麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第224回)

2010-05-22 12:31:53 | Weblog
5月22日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

柴田元幸新訳で、ヘミングウェイの「in our time」が出ました。
短編集「われらの時代に」(In Our Time)の、各短編の頭にくっついている掌編(何編かは、「短編」そのものに組み込まれています)だけを集めたもの。ご存知の方も多いと思いますが、もともとは、これだけで独立して170部作られた本。

すごい。
なんという文章か。
ほとんど英語で書いた「俳句」と呼んでもいいような章もあります。
高見訳と読み比べてみましたが、柴田訳から見ると、高見訳にもまだ無駄な言葉が多い。

なかでも、今回気に入ったのは、第10章。これだけで、もうひとつの「武器よさらば」になっている完璧な作品。今度の訳でそれを強く感じました。「武器よさらば」より、こちらのほうがリアルでより悲惨な感じさえします。

今は「移動祝祭日」もちゃんとした訳で出ているし、短編もこうしてちゃんと訳されている。本当にいいですね。学生時代の「ヘミングウェイ環境」と比べたら格段の差です。

興味のある方はぜひ見てみてください。



ネットで人文書院のページに寄ってみたら、なんと、サルトルの「嘔吐」が新訳になるという予告が。訳者はあの、史上2人目の「失われた時を求めて」の個人全訳者で、岩波文庫「悪の華」「マラルメ詩集」の訳で知られる鈴木信太郎博士の息子、鈴木道彦さんです。「初夏発売」となっています。ものすごく楽しみです。

「嘔吐」は、「真理伝説」という仮タイトルで、最初、昔風の堅苦しい文章で書きすすめられ、セリーヌの「夜の果てへの旅」が出たときに、サルトルが驚いて、その話し言葉に近い文体をお手本にした、と解説に書かれていました。が、正直、現在の白井訳では、「どこが?」と思うくらい、そのことがわからない。どう読んでも、昔風の堅苦しい文章そのもののように感じられる。

きっと今度の訳では、それがわかるに違いないと思います。
なんにせよ、白井訳以外これまで邦訳が出たことがなく、何度か改訳はしてあるにしろ、初訳からは約60年ぶりの新訳。画期的なことだと思います。



「マラルメ全集」、いい。
別冊になっている注を読みながら、ゆっくり読んでいます。「イジチュール」に行きつけるのはいつのことやら。

以前、現代思潮社(?)版をもっていましたが、「イジチュール」は、私の感覚では「小説」です。よく覚えてないのですが、主人公が、夜、自分の部屋から廊下へ出るまでに何十行もかかる、というような書き方だったと思います(ディケンズなら「彼は廊下に出た」と、半行ですませるか、主人公を廊下に立たせておいて、「彼が廊下に立っているということは、どこかでドアが開けられたに違いない。しかし、誓って言うが、作者は、廊下の奇妙な物音に気を取られて、その音を聞かなかったのである」とかなんとか、2~3行で書くでしょうね)。

「死霊」もびっくりの超スローペース。でも、高校時代、私もそういうものが書きたくてしかたなかったことがあります。「ストーリーなど不純」「なにもドラマがないことが大事」などとバカに深刻に考えたりして。あの、ほとんどストーリーのない「魔の山」が大好きなのも(2回しか読んでないけど)、そういう傾向のひとつですね。

やはりそれは、ひと言でいえば、「倦怠を好む」ということなのでしょう。
活動より倦怠が好き、というのは、子供のころからそうだったと思い当たります。

小学生のころ、土曜の午後に、学校で「今日遊ぼう」と、ついついその場のノリで約束し、友だちが何人か自転車できたのを「もう遊びたい気分じゃなくなったから」(ちゃんとそう言いました)と追い払い、そのくせなにもすることがないままに寝転んで、窓から空を見ている……そんなことがよくありました。自覚しているわけではもちろんないのですが、そういうとき私は倦怠を楽しんでいたのだと思います。

しかし、「不幸の原因はただひとつのこと、つまり、人間が部屋の中にひとりでじっとしていることができないことにある」というパスカルの言葉通り、やがて私は好きな女の子のことを思い出し、心はざわめき、倦怠を楽しむ余裕がなくなり、町で会えるかもしれないという(会っても思い切りバカにしたあいさつをするだけなのですが。ああ)期待に立ちあがり、部屋を出ていく。私は不幸になりに行くわけです。

話がそれ続けている……。
なにがいいたかったのか。

マラルメの詩はむずかしいけど、その味わいは、少年時代の土曜の午後の世界の感じに近いということでしょうか。たぶん、そんな感じ。もちろん、プルーストも。



では、また来週。
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