマンも気をつけないと。昔、ゾフィーを素晴らしく歌ったローテンベルガーにキスをするとき、カラヤンは近くにいた亭主に「目をつむっててくれ」と言った。ところで、さすがに今日の日本でbacioを卑わいと思う人はいないだろう(だから「表」に書いてる)。しかし、「ニュー・シネマ・パラディース」(Nuovo Cinema Paradiso)は、「本家」のイタリアでも恋愛映画のbacioの部分がカットされた時代を描いている。この映画のエンディングは、カットされたbicioシーンのオンパレード。イタリア映画はけっこう好きだ。

オーディン>ゼウス?

2015-08-18 14:43:37 | 日記
マイティ・ソーの続編(ダーク・ワールド)を観る(WOWOW)。ソー(トールとも言う)は、ヴァーグナーのリングのドンナーに相当する北欧神話の雷神。片手にハンマーを持ち、これが最大の武器となる。ところで、ギリシャ神話における最強の神ゼウス(裏ブログで話題にしたクロノスの子。クロノスは、父ウラノスの体の一部(この遠回しな言い方が逆に恥ずかしい)を切断した。)も雷神だそうで、ソーにソートーするんだそうだ(このダジャレは偶然)。ところで、北欧神話では一番強いのはオーディン(ソーはオーディンの子)。すると変なことになる。ソー=ゼウス、オーディン>ソー、すると、オーディン>ゼウスとなり、ギリシャ神話で最強の神が北欧神話の最強の神の下と言うことになってしまう(歴史において、独立国のイングランドの国王がノルマンディーを領地としたためフランス王の臣下になったごとし?)。どうやら、これは、北欧神話における神々の序列の変化によるものらしい。もともとは、ソーとオーディンの関係は、同格かあるいはソーの方が上だった。そのときは、北のソーと南のゼウスはともに最強でバランスがとれていた。ところがソーの地位が低下し、オーディンの子になってしまった。「子」というより「子分」だ(北野武監督の「アウトレイジ」の世界だ。)。これで、三者の関係が変チクリンなことになったのだろう。

でたらめは脚本と演出のせい

2015-08-18 10:13:48 | 日記
「まれ」のストーリー、そのでたらめさ加減はもはや孤高の域。無理矢理弟子にさせてもらったシェフの店を勝手にやめたのは塗師屋が大変だからだったはず。その状況は変わってないのになんでパティシエに戻れるのさ?ネットのおたくたちの間では、この作品に対して不評を通り越して怒りが充満している。そのうちの一人が「まれたちが集まってた某日はまれの誕生日のはずなのに誕生日の「た」の字も出てこない」と投稿してた。これはすごい。脚本家が忘れた設定を視聴者が覚えてる。どんだけいきあたりばったりかが分かる。おたくたちの怒りは主役を演じてる女優さんにも向けられている。土屋さんがお母さん役の常盤貴子さんにプライベートの相談をして常盤さんが泣いた、というから不評はご本人の耳にも入ってるのかも知れない。しかし、土屋さんが責められるのは気の毒だ。「真夜中のパン屋さん」や「花子のアン」はとてもよかった。「まれ」の救いようのなさは脚本と演出のせいだと思う。視聴率も急落……とかいっても18%台はあるんだから、高いよな。逆におたくたちから絶賛の嵐の「美女と男子」(私もこれにははまってる)の視聴率は6%前後。でも、田所しんや(高橋ジョージ)の歌は売れてるんだと。視聴率ってぇのは関係ないね(お知らせ=「ヴィーナスの発生源」について裏ブログに記事を書きました。自分ではかなり面白いと思い、ここ(表)に投稿しようかと思ったけれど、部位的には下半身に集中しているので(考察対象はあくまで言葉)裏にしました。ご希望の方にはアドレスをお教えします(と言ってもいないだろーなー)。)。

