拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

三大テナーその4(商社マン)

2021-02-27 10:18:54 | 音楽
今週のチコちゃんで一瞬流れた「オーソレミオ」はまごうことなくパヴァロッティ。某社長さんの「女はドミンゴよ」に対抗するわけではないが、俳優の江守徹さんはかつてラジオ番組で「男が惚れるパヴァロッティ」とおっしゃった。古今の名アリアの録音を聴く番組で、パヴァロッティの「冷たい手」を紹介したときだった。そのときの録音はカラヤン&ベルリン・フィル。ミミはフレーニ。クラシック名盤100選とかの雑誌のボエームで常にぶっちぎりの第1位を獲得していた録音である。ところが、この演奏にケチを付けた評論家がいた。カラヤンにケチを付けると言ったらU?違う。元商社マンでオペラ好きが昂じて音大の教授にまでになった某氏である。氏がオペラの評論で登場した頃はそれは新鮮だった。とにかく詳しいし、普通の評論家が書かないことを書く。その多くはご自分で実地に体験したお話だった。例えば、ヴェルディのお墓は、上から見下ろすところにあって、下に降りて行くのは厳禁なのだが、氏は、誰も見てないのを奇貨として降りていったそうだ(さすが商社マン!)。すると、上からは見えない位置に、ヴェルディの愛人(中国語の意味の愛人ではなく、日本語の意味でのそれ)のお墓もあったそうだ。こんな案配である。多くの評論家の言うことはあてにならないと思っている私だが、氏は大尊敬する方だった。特徴的だったのは、どの国のオペラも詳しくてあらせられたが、イタリア・オペラ派だったこと。だから、前記のカラヤン&ベルリン・フィルのボエームを「重い」と一刀両断。誰もが絶賛するフレーニのミミについても低い音がきつそうと言って、テバルディを推していた。そう言えば、モーツァルトのイタリア語オペラ(フィガロ、ドン・ジョヴァンニ等)でさえも「重い」(とイタリア人が言っている)と言っていた。抗うことのできない(はずの)大天才も氏にかかれば形無しである。そうしたくらいであるから、氏は、イタリア語はペラペラだったが、ドイツ語は専門外だったようで、バラの騎士の脚本を書いた「ホーフマンスタール」をいっとき「ホーフマンシュタール」と表記していた(その後、訂正していた)。ありがちな誤りである。私自身もドイツで「ホーフマンシュタール」 と発音して先生に直されたことがある。だが、意味は全然違ってくる。「ホーフマンス・タール」は「ホフマンの谷」だが(「タール」は、ネアンデルタール人の「タール」である)、「ホーフマン・シュタール」は「ホフマン鋼」である。