拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

K192のクレド=ジュピターの終楽章

2015-08-22 13:37:55 | 音楽
モーツァルトのミサ・ブレヴィスK192のクレドに「ドレファミ」(移動ド)が出てくる。しかもフーガで。「ドーレーファーミー、ソーラードーシー」って具合。これ、ジュピター(交響曲第41番)の終楽章とそっくり。何が興味深いかって、このミサはモーツァルトが18歳のときサルツブルクで書いたもの。そのときの音型が最晩年に書いた最後の交響曲に引き継がれてること。ちなみに「ドレファミ(ソラドシ)」は”Lucis Creator optime”という聖歌の最初の四つの音。たら~と歌われるたくさんの音の中の四つだが、その四つに若い頃から目を付けて長く引き延ばして展開させたんだね。既存の曲の中の定旋律を長く引き延ばして(テノール)、それに対旋律(カウンター・テノール)を付けるのは古楽の常套手段だったが、古典派の時代でもその手法が生きていたか。考えてみれば、われわれは250年前に生きたモーツァルトの音楽を聴く。モーツァルトの250年前は、これはバロックを通り越してルネサンスだ。特にモーツァルトの若い頃の上司は大司教だったから、ルネサンスのポリフォニーを日常的に聴いていたのかも。

応援歌の歌い方

2015-08-22 11:38:14 | 音楽
Youtubeで「紺碧の空」を聴いたら「こぉーん、ぺぇ、きぃ、ぬぉーそらーっ」と一語一語にアクセントを付けて歌ってた。古楽の先生からどやされそうな歌い方。逆に、ルネサンス的に応援歌を歌った日には応援団長から鉄拳制裁が飛ぶであろう。そういえば。高校の入学式の最中、いきなり応援団と名乗る一群が壇上を占拠し、大声でなにやらわめきだした。先生たちは黙認。ところどころで「すいらんせーならへんじをしろーっ」と返事を求める。とっても野蛮な感じだった。で、「新入生はしばらく放課後に応援団のもとで応援歌の練習」と強制。その練習なのだが、応援団の歌に音程がなく、よく分からない。多分、こういう音程なのだろうな、と推測して歌ってた。そんな応援団でも入りたいと思う人が結構いて、で、入るとみんな声ががらがらになった。あるとき、音楽の先生が「応援団の人も歌を歌うように声を出したらいいのに」と言ったら「へんっ」という声があちこちから聞こえた。ところで、最近観た村上春樹原作の「ノルウェイの森」の中で、大学の講義中に学生が教室を占拠して先生を追い出すシーンがあったが(学生運動)、件の入学式のシーン、思い出してみるとそれに似てる。そうか、あのバーバラ(野蛮人)たちは大学生の真似をしてたんだ。ちなみに、その映画に出てきた大学のキャンパス、思いっきり見覚えがある。わが母校(=村上春樹さんの母校)であった。私が通った時期は学生運動はほとんどなし(その10年前に嵐が吹き荒れたらしい)。