何年のときかわからん。じゃが1年のときはわしゃパーじゃったけえ、2年から6年のあいだのいつかじゃ。
朝、おかきがむかえにきた。
「行こーで」
そんときわしは便所でしゃがんどった。毎日これが大変いの。
学校でうんこせよったら、みんなで水かけるし、1週間は言われるしの。よう家で出していかんと。
「行こーで」
「はようしんさい。柿元くんが待っとるよ」
わかっちょる。くそばばあが。
わしはぷりぷりして便所を出て、しびれた足にクツをはいた。
外へ出るとおかきがバカづらで立っとった。
道の向こうに村重じいさん(金持ち)の家の庭が見える。この道をまっすぐ5分行けば駅。途中でぶつかる道路を左に行くと、宮島に行って広島に行く。
「行こーで」
おかきがまた言う。わかっとる。わかっとるわ。
「行くいや。ちんぽ」
なんでちんぽとつけたんかはわからん。やけくそじゃろ。じゃが、自分で言うといてわしゃぶちおもろうなってしもうた。
途中でわっせに会うた。
「おう、わっせ。ちんぽ」
わしは言うた。
「なんかそりゃあ」
わっせは、まあまじめいの。野球が好きでから。わしとは別の子ども会のすごいバッターなんよ。野球が好きなやつとかは、あんまりこういうのはわからんけえの。おかきもの。
教室に入るとすぐ一郎を探した。一郎は後ろのほうで窓のカーテンを体に巻いて無重力状態を楽しんどった。
「おはよう。ちんぽ」
一郎にはそのひと言でよかった。すぐにカーテンを脱ぎ捨てた。目が輝いた。
「今日もやるか。ちんぽ」
「当たり前じゃ。ちんぽ」
ちんぽちんぽ言い交わすわしらを見て、くらもとちよこはいつものように目と目のあいだにしわを寄せた。
「あんたら、そんとな下品なこと言いんさんな。吉田くんは麻里布くんにつられとるんじゃろ」
くらもとちよこから見れば一郎はええとこのボンボンでわしは貧乏人のガキ。一郎とわしが仲がええのはたまたまで、わしが下品なのは生まれつきじゃけしょうがないが、一郎はわしの悪影響を受けとるいうんがくらもとちよこの考えじゃ。そりゃ当たっとる。わしは下品が生まれつき。それでええんじゃ。ちんぽ。
「うるさいのー。ちんぽ」
一郎がくらもとちよこに言った。世界一大事なのは友情じゃ。
授業中もがまんできんかった。先生がなにか言うたびにわしは隣の席の一郎と顔を見合わせ、小さい声で「ちんぽ」とつけ加えた。こんなにおもしろいことはなかったのー。まあ、新しい遊びのときはいつもそう思うんじゃが。わしらはずっと言葉の最後に「ちんぽ」をつけて話した。どうでもええ話が「ちんぽ」をつけるだけでぶちおもしろい話になったで。
この遊びは、言葉をさかさまに言う「さかさま遊び」より、受け入れられんかった。そりゃ、男子みんながわしらのようじゃないけえの。誰に対してか知らんがかっこつけるやつもようけおるしの。とくに先生の息子とかはの。バカのくせに下品なことは言わんのいや。アホが。ちんぽ。
一郎が「今日もやるか」言いよったのは、放課後の葉っぱレースでの。笹の葉を折り曲げて作った舟がどこまで行くんか、追いかけて行くのいや。まあレースいうても勝敗より、とにかく遠くまで行けれはそれでええいうわけいや。橋に入ったとき、出てくるかどうかどきどきしての。出てきたら、そいつがすごい軍艦みたいに見えたで。
わしらは砂山町のところで川に下りて舟を浮かべて追いかけた。その日は舟の調子がようて、ちゅうか、川の流れがよかったんじゃろうの、舟はどこまでも行って、とうとう町の東側の、コンクリートで両脇を固めて、細く深くなったところまで行った。そこから川は工場の脇を通り、海に注ぎ込む。それはもう、「川」じゃなかった。「なんとか用水」みたいな感じで、いつもここまでくると、もうつまらんかった。そこは広島のほうへ行く道路の下をくぐったところで、舟がここまで来た日には、いつも一郎はそこから、本当はわしとはぜんぜん別の方角にある自分の家に帰っていったんじゃ。
一日中ちんぽ言いよったら、次の日はちょっとくたびれたの。じゃが、くらもとちよこに対する意地のようなもんもあって、わしは下品をつらぬかんといけんような気がして、やっぱり「ちんぽ」をつけてしゃべった。一郎もそうじゃった、と思う。じゃが、わしらがちんぽ言いよったんは、そんな、誰かに対して意地をはるためじゃったんかの? ほんまは違うじゃろ。ただ、ぶちおもしろかっただけじゃったのに。なんで、なんでもこうなるんかの。
3日目、笹舟レースは、わっせの家のあたりで、2人の舟が橋から出てこなくなったけえ、そこで終わった。
「ダメじゃったの。ちんぽ」
わしは言った。
「うん。あの……」
一郎が言った。
「はあ(もう)ちんぽ言うのやめようで」
「うん」
わしは言った。
製材所で電気のこぎりが木を切りよる音がした。
それと直角の方向には、工場のぶちでかいエントツが、煙を吐きよった。
わしらはぶちええ子じゃった。