戦時下のベートーヴェン

2015-08-17 09:53:22 | 音楽
毎夏、原爆投下、御巣鷹の悲劇、終戦のドキュメンタリーをテレビで観るのだが、今年はいつも以上に感じ入るところがあった。世間がきな臭いせいもあるが、技術が進んで、昔の白黒写真に色がついたり、静止画が動画に化けたりして、より悲惨さがリアルに感じられたからだ。その中で一つ気づいた。日本ニュース(大本営発表の嘘八百をそのまま垂れ流し)のBGMがベートーヴェンの第7なのだ。そうか、ドイツは同盟国だからその音楽はいいんだ(と言っても、一般の人には英米もドイツも同じ欧米。区別はつかないだろう)。とか思ってたら、昨日のN響アワー(という題名ではないが)の余った時間で、まさにその話(日本ニュースのBGMにクラシックを使っていた)をしてた。第九の第1楽章なんかも使われた。ベートーヴェンだけではなく、ヴァーグナーも(ヴァルキューレの騎行。まるで地獄の黙示録)。戦争に利用された音楽にとっては迷惑な話。でも、ドイツで戦争に利用されたヴァーグナーほどの影響力はなかったのが幸いだった。ヴァーグナー、特にマイスタージンガーは、ドイツのリベラルな人たちには評判が悪い(あんなに素晴らしい音楽なのに)。彼らは、よく「マイスタージンガーは聴かない。トリスタンは聴くけど」と言う。日本で同様な立ち位置にあるのは「君が代」だ。学校の音楽の先生が君が代の伴奏を拒否してよく裁判になる(憲法の「思想及び良心の自由」の問題となる。)。

トッピングをボトミングにする

2015-08-17 09:44:26 | グルメ

最近のわが家の定番の広島風お好み焼きは、油をひいた鉄子に生地をのばし、キャベツを載せて、焼きそばを載せて、中央にくぼみを作り、そこに卵を流し入れる(写真)。その上に豚肉を載せて、生地の余りをかけて、で、ひっくり返して焼く。話は朝食に変わる。毎朝のラーメン作り、麺を茹でてる横で、鉄子で野菜を炒めてトッピングにしてたのだが、ラーメンに粉末ソースがついてるのに、加えて野菜炒めを塩胡椒+醤油で味付けをするのが塩分とりすぎの気がして、で、考えた。トッピングを先に椀に入れるのだ(ボトミング)。で、その上に、ラーメン(+つゆ)を流し入れる。これで野菜にも味がしみこみ、塩分は減らせる(こう見えて、体のことを考えてまーす)。

勉さんの恫喝

2015-08-16 15:58:22 | 日記
(承前)とか良いながら、「アウトレイジ」の続編(アウトレイジ・ビヨンド)を観る。痛そうなシーンは目をつぶればいいから(Jデップのスィーニー・トッドもそうやって観た)。すごかった。なにがすごいって大阪のヤクザのコンビを演じた二人(西田敏行さんと塩見三省さん)。並んですわってる姿からして画になる(十分怖い)うえに、交互にする恫喝がすさまじい。塩見三省といやぁ「琥珀の勉さん」じゃないですか。そのかけらもないおっかなさ。それから組の親分を演じたのは三浦友和さん。「赤いシリーズ」で山口百恵さんの相手役を務めてたときとは見違えるような貫禄振り。前作も本作も多くの台詞は最後「馬鹿野郎」か「この野郎」で終わる(韻を踏んでるのか)。前作の最後でタケシさん(が演じる役)が殺された点は、「死んだのは噂」でクリアーした。主役が死んじゃった作品の続編は言い訳が必要。SFファンタジーなら「生き返った」だけど、現代劇ではそうはいかないからね。ちなみに、サイボーグ009(漫画)が単行本の第6巻の最後で002と一緒に宇宙から墜落して死んだはずが第7巻で生き返ったのは、完全に燃え尽きる寸前に001がテレポーテーションで移動させてギルモア博士が再生手術をしたから。

アウトレイジ

2015-08-16 10:46:27 | 日記
北野武監督の「アウトレイジ」(旧作)をWOWOWで観る。この監督はヨーロッパで大人気だが(ドイツの映画館にもかかってた。入って観たが、がらがらだった。)、暴力シーンが苦手でこのところ敬遠してた。が、本作はキャストがすごいので観てみる。「全員悪人」というストーリーはとても面白かった……が、やはり暴力シーン(切って血がでるのがリアル。痛そう)は目をおおった。いくら世界で評価が高くても苦手なものは苦手。同様に、私のブログもいくら書いた目的がアカデミックでも下系が苦手な人にとっては「ただの下品」。だから裏ブログを作ったのは正解だった。あっちはそっち系のオンパレードだから濃い(匂ってきそう)。それでも、あっちに移した「種」二題、おそるおそる読み直してみるとなかなかいい文章だ(自分と世間の評価は違う。ベートーヴェンも、第7ばかり受けるのに対し「第8の方がずっといいのに」と言った。)。さて、「アウトレイジ」に話を戻す。時々気になったこと=何体かの死体が息をして動いてた(こういうところはあまりリアルでない)。そんな北野武監督作品の中に「みーんなやってるかい」というのがある。これは面白い。暴力シーンはなく、代わりにあるのがお色気シーン。ウルトラマンのパロディもある。大好き(私のブログを下品だと思う人には決して奨めない。)。