拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

「ドン・ジョヴァンニ」に影響を与えたかもしれないカサノヴァ

2021-02-12 10:03:39 | 音楽
事件が起きた。O子といい感じで遊んだ後、A子のもとに行った。パパったら、最近新しく来たO子ばっかりであたし達のことはお見限りね、と言われないためにである。と、ところがA子が啼かなくなってしまった。B子もC子も同じである。O子とはまだ深入りしていない。O子としっぽりだったらA子たちが体を閉ざしても諦めがつくが、この状況では結局私はだれの愛も勝ち得ていないことになる。これが浮気の代償か。もうブログを書く気にもならぬ。これが昨晩の状況である。今朝になって、まずA子を訪れた。ごきげんをとりむすぶためである。順番を変えても無反応なA子。まてよ。一つ思い当たるフシがある。指サックである。もしやこれが原因か。はたしてその通りであった。サックをはずして戯れたら昔のようにA子が啼いた。ああ良かった。これでO子とも安心して遊べる。A子たちとも遊べる。ということで、再び嬉々としてブログを書いている私である(もっと細かく言うと、指サックを大きいサイズに変えたのだが、それによってキーの押さえに微妙に影響が出たようなのだ)。以上、起きた事実を淡々と書いたのだが、比喩のせいでなんだか淫靡なテイストになった。しかし、私は、淫靡な方では経験が乏しい。それでも想像で書ける。ポルノの女王と謳われた白川和子さんは最初に映画を撮ったときはvirgineだったと言う。それでも監督が演技中の白川さんの足をつねって白川さんが「痛い」と眉をひそめた表情がそれらしく映ってOKが出たのだという(「いいとも」でおっしゃってた)。ここからが本題である。真にその道の経験者であるカサノヴァについてググっていたら、「ドンファンと違ってカサノヴァは老若男女みんなを相手にした」という投稿が目に入った。「ドンファンと違って」?私の理解とは逆である。私は、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」(ドン・ファン)から入ったから、カタログの唄で歌われるようにドン・ジョヴァンニこそ相手を選ばずに数をこなした「先駆者」だと思っていた。この際、両者についてググってみた。すると、カサノヴァは実在の人物で回想録があるが、ドン・ファンは伝説上の色事師で、その伝承は少なく、(ドン・ジョヴァンニにもあるように)自分が殺した騎士長によって地獄に落ちることくらいしか伝わっていないそうだ。すると、映画で見るカサノヴァの「誰でもいい」っぷりこそが真実であり、ドン・ジョヴァンニのカタログの唄で歌われる内容は創作なのか。もしかして、ドン・ジョヴァンニの台本を書いたダ・ポンテはカサノヴァ回想録を参考にした?だが、この自伝が出版されたのはモーツァルトの死後である。それでも面白い事実がある。ドン・ジョヴァンニの初演(プラハ)にカサノヴァが列席していたそうだ(カサノヴァは、晩年チェコで司書(司法書士ではない)をしていたからプラハには行きやすかったのだろう)。さらに、ダ・ポンテの台本にカサノヴァの筆が入ったという説もある。少なくとも、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」はカサノヴァの実人生から影響を受けたということは言えそうである。