麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第846回)

2024-06-23 11:37:28 | Weblog
6月23日


ジェイムズ・М・ケインの「ミルドレッド・ピアース」(吉田恭子訳、幻戯書房)を読みました。ケインは、言うまでもなく、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の作者で、その作品をどう思っているかは、ここに書いたことがあります。「郵便配達~」が有名すぎ、また、ほかの作品は出版しても売れなかったからか、「郵便配達~」以外、いまでも手に入る訳本はごくわずか。10年前に新潮文庫から出た、遺作「カクテル・ウェイトレス」も、現在は絶版のようです。なので、まさか3年前に「ミルドレッド~」が本邦初訳で出ていたとは知りませんでした(なにも期待していなかったので探しもしなかったから)。仕事中、なんとなく思いついて、ケインの名前でググってみたらこの本が出てきました。ちょっと興奮して、紀伊国屋に在庫確認したらあったので、すぐに行きました。ずっと売れなかったのでしょう。本文部分は汚れているし、カバーのピンクは一部くすんでいましたが、ケインのファンとしては読めるだけでうれしくて、4000円払って買ってきました。二段組み320ページを一週間で読了。「カクテル~」とちょっと似ていて、ディテールがすばらしく、リアリティはものすごい。傑作だと思います。が、「郵便配達~」から得られたようなはげしい感動は、「カクテル~」同様ありませんでした。やはり、あの処女作だけは、なにか別次元の力を持っている気がします。その力はカミュに「異邦人」を書かせたほどですが(極端に言えば)、その力をひと言でいうなら、主人公・フランクの虚無的な生き方のリアリティなのだと思います。虚無的なのですが、いつも神を求め、問いかけているような(それはすごく宗教的な感じがします)。「殺人保険」も「カクテル~」も「ミルドレッド~」も、中心人物は女性で、その描き方は「ケインはハードボイルドなふりをしているが、実際の性は女性なのでは」と感じさせるほどですが、女には誰かへの当てつけ以外の「虚無」はなく、報酬をもらえる以外の「神」も存在しないので、その心情にそこまでのめりこめないのだと思います。でも、小説家として、ケインは天才的であり、もっと評価されていい人だとあらためて思いました。
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