神々の長ヴォータンの居城ヴァルハラは標高８７７メートルの山頂にある。礎石の一つである巨岩（写真）の向こうは断崖絶壁。遙か下界にはニーベルング族が住むニーベルハイムが広がっている。ニーベルハイムは鍛冶の里であるからそこから湧き上がる蒸気の量はすさまじく、ヴァルハラから望むことはできない。大昔、ヴォータンはこの巨岩を下ってニーベルハイムに降り、ラインの黄金で作った指輪を略奪したのである。
さて、時は下り、ニーベルハイム国の首相は愛を断念したアルベリヒ・ジマイーが務めている（以下「ジ」）。彼は、連日国会で野党の論客ホーレン議員（以下「ホ」）の口撃にさらされていた。以下は、その記録の一部である。
ホ：「ソーリ、この写真に見覚えがありますか？」
ジ：「一度視察に訪れた店の中の様子だったと思います」
ホ：「写真に写っているのはなんですか？」
ジ：「日本酒利き酒セットだったと思います」
ホ：「総理はこれをお飲みになったんですか？視察でしょ？視察でまさかお飲みになってないですよね」
ジ：「飲みました。今､飲食店は大変厳しい状況に追い込まれてます。この店も写真で分かるとおりガラガラでした。すこしでもお助けになればと思い、７時前に注文しました。ポケットマネーで注文しましたから政治資金規正法上も問題はないと心得ております。
ホ：「でもソーリ。ソーリは国民に自粛をお願いしている側ですよね。自ら範を示さなければならない総理が外で飲むって問題だと思います。でも、経済も回していかなければならないことは分かります。このことは問題提起にとどめたいと思います。ところでソーリ、上の写真に写ってるお酒は何種類ありますか？」
ジ：「（見れば分かることを聞くなよと思いながら）３種類です」
ホ：「下の写真に写ってるグラスはいくつありますか？」
ジ：「（ちょっとやばいかなと思いつつ）６個です」
ホ：「おかしいじゃないですか。なんでお酒が３種類なのにグラスが６個なんですか？これは見逃せない大問題です。納得のいく説明を求めます」
ジ：「たしか、写真に写ってない別の３種類のお酒があったんだと思います」
ホ：「ソーリ。ワタシ、その店に行って確認したきました（暇だなー）。日本酒利き酒セットのお酒は３種類だけで、他にはないってことです。どういうことですか、ソーリ、ソーリ、納得のいく説明をして下さい」
ジ：「記憶違いでした。２セット頼んだんでした。１セットだとあっという間に飲んじゃいそうだったので、注文の手間を省くために最初から２セット注文したんだと思います」
ホ：「ソーリ。ワタシもソーリがお酒にだらしがないって噂は聞きました。お仲間と神楽坂のガストに行ったときもすぐ飲んじゃうからってワインのデカンタを一度に５個頼んだって話も聞いてます。でもね、７時過ぎちゃうとお酒の注文ができなくなるからって７時前にたくさん注文しちゃえばお酒を７時までとした意味がなくなっちゃうんじゃないですか？ソーリ、納得のいく説明をして下さい」
ホ：「事前の通告のないご質問だったのでいろいろ思い出しながらお答えしている関係上、最初に記憶違いのことをお話してしまいましたが、今思い出しました。この日は、連れの女性がおりまして、それで２セット注文したんでした」
ホ：「ソーリ。そんな答弁だから言葉が伝わらないんですよ。ソーリに女性の連れがいるはずないじゃないですか。ソーリがおもてにならないことは国民は全員知ってます。なのにもてると思われたくてそんなウソをおっしゃってるんですよね。あなたには、総理しての自覚や責任感、それを言葉で伝えようとする思いがあるんですか？」
ジ：「（これまで低姿勢だったがむっとして）少々失礼じゃないでしょうか。私は一人になってから２５年間、一日も早く伴侶を得て安心感を得たいと努力して来ました。モテるモテないとか私に要因があるかもしれませんが、精一杯取り組んでいるところです」
この日の質疑はここで時間切れ。「数が合わない疑惑」の解明は翌日に持ち越されたかと思われたが、この後、ホーレン議員のサイトが「失礼にもほどがある」「パフォーマンスに過ぎない」等々の理由で炎上。疑惑のことはみんな忘れてしまい、つうか、国政にとってあまりにもどうでもいい内容だったためうやむやとなった。なお、時空を越えたニッポン国の国会でも質疑内容は異なるが、似たテイストの質疑が交わされたそうである。筆者に言わせると、ホーレン議員は、当初蓮舫議員のイメージであったが、途中から（「そーり、そーり」と連呼するあたりから）辻本議員のイメージがかぶってきたそうである。それから、筆者が昨日まで連載していた「カール・ベームのこと」は、昨夜遅くに最終回がどさくさ紛れにアップされ、「完」となったそうである。なお、質疑の中に登場した「神楽坂のガスト」は閉店してもうないとのことである。