朝、おかきがむかえにきた。
「行こーで」
そんときわしは便所でしゃがんどった。毎日これが大変いの。
学校でうんこせよったら、みんなで水かけるし、1週間は言われるしの。よう家で出していかんと。
「行こーで」
「はようしんさい。柿元くんが待っとるよ」
わかっちょる。くそばばあが。
わしはぷりぷりして便所を出て、しびれた足にクツをはいた。
外へ出るとおかきがバカづらで立っとった。
道の向こうに村重じいさん(金持ち)の家の庭が見える。この道をまっすぐ5分行けば駅。途中でぶつかる道路を左に行くと、宮島に行って広島に行く。
「行こーで」
おかきがまた言う。わかっとる。わかっとるわ。
「行くいや。ちんぽ」
なんでちんぽとつけたんかはわからん。やけくそじゃろ。じゃが、自分で言うといてわしゃぶちおもろうなってしもうた。
途中でわっせに会うた。
「おう、わっせ。ちんぽ」
わしは言うた。
「なんかそりゃあ」
わっせは、まあまじめいの。野球が好きでから。わしとは別の子ども会のすごいバッターなんよ。野球が好きなやつとかは、あんまりこういうのはわからんけえの。おかきもの。
教室に入るとすぐ一郎を探した。一郎は後ろのほうで窓のカーテンを体に巻いて無重力状態を楽しんどった。
「おはよう。ちんぽ」
一郎にはそのひと言でよかった。すぐにカーテンを脱ぎ捨てた。目が輝いた。
「今日もやるか。ちんぽ」
「当たり前じゃ。ちんぽ」
ちんぽちんぽ言い交わすわしらを見て、くらもとちよこはいつものように目と目のあいだにしわを寄せた。
「あんたら、そんとな下品なこと言いんさんな。吉田くんは麻里布くんにつられとるんじゃろ」
くらもとちよこから見れば一郎はええとこのボンボンでわしは貧乏人のガキ。一郎とわしが仲がええのはたまたまで、わしが下品なのは生まれつきじゃけしょうがないが、一郎はわしの悪影響を受けとるいうんがくらもとちよこの考えじゃ。そりゃ当たっとる。わしは下品が生まれつき。それでええんじゃ。ちんぽ。
「うるさいのー。ちんぽ」
一郎がくらもとちよこに言った。世界一大事なのは友情じゃ。
授業中もがまんできんかった。先生がなにか言うたびにわしは隣の席の一郎と顔を見合わせ、小さい声で「ちんぽ」とつけ加えた。こんなにおもしろいことはなかったのー。まあ、新しい遊びのときはいつもそう思うんじゃが。わしらはずっと言葉の最後に「ちんぽ」をつけて話した。どうでもええ話が「ちんぽ」をつけるだけでぶちおもしろい話になったで。
この遊びは、言葉をさかさまに言う「さかさま遊び」より、受け入れられんかった。そりゃ、男子みんながわしらのようじゃないけえの。誰に対してか知らんがかっこつけるやつもようけおるしの。とくに先生の息子とかはの。バカのくせに下品なことは言わんのいや。アホが。ちんぽ。
一郎が「今日もやるか」言いよったのは、放課後の葉っぱレースでの。笹の葉を折り曲げて作った舟がどこまで行くんか、追いかけて行くのいや。まあレースいうても勝敗より、とにかく遠くまで行けれはそれでええいうわけいや。橋に入ったとき、出てくるかどうかどきどきしての。出てきたら、そいつがすごい軍艦みたいに見えたで。
わしらは砂山町のところで川に下りて舟を浮かべて追いかけた。その日は舟の調子がようて、ちゅうか、川の流れがよかったんじゃろうの、舟はどこまでも行って、とうとう町の東側の、コンクリートで両脇を固めて、細く深くなったところまで行った。そこから川は工場の脇を通り、海に注ぎ込む。それはもう、「川」じゃなかった。「なんとか用水」みたいな感じで、いつもここまでくると、もうつまらんかった。そこは広島のほうへ行く道路の下をくぐったところで、舟がここまで来た日には、いつも一郎はそこから、本当はわしとはぜんぜん別の方角にある自分の家に帰っていったんじゃ。
一日中ちんぽ言いよったら、次の日はちょっとくたびれたの。じゃが、くらもとちよこに対する意地のようなもんもあって、わしは下品をつらぬかんといけんような気がして、やっぱり「ちんぽ」をつけてしゃべった。一郎もそうじゃった、と思う。じゃが、わしらがちんぽ言いよったんは、そんな、誰かに対して意地をはるためじゃったんかの? ほんまは違うじゃろ。ただ、ぶちおもしろかっただけじゃったのに。なんで、なんでもこうなるんかの。
3日目、笹舟レースは、わっせの家のあたりで、2人の舟が橋から出てこなくなったけえ、そこで終わった。
「ダメじゃったの。ちんぽ」
わしは言った。
「うん。あの……」
一郎が言った。
「はあ(もう)ちんぽ言うのやめようで」
「うん」
わしは言った。
製材所で電気のこぎりが木を切りよる音がした。
それと直角の方向には、工場のぶちでかいエントツが、煙を吐きよった。
わしらはぶちええ子じゃった。
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